第20話 大掃除と成長
樹の下公園の帰り道。
ゆみさんは家の方向が違う為、母さんにみおちゃんを頼んで、俺達はゆみさんを送り届けて、久しぶりに二人だけで歩いた。
「ふふっ、そう~ちゃん~」
「……絶対ゆみさんに教わったんでしょう」
「うん! ゆみちゃんの騎士様だもんね!」
き、騎士様……。
何だか照れくさい……。
「あの時は無我夢中でやった事だし、子供の頃の事だから今の俺はそんな大したものじゃないよ」
「え~、そうたくんは十分にカッコいいよ?」
そりゃ、美人に「カッコいい」と言われて嬉しくならない男はいないだろう。
いるかも知れないけど、俺は素直に嬉しかった。
「ねえ、そうたくん?」
「うん?」
「……ゆみちゃんに答えてあげないの?」
「…………やっぱり、知っていたんだね」
「うん。だって、真っ先に相談されたんだもの」
最近ではすっかり仲良くなかった二人。
友人なら恋の相談一つくらい出来るか。
「ゆみちゃんって、とても素敵で可愛らしくて活発な良い女の子だと思うんだけどな~」
あおいさんが美人過ぎて目立たないけど、ゆみさんも十分魅力的な女性であるのは間違いない。
きっと、クラスの中に恋している人もいるだろう。
「でも、俺は恋よりもやりたい事があるから」
「…………それって、うちらの事?」
『保育士』を目指す。
それだけなら、ゆみさんとの付き合ってても叶えられると思う。
何せ、あと四年も残っているし、既に試験に合格出来るくらいの知識は積んでいると自負している。
だからなのか、あおいさんの言葉が俺の心に深く刺さる。
「ごめん。正直に言えば――――、うん」
「……そっか」
知ってたかのようは表情を浮かべる。
このまま彼女が何処かに消えて無くなるかも知れないと、頭をよぎる。
「でもあおいさん達がいなくても、多分俺の答えは変わらないかな。今のままで彼女を作りたいとか、ゆみさんの思いに応えようとか――――酷いと言われるかも知れないけどさ、まだ好きではない人と付き合いたいとは思わないよ」
俺の前を歩いているあおいさんの表情は見えない。
酷いやつだと怒っているかも知れない。
でも俺はちゃんと向き合えるようになるまで、そういう間柄にはなりたくはない。
振り向いたあおいさんは――――笑顔だった。
「良かった! とにかく付き合うんじゃなくて、ちゃんと向き合ってから付き合ってくれるなら、私も頑張って応援したいな! 作戦『そうたくんをゆみちゃんに惚れさせる』を始めます!」
「ははは、そういうのって本人に言っちゃ駄目なんじゃないの?」
「あ! まあ、しょうがない~もう言っちゃったもん!」
「それは仕方ないなー、手加減? よろしくお願いします?」
「手加減はしませんよ~」
どうやら本気らしい。
あおいさんがこうしてああして~とか言ってるけど、何をどうするというんだか……。
まあ、俺はこの生活が続けるなら、今のままで構わないと思うんだけど、彼女達にとってはそうはいかないらしい。
家に帰って来て、あおいさんはみおちゃんを連れて帰って行った。
みおちゃんを抱くあおいさんは、やっぱり母親の顔をしていた。
◇
夏休み最初にやるのは、いつもの――――大掃除だ!
母さんが仕事に出かけている月曜日。
俺は夏休みなので、普段出来ない大掃除を開始する。
まずは布団のカバーをはがして洗濯機の中へ入れ、布団の中はベランダに天日干しする。
次はすぐさま風呂場の大掃除。
普段から綺麗にはしているけど、どうしても水カビが生えるので、早速事前に買っておいたカビ専用洗剤『カビハンター』を取り出す。
カビをあらゆる方面から洗剤漬けにして暫く放置だ。
洗剤漬けの間にやるのは、流し台の大掃除。
流し台用洗剤を古の歯ブラシに付けて、ゴシゴシ擦る。
意外にもこれがストレス発散になるのだ。
ストレスなんて何一つ感じてないんだけど。
俺には最強ストレス発散装置みおちゃんがいるから。
終わった頃に、洗濯機の終わったアラーム音が響いたので、天日干していた布団の中は部屋に移して、洗濯機の中から取り出した布団のカバーを天日干しする。
「お兄ちゃん~」
布団カバーを干していると、隣からよく聞き慣れた声が聞こえる。
そこにはみおちゃんの手を振っているあおいさんが見えた。
「あおいさん?」
「えへへ、今日は洗濯なのね?」
「うん。夏休みの母さんがいない最初の日は、大掃除をするんだ」
「そうなんだ! ――――えっとさ。今日のお昼と夕飯はどうするの?」
「特に決めてはいないけど……」
「じゃあ、そうたくんの分も作るよ!」
「えっ! いいの?」
「うん! いつもそうたくんに助けて貰ってばかりだから! みおちゃんと一緒に待ってるから、あとでおいで!」
「分かった」
あおいさんは満面の笑みを浮かべて部屋の中に入って行った。
実は夏休みが始まり、みおちゃんを迎えに行く事もなくなり、あおいさんも余裕が生まれているのもあって、特に約束を交わす事もなく、毎日向こうに行くとかはしていない。
みおちゃんもそろそろ落ち着いていて、寝不足もないようで泣き声を聞く機会も随分と減った。
ベランダの窓を開けて掃除を続けていると、隣の部屋から「みおちゃん!?」ってあおいさんの声が聞こえてくる。
何かに驚いた感じみたいだ。後で、向こうに行った時にでも聞いて見ようかなと思う。
あらがた掃除も終わった頃に俺の腹から丁度腹時計の音が鳴る。
我ながら最近の自分の腹って、完全にあおいさんに生存権を握られている気がする。
あおいさんの手料理があまりにも美味しいのが問題だ。
一旦、あおいさんの家に向かう事にした。
「いらっしゃい~」
いつものストレート髪を一つに纏めてポニーテールになっているあおいさんが出迎えてくれる。
ポニーテールもとても似合う。色んな髪型も見てみたいね。
「お邪魔します~」
「みおちゃんはリビングで眠ってるよ~」
「そっか、寝顔で癒されなくちゃ」
リビングの布団に眠っているみおちゃんの顔を覗く。
まだ頬っぺたがふっくらとしていて眠っている時ですら可愛すぎる。
久々に頬っぺたを優しく押して癒される。
みおちゃんで遊んでいると優しい匂いがふんわりと匂って来る。
やっぱり腹からぐ~って音が鳴る。
「お待たせ~」
あおいさんがテーブルに大きなどんぶりを持って来た。
早速テーブルの前に来ると、どんぶりの中には、美味しそうなラーメンが入っている。
でも湯気はない?
「あおいちゃん特製、冷やしラーメンですよ!」
「冷やしラーメン!? なにそれ!?」
「ふふっ、食べて見るがよろしい~えっへん!」
俺は初めての『冷やしラーメン』というやらを見つめた。
見た目はただの醬油ラーメン。ただ俺が知っている湯気が上がっているラーメンではない。
恐る恐る一口食べてみる。
「っ!? う、うま!?」
思わず、声が出てしまう。
それを聞いたあおいさんがまた「えっへん!」とドヤ顔する。可愛い。
「昔、食べた事があって、夏になるとよく作るようになったの」
「へぇー」
「ラーメン博物館? みたいなところに出てたよ~有名な県もあるみたい」
「そうなんだ。あまり食に興味がなかったから初めて聞いたよ」
「ふふっ、あおいちゃんは料理が好きだからね!」
冷たいというよりは、涼しい感じがする醬油ラーメンは、少し濃い味が癖になりそうだ。
これなら母さんも好きかも知れないな。
丁度ラーメンを食べ終えた頃、隣から笑い声が聞こえる。
きゃっきゃー
どうやらみおちゃんが目覚めたらしい。
そんなみおちゃんに目をやると――――
「え!? み、みおちゃん!?」
みおちゃんのまさかの行動に驚いてしまう。
「ふふっ、そうたくんも驚いた? 私もさっき、それを見て吃驚したのよ」
あ! さっき、驚いた声ってこれの事か。
俺の前のみおちゃんは、なんと――――
一人で寝返りをしようとしていて、遂には寝返りに成功した。
今までは横たわっているみおちゃんを眺めて来たけど、今の目の前にいるみおちゃんは寝返りでうつ伏せ状態となった。
「あおいさん。うつ伏せはあまり目を離せないから、暫くは注意深く見ないといけないかも」
「う、うん! 窒息ね?」
そろそろ寝返りするかも知れないと、既にあおいさんには伝えていて、赤ちゃんの初めての寝返りによる窒息は、時折ある事なのであおいさんも俺も非常事態になるのは言うまでもなかった。
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