第18話 樹の下公園
樹の下公園に行く日になった。
あおいさんは朝から懸命にお昼弁当を作ってくれていて、俺はみおちゃんと遊んで彼女を応援する。
しかし、ここで遊んで疲れたら、みおちゃんが眠ってしまうんじゃないかなと心配になるんだけど……。その時はその時でいっか。
支度が終わったので、俺達は樹の下公園に向かって出発した。
途中で待っていたゆみさんとも合流する手はずにもなっている。
合流後のあおいさんとゆみさんはすっかり仲良しとなって、楽しそうにお喋りをしながら樹の下公園に向かった。
樹の下公園は、うちの近くにある大きな公園で、デートスポットというよりは、子連れの家族で溢れている感じのスポットだ。
相変わらずも樹の下公園は、子供達で溢れている。
公園には水道完備やトイレも複数設置されているし、中央には大型遊具が沢山並んでいるので、子供でごった返しているのだ。
その傍らで、バーベキューが出来るスペースがあって、そちらでは朝から酒を片手に乾杯を交わしているお父さん達で溢れている。
バーベキュースペースの正反対側には緩やかな芝の丘があって、俺達はそちらを目指した。
芝の丘には既に何組か炎天下の中、大型パラソルを立てレジャーシートを敷いてくつろいでいた。
俺達も急いでレジャーシートを敷いて、うちにあった大型パラソルを立てる。
ゆみさんも似たものを持って来てくれて、一緒に並べて立てて、日陰の場所を大きく確保する。
少しふかふかになっているレジャーシートにみおちゃんを下ろすと、初めての場所だからか、周りをキョロキョロ見始めている。
最近は笑い声だけじゃなくて、「あー」とか「うー」とか喋るようになったみおちゃん。
更には――――なんと! 首が座すわるようになったのだ!
これが最近一番嬉しい事だったりする。
あおいさんによれば、少し成長が遅れているらしいけど、少し遅れてるくらいでいいじゃないか。
赤ちゃんはこれからもすくすく成長するはずだ。
横たわって手足をバタバタさせているみおちゃんの手に、俺の人差し指を当てる。
すると、みおちゃんはそのまま俺の人差し指を強く握り返す。
これが中々の力で、一度握ると中々離してくれないのだが、握ってくれることが嬉しくて、ついついやってしまう。
あおいさんは「まーたお兄ちゃんの指を握っているのね~」と笑ってくれる。
みおちゃんの笑い声にも癒されながら、暑い中、吹いて来る優しい風がとても気持ちいい。
「おばさん! 昔のそうたの話、聞かせて!」
俺がみおちゃんと遊んでいると、隣のシートに集まつた女子組(俺以外)が話に花を咲かせていた。
何となく、自分の昔話を聞かされるのは嫌なので、みおちゃんと遊びながら、みおちゃんが汗をかきすぎないように
最近は周りが気になるようで、俺の膝の上に乗せて、首がすわったとはいえ、無理にならないように腹でみおちゃんの壁になってあげる。
すると周りをキョロキョロしながら、興味ありげに声にならない声をあげる。
その時、近くにいた家族の子供達がみおちゃんの声を聞いたようで、興味有り気に近くまで来てみおちゃんを覗いていた。
「みおちゃんって言うの。入っていいよ~」
「「わ~い!」」
兄妹のようで、仲良く手を繋いでレジャーシートに入って来る。
靴下も可愛らしい絵柄で同じ絵柄だ。
俺は一人っ子なので、こういう兄妹には憧れがあるというものだ。
みおちゃんは初めて会う子供達に興味津々で、子供達が伸ばした手を握ったり、子供達の笑い声に反応して、声をあげる。
「お兄ちゃん! みおちゃん凄く可愛いね!」
「うん! ゆいちゃんも昔はこんな感じで可愛かったんだよ!」
「え~! お兄ちゃんばかりずるい~! ゆいもお兄ちゃんの赤ちゃんの頃が見たい!」
「あはは~」
みおちゃんと遊んでいた兄妹の後ろから、二人の名前を呼ぶ声が聞こえる。
お昼の準備が整ったようで、二人は家族の元に帰って行った。
帰り際、兄妹の父親と思われる男性は、一度俺に向かい会釈した。
「あの兄妹、可愛かったね」
いつの間にか来てくれたゆみさんが、後ろから兄妹に手を振っていた。
「そうだな~俺は兄妹がいないから、ああいうのを見ると少し羨ましく思うよ」
「ふふっ、お兄ちゃんになりたかったのね」
「まあ、そういう訳ではないんだけど、兄弟は欲しかったなとは思ってるかな? そればかりは人それぞれだからね」
「うんうん。うちもそうだったな~子供の頃、ここに遊びに来た時に、出会った男の子もそんな事を言っていたな~私も同じだったから私が妹になってたよ」
「へぇー、ゆみさんが妹か」
「何よ、ちょっと意味を含んでいるわね」
「いやいや、その男の子が羨ましいなと思ってさ。ゆみさんのような妹がいたらきっと楽しいんだろうって」
「へ?」
ゆみさんが何かを言いかけて、あおいさんの所に逃げ帰った。
逃げ帰ったと思えるくらいには、素早く去って行った。
隣のシートでお昼弁当を準備していたあおいさんが苦笑いを浮かべ、こちらに手を振る。
準備が終わったの合図だね。
みおちゃんを連れ、美味しそうな匂いがする弁当の前に連れて行った。
みおちゃんもこの匂いがたまらないらしく、普段よりも数倍涎を垂らしている。
でもまだ固形物は与えられないので、みおちゃんはいつものミルクだね。
あおいさんが持って来た可愛らしい鞄の中から、水筒を探して取り出す。
ほんのり温かな温水が入っており、それをみおちゃん用の哺乳瓶の中にミルク粉のキューブを一つ入れて温水を半分ほど入れる。
優しい甘さの香りが沸き立つ。
哺乳瓶を優しく円を描くように振ってミルクを完成させたら、自分の手の甲に哺乳瓶の中を少し垂らす。
これでミルクの温度を体感で合わせて、熱すぎないように調整する。
赤ちゃんが飲んで火傷をしてしまうかも知れないからこうして確認をするのだ。
赤ちゃんはこういう事も自分で判断出来ないから、それを見守る母って強し! と思ってしまう。今やってるのは俺だけど……普段はあおいさんが頑張っているからね。
手の甲に垂らしたミルクは丁度良い温度だ。
そのミルクをひとなめすると、ほぼ水のような味がする。
ほんの少しの甘さは感じるけど、甘さというよりは甘い香りだ。
既にミルクを察知したみおちゃんは手をバタバタさせて、ミルクを
内心「はいはい」と言いながら、みおちゃんに哺乳瓶を添えると、待ってましたと言わんばかりに全力で中身を吸い始めた。
その時。
「そうたくん。あ~ん」
隣にいたあおいさんが、美味しそうな唐揚げを俺の口に運ばせてくれる。
何気なくそのまま受け食べる。
最近はこういうシーンが多いので、俺にとっては当たり前の光景となっている。
ただ――――ゆみさんにとっては、いつもではないその光景に、ゆみさんの圧力の視線を感じる。
素早く俺の隣に来たゆみさんは、あおいさんと同じく、弁当の中身を持って俺の前に出して「何が食べたい!?」と聞いて来た。
いやいや……そこまでしなくても……そろそろみおちゃんが飲み終わるし。
苦笑いが自然と零れていると、みおちゃんがミルクを丁度飲み終えたので、みおちゃんの背中を少しこすってあげてから、ゆみさんが手に持っていた弁当をそのまま譲り受けた。
ちょっと残念そうにしているゆみさんがまた可愛らしい。
弁当を食べていると、悔しそうな表情を浮かべたゆみさんが隣に座る。
そんな俺達を見ている母さんが、ニヤニヤしながらこちらを見つめていて、それでまた恥ずかしさを感じてしまう。
俺達は弁当を食べ終えて、あおいさんと母さんが弁当を片付けしている間に、みおちゃんの散歩に行って来いと無言の圧力を受けたので、ゆみさんと二人でみおちゃんを抱いて散歩に出た。
芝の丘に吹く優しい風がとても気持ちいい。
ゆっくり歩いている視界の先に、水遊びをしている子供達が見え始めた。
芝の丘の下には小さな噴水があり、その周辺には浅く広い水遊び場が用意されている。
「それにしても水遊び場は懐かし過ぎるな」
「そうたもここで遊んでいたの?」
「ああ、子供の頃は毎日ここで遊んでいたな~」
「そっか~」
何かを考え込むゆみさん。
「そう言えば、昔ここで喧嘩になった事もあったっけ」
「え!? 喧嘩!?」
「うんうん。女の子一人と男の子三人くらいで言い争いになっていたな」
「っ!? ――――――えっと、そうたはどう……したの?」
「何だか男の子達の言いがかりに思えて、女の子の味方をしたら、喧嘩になって、あの頃は無我夢中に女の子を守ろうとして、男の子達転ばせて泣かせたかな? ちょっと記憶が曖昧だけどね~懐かしいな~」
俺の言葉を聞いていたゆみさんは、静かに俯いたまま聞いていた。
――――そして。
「そう……ちゃん?」
ゆみさんの口から思わぬ言葉が飛び出た。
「もしかして、君は……そうちゃんなの?」
ゆみさんの「そうちゃん」という言葉に、あの頃助けて一緒に遊んでいた女の子の「そうちゃん!」と俺を呼ぶ声が被って見えた。
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