第19話 思い出
俺が小学生二年生の頃。
毎週の週末は母さんと二人で樹の下公園に遊びに来ていた。
あの頃の俺は、とても活発で樹の下公園に来ると、真っすぐ中央の大型遊具に飛びついていた。
周りにも沢山の子供がいて、気付けば名前も知らないみんなと仲良く遊んでいたりしていたっけ。
そして、その日も、今日と同じく夏が始まりの頃だった。
遊具で遊び疲れた俺は、母さんに「暑いよ!」と不満を漏らすと、母さんに連れられ水遊び場にやってきた。
樹の下公園にこういう場所があるんだなと感心しながら、迷わず水遊び場に飛び込んだ。
母さんから「周りに小さな子供も多いから気を付けなよ!」と言われるが、「は~い」と心にない返事をして、涼しいひと時を楽しんだ。
母さんも暑かったのか、隣にある屋根付き椅子に座ってうたた寝をしているのが目に入った。
暫く涼しんでいた頃。
「おい! 女は向こうに行け!」
俺の耳に聞き慣れない声が聞こえる。
声がする方に視線を向けると、噴水の場所に気持ちよく遊んでいた男の子三人に、女の子一人が注意している。
「ここは皆で遊ぶ場所でしょう! あんた達ばかりずるいのよ!」
自分より少し身体の大きい男の子達に立ち向かうその姿に、「いや、無謀だろう」と思ってしまった。
そう思った矢先、立ち向かう彼女は彼らによって突き飛ばされた。
「痛っ! 何するのよ!」
突き飛ばされた女の子が腹を立てる。
「ふん! 女はあっちいけ!」
悔しそうに睨む女の子。
何となくだけど、その姿に一人親である母さんの事が頭を過った。
別に正義の騎士になりたかった訳じゃない。
女の子を助けたかった訳でもない。
ただ、母さんのような、女を
女の子に飛びかかろうとする男の子の気配を察知する。
このままでは女の子が大怪我しそうだと思った時には、既に身体が動いていた。
殴りかかろうとする男の子の足を思いっきり引っかけて転ばせる。
「う、うわあああ!」
そのまま顔面から転んだ男の子は、鼻血を流し始めた。
それを見た他の男の子が俺に向かって飛びかかる。
子供の頃の俺は、それをいとも簡単に見切っていて、パンチを繰り出した腕をそのまま流して足を引っかけて、最初の男の子同様に顔面から転ばせる。
三人目の男の子は恐る恐る様子を見ていたので、足で水しぶきをあげて視界を遮って、その間に男の子を突き飛ばす。
突き飛ばされた男の子は頭を強打して泣き喚いた。
一瞬の大惨事に、男の子達の両親と思われる大人が怒り狂ってこちらに走って来るのが視界に入る。
そして、俺を殴ろうとした時、一際大きな身体の男性がその間に割り込んだ。
「この男の子達の親ですね?」
「は!? なんだよあんたは!」
「私はこちらの女の子の父親です。娘から事情は聞きました。娘を助けてくれたこちらの男の子の味方です」
「は!? うちらの子供が怪我しているんだよ!? ふざけんな!」
「元々そちらの子供達が噴水を独り占めして、私の娘から注意された腹いせに突き飛ばされてます。あろうことかさらに女の子に手を出そうとした。それをこちらの男の子が救ったのですよ? 貴方達は自分の子供の面倒も見れないのですか?」
「くっ!」
悔しそうに睨む男性。
目の前の男性は見るからに喧嘩
「私の娘を突き飛ばして殴りかかろうとした方が
静かな口調で威圧する女の子の父親に、男の子の父親は悔しそうに睨みながら悪態をついて自分達の子供達を連れ去った。
「あの。助けてくださりありがとうございます!」
「いやいや、こちらこそ。うちの娘を助けてくれてありがとう」
そう話す男性は大きな手で俺の頭を優しく撫でてくれた。
――――もしもだ。
もしも、自分に父親がいたら、こういうお父さんだったのかな?
そんなことが頭をよぎる。
男性の後ろで恥ずかしそうにこちらを見つめる女の子が視界に入った。
「怪我はない?」
「う、うん! 大丈夫! 全然痛くないよ!」
ぱーっと笑顔で話す女の子は、とても印象に残っている。
「これからも娘と仲良くしてくれるとありがたい。名前を聞いてもいいかい?」
「はい! 僕は――――そうたです!」
「そうたくんか。うちの娘も毎週ここに遊びに来るからまたお願いね?」
「はい!」
後ろに隠れている女の子もずっと笑顔でこちらを見ていた。
あれから毎週になると、この水遊び場であの時の女の子と遊び始めた。
最初はわがままで、何故俺がこんな女の子と遊ばなくちゃいけないのかと思ったけど、女の子の満面の笑顔を思い出すと、「まあいっか」と口から諦め半分の言葉が自然を零れた。
あれから二年程、毎週一緒に遊んでいた。
あの女の子…………名前はたしか…………。
「ゆみちゃん! またね!」
「うん! そうちゃんもまたね!」
毎週離れる女の子にそう言い合いながら、手を振っていた自分と女の子を思い出した。
◇
俯いて「そう……ちゃん?」と呟くゆみさんが視界に入る。
そして、「そうちゃん!」と呼んでくれるあの頃の女の子とゆみさんが被って見えた。
「その呼び名、久しぶりに聞いたな」
「やっぱり……そうたがあの時のそうちゃんなのね?」
「まぁ、あの時助けた女の子と暫く一緒に遊んでいたのは覚えているよ。二年くらい遊んでいたからね」
「っ!? や、やっぱり!」
驚いた表情で急接近するゆみさん。
あぁ、こう見ると、あの時に一緒に遊んでいたゆみ
今日の今日まで、全く気付かなかった。
「あ~、本当にゆみ
「っ!? うんうん! あの時のゆみちゃんが私!」
驚いた表情と嬉しそうな表情が両方浮んでいるゆみさんの表情に、思わずこちらまで笑みを零してしまう。
「一応、久しぶり……? ってなるのかな?」
「本当にそうだから! あれからずっと……ずっ……と…………待っていたんだからね!」
彼女の目には少し涙が浮かび始める。
「ねえ、どうして来なくなったの?」
ああ、樹の下公園に来なくなった理由か。
「あの後、俺は母さんの疲れた笑顔を見てしまってさ。週末に公園まで来てくれてうたた寝をしている母さんの大変さを知ってしまったんだよ。だから、もう公園には行かないって言って、あれからずっと家にいるようにしてたよ」
あれは十歳の時の……小学四年生の時の出来事だ。
「四年生の時だもんね……うん。今でもちゃんと覚えているよ? 何ならあれから一年くらいずっと寂しくて、待ってたんだから……」
「そ、そこまで!? なんか……ごめん」
「本当ね!
「あはは……こんなに俺を思ってくれる人がいるとはね。でもあの後、ずっとゆみちゃんが気になってはいたけど、俺は母さんの方が大事だったから。もう母さんには無理はさせたくなかったんだ」
「そっか…………うん。そうちゃんらしい。正義の騎士様だもの」
ゆみさんの『正義の騎士様』という言葉がどこかこそばゆい。
でも悪い気はしなかった。
俺は誰かにとって『正義の騎士様』になっていた事に、嬉しさを感じた。
そして、彼女は小さな声で呟いた。
「好きになった人が……初恋の人だったなんて…………嬉しいな……」
とても小さな声。
聞こえないふりをしたけど、俺の耳を離れる事が出来ない言葉だった。
◇
「おかえり~」
「「ただいま~」」
「ん? ゆみちゃん、何か良い事でもあったの?」
あおいさんってこういう、人の顔色を伺う能力(?)がとても優れていて、ゆみさんの変化にすぐ気付いたみたい。
ゆみさんは小さな声で、あおいさんを何かを話し合い始めた。
恐らく、過去の出来事や、それが俺だった事を話しているんだろう。
「母さん。久しぶりに水遊び場に行ってきたよ」
「あら、懐かしいわね」
「うん。凄く懐かしかった。あの頃は毎週ここに遊びに来ていたっけ」
「そうね。蒼汰ったら、毎週「あの子が待っているんだから、早く行こう!」って急かしてしたのよ?」
「あ~、あはは…………少しだけ思い当たる節はあるかな」
「あの時の蒼汰は、とてもモテモテだったわね」
「子供の頃の唯一のモテ期だったな」
「あら、そうでもないわよ? 今でも蒼汰はモテモテなんだからね?」
母さんの言葉に「そんな事……」まで喉奥まで出て来た言葉を、吐き出す事なく飲み込んだ。
ゆみさんの笑顔が思い浮かんでしまったら、言い返せないよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます