第21話 告白

「おかえり~」


 あおいさんの家に母さんが帰って来る。

 このやり取りも、既に慣れたものだ。

 元々の予定とは少し違うけど、みおちゃんの非常事態なので仕方ないよね?


「ただいま~、あら? みおちゃんがうつ伏せになっているわね?」

「そうなんだよ。みおちゃんがね、なんと! 新しいスキル『寝返り』を覚えてしまったんだよ」

「ふふっ、こうして少しずつ大きくなるのよね」


 うつ伏せ状態になったみおちゃんは、そんな自分に驚いて「いま何が起きているの?」という表情になる。

 それを見ながら母さんと一緒に笑う。

 俺も昔はこんな感じだったんだろうね。


 少しして、あおいさんが作ってくれた夕飯が食卓に並ぶ。


「こうなってしまうと、みおちゃんから目を離せないので、本当に助かるよ」

「そうだね。もう少ししたら、今度は座ったり、はいはいが出来るようになるからね。気を付けないと」

「そうね。蒼汰の時も凄く苦労してたわよ?」

「あっ、はい。その節は大変お世話になりました」

「あら、蒼汰もそういう事を言える歳になったわね」

「そりゃ高校生ですから!」

「「あははは~」」


 母さんにからかわれるが、悪い気はしない。

 それにしても、やっぱり女手一つで赤ちゃんを育てるのは、凄く大変なんだね。

 一人で遊べるくらい育ってくれたら楽になるんだろうけど、その時にはその時の大変さがあるだろうからな。


「それにしても、今日のコロッケはとても美味しいわね」

「えっへん! あおいちゃんの特製コロッケですよ!」

「ふふっ、あおいちゃんは本当に良い母になれるわ」

「大丈夫。母さんも良い母だよ」

「あら、それって遠回しに私が料理下手だというのかしら?」

「えっ!? 母さんにこれが伝わるなんて……」

「なーんだと~! うえ~ん、あおいちゃん~蒼汰がイジメるよ~」

「あらあら、よしよし」


 女子高生によしよしされる大人ってどうなのだ……。


 そして、俺達はいつも通りの時間を過ごす生活を送った。




 ◇




 暫くの間、通学している頃と変わらない生活を送る。

 みおちゃんが危ないから、見張りが必要って理由ではあるんだけど、何となくこういう毎日が俺にとっては、とても楽しいモノでもあるから助かっている部分もある。


 数日後。


 ゆみさんが遊びにやって来た。


「みおちゃんが寝返りした!?」


 やっぱり驚くよね。

 この数日で、スキル『寝返り』をマスターしたようで、一瞬で寝返りを成功させるみおちゃん。

 最初は、一所懸命に寝返りをしていたけど、今ではひょいっと一瞬で成功させるのだ。


「ん~じゃあ、こうしてあげようか」


 ゆみさんがおもむろに、寝返ったみおちゃんをまた同じ向きで転がせる。

 そして、手を離すと、みおちゃんがまた寝返りで転がる。


「よくできました! みおちゃん、これで一回転したんだよ?」

「そういう事かい!」


 思わずゆみさんにツッコミを入れてしまう。

 しかし、みおちゃんはとても楽しいらしく、大声で笑い始める。


 きゃっきゃー!


「ほらほら、みおちゃんも楽しそうでしょう?」

「確かにそうだけど……このままうつ伏せから回転して仰向けになったりするのかな?」

「練習させてみる?」

「いや、それはさすがにあおいさんに許可を取らないと……」

「私なら大丈夫だよ~」


 どうやら俺達の会話を横耳で聞いていたらしく、すぐに許可を出してくれるあおいさん。


「よ~し、許可も出た事だし、優しく転がしてみようか」


 転がすって……。


 ゆみさんはそのままみおちゃんを左向きに優しく転がす。

 既に寝返りに慣れて来ているみおちゃんは、何が起きたか直ぐに理解出来たようで笑顔だ。

 そして、今度はまた優しく左向きに転がして仰向けにさせる。

 あまりやり過ぎも良くないと思うので、ほどほどに一回だけして、様子を見る事にした。


 少しして、あおいさんが夕飯を運んできてくれて、食事を取る。

 食事中は静かになるみおちゃんだが、何故か笑い声が聞こえる。

 俺達が注目すると、そのままぐるっと寝返りでうつ伏せになる。


 ここまでは良かった。


 しかし、次の瞬間。

 今度はまたもや左に転がって、仰向けになった。


「みおちゃん凄い! 一人で一回転出来るようになったよ!」


 喜ぶゆみさん。


 しかし、この日を境に、転がるようになったみおちゃんに増々目が離せなくなったのは言うまでもない。




 ◇




 騒がしい日々を送っていたとある日の事。


 珍しく母さんの帰りが遅い日である。

 実は、前日に飲み会があるから遅れると相談されていた。


「おばさんって、普段から飲み会とか行くの?」

「いや? 初めての事だよ」

「えっ!? そうだったの?」

「うん。まあ、普通に『いってらっしゃい』と思ってはいたけど、酔った母さんは見た事がないから少し心配かな…………」


 実は既にこの歳ともなると、みんなが持っている『スマートフォン』ですら、俺は持っていない。

 自慢じゃないが、持っていたとしても連絡する友人もいなかったので、母さんに勧められた時には断っていた。

 だって、毎日家にいるから、必要ないと思っていたから。

 でも…………こういう時、あったら便利なんだろうなと、思えるようになった。


「でも紳士な方だから心配しなくていいよっておっしゃっていたものね」


 そう。

 そこである。

 そもそも紳士な方って何?


「あおいさん、紳士な方と言われたら、思いつくのはどんな感じ?」

「ん~、多分男性の方との飲み会なのかな?」

「やっぱりそうだよね…………母さんに男か…………」

「ふふっ、だっておばさん、ものすごく美人さんだからモテると思うよ?」


 そうなのだ。

 俺は冴えない顔だけど、母さんは大人な美人だ。

 少し幼くも見えるので、ここにいるあおいさんと並んでもあまり違和感がないくらいだ。

 今まで男気配一つ見せていなかった母さんに男か……。

 何か理由があるのかも知れないけど、母さんがそれで幸せになるのならいいのかも知れない。


 そんな事を思いながら、その日も夜が更ける。


 俺はあおいさんとみおちゃんに挨拶をして、家に戻って行った。

 やっぱり母さんまだ帰って来てはいないね。


 その時。


 扉が開き、ヨレヨレの母さんが帰って来た。


「母さん!? 飲み過ぎじゃない?」

「えへへ~、だいりょふよ~、しょ~た~」

「いやいや、俺の名前、ショウタじゃないし」

「えへへ~」


 これが俗にいう、酔っ払いか。

 初めてみた。

 うん。テレビとかで、こういう人種がいるって事くらいは知っていたけど、周りにこういう人はまずいないし、母さんが酔ってるところなんて初めて見るからね。


「ねえねえ~しょ~た~」

「はいはい、しょうたですよ~どうしました?」

「えへへ………………」


 そして、母さんはとんでもない事を話した。











「あたし~こくはく~された~」


 …………。


「はあ!? え!? 誰に!?」

「えへへ~、むかしから~なかいいひと~」

「えっ!? そんな人いたの!?」

「うん~」

「…………そうか」

「えへへ~」


 酔ってはいるけど、どこか寂しく笑う母さん。

 今までそういう事は全く話さない母さんだったから知らなかった。

 そうか……母さんにも好きな人が出来たんだ。

 いや、居たんだ……。


「はいはい。おめでとう~取り敢えず今日はもう寝ましょうね~」

「えへへ~しょ~たにおめでと~て~いわれた~」

「だって、母さんが好きな人なんでしょう?」

「ん~どうかな~ちょっとだけ~しゅきかも……」

「いいんじゃない? 母さんが好きな人なら、俺は応援するよ」


 そして、俺はヨレヨレの母さんを布団に運んだ。

 既に抵抗も出来ないくらいヨレヨレな母さん……ここまで酔うなんて…………。

 でもちゃんと帰って来れたって事は、その男性の方に送って貰えたのだろう。

 ちゃんと送ってくれる辺り、紳士・・というだけはあるのかも知れない。

 とにもかくにも、母さんが好きな人なら、いいと思う。




 ――――この時、俺はただそう考えた。それが……後にとんでもない事件となる事など、全く予想だにしなかった。

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