第24話 兄と妹
次の日。
俺はあった事を包み隠さず、全てあおいさんに伝えた。
「………………そうたくんはそれで納得したのね?」
「勿論、ゆみ
「…………そうか」
あおいさんは、俺とゆみちゃんの為に、その涙を流した。
そんな彼女の見つめると、何故か胸が張り裂けそうな感じがした。
「あおい~遊びに来たよ~」
ゆみちゃんが遊びに来てくれた。
どうやら、ずっとあの日の為に準備していたから、来なかったみたい。
「いらっしゃい、ゆみちゃん」
「あおい!? なんて顔してるの!?」
「だって……」
部屋に入ったゆみちゃんに、真っ先に抱き付くあおいさん。
「あ…………
「…………うん」
「ふふふ、私は大丈夫だから」
「…………でも」
「だって、この兄ったら、あのまま私を振るつもりだったらしいんだよ!?」
「え!?」
――ズブシュッ。
俺の心に大きな剣が刺さる音がする。
「い、いや、それにはちょっとした理由が…………」
二人娘がジト目で見つめてくる。
ううっ、心が痛い。
「まあ、でもパパの幸せそうな笑顔を見たら、全く怒れないというか、寧ろこっちまで幸せな気分になるというか。だから本当に大丈夫よ? はい、よしよし」
ゆみちゃんがあおいさんの頭を優しく撫でる。
あ~絵になるな~と思う俺の心は汚れているのかも知れない。
「じゃじゃん~今日は串ですよ~」
「「おお~!」」
あおいさんが串が沢山載っていた皿を運んできてくれる。
直ぐに揚げ物の香ばしい匂いが部屋に充満する。
どうしてだろうか? 海の匂いがする。
テーブルの上に置いてある串の衣に、小さな緑色の粒が見える。
「お~! 青海苔か!」
「大正解! 青海苔衣の天ぷらはとても美味しいからね~」
俺とゆみちゃんは、年甲斐もなくテーブルで箸を持って、早く早くの視線をあおいさんに送る。
あおいさんは笑みを浮かべながら「はいはい~」と言いながら座る。
「「「いただきます!」」」
俺達の声にみおちゃんは、静かになる。
いつもながら、うちのみおちゃんは偉い。
ご飯の時、静かにしてくれるからね。
あおいさんが作ってくれた串に、特製タレも軽く付けて口に入れる。
「ん!? う、うまああああ!」
「あおい! 凄く美味しいよ!」
「えへへ~、沢山作ったから、どんどん食べてね!」
「うん!」
俺とゆみちゃんは、無我夢中で青海苔衣の串を食べた。
肉、海鮮、野菜。
色んな種類の串を代わる代わる食べると、全く飽きせず、油っこいはずの衣もサクサクしていて、青海苔の強いが邪魔にはならない香りがどんどん食欲をそそる。
夢中になって、最後の串をゆみちゃんに取られてしまい、ちょっと残念そうにしていると、ゆみちゃんがいたずらっぽく笑って半分食べ掛けを俺の口に押し込んで来た。
むっ…………半分しかないが、やっぱり美味い。
「…………」
俺は持って来た紅茶を淹れる。
最近紅茶を淹れる機会が増えたので、少し淹れるのが上手になってきた気がする。
一度カップを温める為にお湯を入れる。
温めている時間は、紅茶パックを揺らしたり、少しこすって細かい葉っぱを取る。
それが終わると、一度お湯を捨てて、紅茶用のお湯をたっぷり入れる。
入れ終わったら、すかさず紅茶ティーバッグを立たせて、出来るだけ形を崩さず、カップの中央に入れる。
ティーバッグは箸で素早く且つ、優しくお湯の中に沈める。
沈め終わったら、直ぐにカップに蓋をする。
そして、一分待機。
一分が終わったら、素早くティーバッグを取り出す。
ここで注意点は、素早く且つ、静かに上げる事。
上げてる最中に横に揺らしてしまうと、折角淹れた美味しい紅茶に苦みが移ってしまうのだ。
「はい、紅茶淹れたよ」
「良い香り~」
「お兄ちゃんの紅茶美味しいよね~」
彼女達が嬉しそうに待っていてくれた。
二人の前に紅茶を出すと、二人とも優雅に飲み始める。
「ん~! やっぱりそうたくんが淹れてくれた紅茶が一番美味しい」
「お兄ちゃんの数少ない得意だもんね」
「数少ない言うな」
「てへっ」
「…………」
ゆみちゃんが可愛く笑う。
ずっとギャルっぽい格好だけど、可愛らしい。
あおいさんの美味しい夕飯をご馳走になって、俺達は帰宅路についた。
ゆみちゃんを家に帰す道中。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「手、繋いでいい?」
「………うん」
真夏の暑さが残る夕方。
お互いに手を繋いで、俺達は歩いた。
俺の手が少し汗ばんでいる気がするけど、ゆみちゃんは全く気にする素振りを見せない。
「それにしても、あおいって本当に料理が上手ね」
「そうだな。好きだとは言っていたけど、好きだけであんなに上手くはなれない気がする」
「うんうん。長年料理してきたかも知れないね」
あまり考えた事がなかったけど、あおいさんの、時折見せる長年料理の経験を積んだ姿。
それはまさしく、長年頑張って料理を続けたお母さんの姿、そのものだった。
まあ、うちの母さんはあまり上手くはならなかったけど。
「幼い頃からずっと料理してきたのかも知れないね」
「幼い頃からか~」
「あおいちゃんの昔話とか聞いてないの?」
「全く聞いてないな」
「え~、あんなに仲いいのに」
「…………みおちゃんの件もあるから、迂闊に聞けなくて」
「それもそうね。みおちゃんのお父さんってどんな人なんだろう……」
俺もそれをずっと考えていた。
正直に言えば、あおいさんは
誰でも一目見れば、忘れないくらいに美しい。
そんな彼女と、自分の子供を放っておいて、一体旦那の方は何をしているんだと、少し腹が立つ。
ただ、最近知った自分の父さんは、想像していた父さんと全く違っていた。
「俺の父さんってさ、ずっと何しているんだろうなと思っていた時があったの」
「まだ聞いてなかったね」
「うん。俺もついこの前に教えて貰ったんだけど、母さんが俺を身籠ったのを知った時には、この世にはいなくなったんだって」
「あ…………そっちの方なんだ…………」
「俺はてっきり俺達を捨てて、どっかで楽しく過ごしているんだろうな~と、漠然と思っていたんだけど、意外とそうじゃなかったみたい」
「…………うちとは真逆だね」
「真逆?」
「うちのママは、私が物心つく前に出て行ったらしいの。だから、ずっとパパが男手一つで育ててくれたの」
「そっか。本当に凄い方なんだな」
「ふふっ、これからお兄ちゃんのパパにもなるのよ?」
「それはとても光栄だな。母さん達が喧嘩しないように、こちらも上手く見てあげないとね」
「だね~」
ゆみちゃんと繋いだ手から伝わる温かさは、今まで俺が感じる事がなかった温かさだった。
――――これも全て、あおいさんと出会ってから感じる事が出来た。
もしも、あのままあおいさんと出会わなかったら、こういう風にはならなかったと思う。
その時の俺と、ゆみちゃんが出会っていたら、きっと毎日喧嘩ばかりしていたかも知れない。
そう思うと、ますますあおいさんには頭が上がらない。
これからも俺に出来る事なら、彼女の力になろうと決めた。
◇
そうたくんがゆみちゃんを送る為に出て行った。
本当は…………そうたくんとゆみちゃんがくっ付いて欲しかった。
なのに…………。
どうして、私は二人が二度と付き合う事がない事を知って、安心してしまうのだろう?
二人はすっかり兄妹のそれになっていて……私の前では今まで何もなかったかのように振る舞っている。
きっと、ゆみちゃんは今でもそうたくんが好きなんだと思う。
何となくゆみちゃんの気持ちが、分かってしまう。
どうして……私はその度に安堵してしまうのだろう……。
友人のゆみちゃんを応援していたのに……。
二人が私の前で仲良くする度に、どうして私は……こんなに辛いのだろう……。
もしかして、私はそうたくんが好きなのだろうか?
でも……私にはみおがいて、みおの為に生きると決めたのに……。
みおがいなかったら、そうたくんにも会えなかったんだから……。
お母さん…………会いたいよ…………。
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