第23話 運命という言葉があるのならば

 数日後。


 母さんから、新しい父さん候補となる男性の方と会う日取りが決まった。

 なんと、明後日の週末だ。


「そうたくん、緊張しているみたいだね?」

「まあ……母さんの相手に会うからね」

「おばさんの為にもファイトね!」

「う、うん」


 あおいさんの応援なら百万人力だ。

 みおちゃんも甲高い笑い声で応援してくれる。


「どんな顔で会っていいか分からないんだよな」

「それもそうよね、まあ怒ったりしなければいいんじゃない?」

「怒ったりはしないけどさ。なんか気まずいというか」

「私でも少し気まずいかも知れない」


 あおいさんは頷いて同意してくれる。


「でも悩んでも仕方ない~もう明日明日には会うんだし、無理に笑顔とかにはせず、ありのままで会ったらいいと思うよ」

「そうだな。人間、諦めが肝心」

「そうたくん……使い方ちょっと間違っていると思うな」


 笑うあおいさんの声が響き渡った。




 ◇




 挨拶当日。


 俺はいつものラフな格好で、少し着飾った母さんと一緒に目的の場所に向かった。

 向かう途中、意外にも母さんの方からの緊張感が伝わって、自分の緊張感などどうでもいいとさえ思えてしまう。


 俺は一つだけ決めている事がある。

 この挨拶が終わって、次ゆみさんに出会ったら、ちゃんと告白の答えを言おうと思う。

 答えなくてもいいとは言われたけど、好きだと伝えてくれた彼女は、今でも待ってくれているかも知れないから。


 でも…………ゆみさんに答えようと考える度に、心の中のあおいさんが悲しい笑顔を浮かんでしまう。

 やっぱり…………俺の心の中に、あおいさんがとても大きい存在なのは間違いないな。



「ここが待ち合わせ場所よ」

「そうか、えっと母さん先に入ってて、俺、トイレ」

「ふふっ、あまり遅くならないでね?」

「俺は子供かっ」

「私の子供です~」

「それ使い方違うから」


 そんなやり取りをして、俺はトイレに駆け込んだ。

 さすがに緊張してきたな……。


 用を足した後、手を洗っていた時。


「ん? 君は……」


 俺を見つめる男性が一人。

 あれ?

 この人ってどこかで…………




 ――――――「そうたくんか。うちの娘も毎週ここに遊びに来るからまたお願いね?」


 遠い記憶から、その男性が俺に話した言葉を思い返す。


「貴方は確か…………ゆみちゃんのお父さん」

「やっぱりそうちゃんか! 大きくなったな!」


 相も変わらず大きな身体。

 俺も高校生になり、それなりに大きくなったけど、それでもゆみさんのお父さんが大きいと感じる。


「お久しぶりです」

「うむ。うちの子から話は聞いているよ。またいずれ挨拶したいなと思っていたけど、またうちの子と仲良くしてくれてありがとう。いつもお迎えもしてくれていると聞いているよ。本当にありがとう」

「いえいえ、俺もゆみさんに会えて嬉しいです」


 おじさんは笑顔を浮かべてくれた。


「おじさんもここで食事ですか?」

「ああ。恥ずかしい話、縁談の家族に会いに来たんだよ」

「ん? 縁談の家族……ですか?」

「そうなんだよ。もう七年・・ほど好いている方がいてね。今日はその息子さんと会う日で、緊張し過ぎてね」

「………………」

「ん? どうしたんだい?」


 おじさんの表情。

 どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 七年好いた人。

 そして、その息子と今日会う。


 …………そんな事言われたら、おじさんが誰と会うのかくらい……分かってしまうじゃないか。


「えっと、おじさん。その方の名前って…………一条ですか?」

「ん? どうしてその名前を? ………………!?」


 おじさんの目が大きくなる。

 そうか……やっぱり……。


「行きましょう」

「っ!?」

「大丈夫。ゆみさんはそんなに弱い子じゃないです」

「…………」


 一気に表情が曇ったおじさんを連れて、俺は母さんが待っている場所に向かった。


 レストランに入ると、母さんとゆみさんが向かいに座り、気まずそうにしている。

 俺はそのままゆみさんの下に歩いた。


「ゆみちゃん・・・

「そ、そうた……」

「少し話がある。一緒に来てくれない?」

「う、うん……」


 そして、俺は母さんに小さく「こんないい男、逃したら罰が当たるぞ」と伝えると、母さんの顔が少し赤くなる。

 おじさんは、男の俺から見ても、ものすごくかっこいい。

 俺の父さんがまだ生きていたら……こういう方だといいなとずっと子供の頃に思っていたから。

 今でも俺の理想の男の像というなら、きっとおじさんになるだろうな。


 おじさんの背中を軽く押して、俺はゆみちゃんを連れてレストランの外に向かった。




 ◇




「びっくりしたね」

「うん……」


 顔が真っ白で、いつもの覇気もなく、動揺しているのがここまで伝わるくらいだ。

 俺は優しく彼女の手を繋いだ。


「子供の頃、遊んでいたとき、こうして……手を繋いでいたっけ」

「……」

「あの頃は本当に楽しかったな。本当だからね?」

「……」

「俺があの頃に思っていたのは――――」

「聞きたくない」

「…………おじさんがお父さんだったらいいなとずっと思っていた」

「何でよ! 私は……私はずっと!」

「俺もゆみちゃんの事は好きだよ。でも、それが付き合うとか、結婚したいとかではないと思う」

「…………」

「こんな俺を好きになってくれてありがとう。でも、ごめん。今の俺はゆみちゃんよりも、母さんの幸せを守りたい。それに、これが終わったらちゃんとゆみちゃんに断りを入れようと思っていたから」

「…………あおいの方が好きなの?」




「いや、あおいさんも勿論好きだよ。でもあおいさんとも付き合いたいとか、結婚したいとか、そういう好きではない。――――俺はみおちゃんがいて、その隣で一緒にみおちゃんの世話をするゆみちゃんがいて、少し離れて美味しいご飯を準備してくれるあおいさんがいて、遅れてご飯を食べにくる母さんがいて…………そういう風景が好きなんだ。いつまでも続いて欲しいと願うくらい」




 俺はハンカチを取り出して、ゆみちゃんの頬に流れる大粒の涙を拭った。

 彼女の可愛らしい瞳が俺を見つめる。

 きっと、彼女も母さんを見つけた時に、勘づいていたのだろう。

 逃げなかったのは――――きっと、おじさんが大好きだから、あのままあの場に残っていたんだと思う。


「ゆみちゃん。形は違うけど、俺の家族に――――妹になってくれない?」

「…………そうたのバカ……」

「そうだな。こんな可愛い子を彼女じゃなくて妹にするなんて、俺は本当にバカかも知れないな」

「………………ねえ」

「ん?」

「最後にお願いがあるの」

「いいよ」

「……ん」


 そして、ゆみちゃんは俺の抱き付いた。

 彼女の甘いシャンプーの匂いが、俺の鼻を刺激する。

 俺の身体に触れた彼女の身体は、温かくて、柔らかい。

 女の子と抱き合うなんて、俺の人生でこういう日が来るとは思わなかった。

 これからは妹になるであろう彼女は、最後のこの時を惜しむかのように、目一杯俺の身体を強く抱きしめた。




 ◇




「ただいま~」

「っ!? お、おかえり。ゆみ」


 俺とゆみちゃんの登場に、緊張した面持ちのおじさんと母さんが立ち上がる。

 きっと心配していたんだろうな。


「ねえ、パパ」

「あ、ああ」

「おばさん、本当に良い人だから、幸せにしてあげないとダメだよ?」

「ああ。勿論だとも」


 恐らく、あくまで俺の予想だけど――――ゆみちゃんは俺の事をおじさんに相談していたんじゃないだろうか。

 きっと告白した事も伝えていたのかも知れない。

 もしかしたら、俺達がいない間に二人は別れ話を進めていたかも知れない。


 でも俺もゆみちゃんも、おじさんが七年も母さんを待ち続けていた事も知っている。


 ――――だから。


 二人の幸せを達が一番応援したい。

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