第17話 夏休みの始まり
母さんに初めて自分の将来について話した日から数日経過した。
担任先生の青山先生には申し訳ないけど、母さんには了承を取ったと伝えてある。
大変なはずなのに、先生は「それが一条の目標なら頑張れ。後悔しないように全力でな」と言ってくれた。
後期も来年も成績が上がる事はないだろう。
それで先生がまたああいう事を言われる事は、とても忍びないけど……それは学校の事情であって、俺が気にする事ではない。だから、俺はこれからも目標を目指して頑張ろうと思う。
その日も相変わらず、あおいさんと一緒に下校して、みおちゃんを連れて帰る。
「そうたくん」
帰り道、おもむろにあおいさんが声を掛けて来た。
「どうしたの?」
「えっとさ、この前先生に呼ばれたでしょう? その理由……聞いてもいい?」
「あ~、成績が下がったから心配になったみたい」
「成績?」
「うん。一年生と、中間テストが学年一位だったからさ」
「そっか……」
「ただ暇だったから学校の勉強をやっていただけで、俺にはただの暇つぶしだったんだよ」
「…………」
その日、帰るまであおいさんは何かをずっと悩んでいた。
成績が下がった理由なんて、言うまでもなく、みおちゃんに構っている時間の所為なのは間違いない。
でもそれは、元々俺がやりたかった『保育士』としての予行練習だから、あおいさんが気を病む必要は全くない。
それでも気になるのは仕方ない事かも知れない。
◇
この町に来てから数か月経ったね。
最初はどうなるモノかと思っていたけど、そうたくんに出会えたおかげで、何もかもが理想通りの生活になっている。
でも…………最近、そうたくんのおばさんの表情が少し暗くて、その時思い出したのは、そうたくんが担任先生の呼ばれた事を思い出した。
事情を聞いてみると、あっさり教えてくれた。
どうやらずっと学年成績のトップを取っていたそうたくんが、いきなり点数がぐっと下がった事が原因だそうだ。
その理由はもちろん私でも分かる。私
そうたくんは以前から『保育士』を目指していて、みおの世話を手伝ってくれてとても勉強になると喜んでくれる。
その事が時にとても嬉しくて……。
でも……。
最近友人となったゆみちゃんの想い人で、そして…………。
そうたくんは何てことない顔で過ごしているけど、間違いなく私達と出会ってから変わってしまった。
それは、そうたくんの可能性を奪う事となったきっかけになったのかも知れない。
そうたくんは、将来『保育士』を目指していたけど、本格化したのは私達と出会ってからだ。
もし、私達と出会わなかったら、本来の夢を目指す事なく、良い大学に進んで、沢山勉強して、より広い視野で世界を見れたかも知れない。
きっと、こういう事を言ってしまうと、そうたくんの今の頑張りを否定してしまう事になってしまうので、私は何も言えなかった。
それで私の頭によぎるのは、そうたくんから離れる事だ。
私達がいなければ、ゆみちゃんも、そうたくんも、そうたくんの将来も、全て円満に行くのではないか――――最近はその事ばかりが私の頭の中に浮かぶのだった。
◇
ジメジメした梅雨が明けた頃。
そろそろセミが鳴き始める時期になった。
俺の成績を巡って学校と母さんと俺の中で色々あったけど、結果的に母さんと担任先生は、応援してくれるようになった。
そんな問題も解決を見せて、相変わらずあおいさんの所でみおちゃんと遊ぶ日々を送る。
そして、ゆみさんとの間は全く進展せず、あれからもよく手伝いに来てくれて、送ったりしている。
でも未だ
寧ろ……どのタイミングで返事をしていいかは分からないし、自分の中の気持ちは今でも「ごめんなさい」だ。
それはゆみさんが嫌いだからではない。
ゆみさんとの時間が出来てしまうと、折角束の間の休憩時間が出来たあおいさんの為にならないと思ったからだ。
それに何となく一緒に過ごしていく中、みおちゃんが可愛くて仕方がない。
毎日みおちゃんの笑顔を見たいと思うからだ。
「では明日から――――夏休みだからと言って、羽目を外しすぎないようにな! 警察に迷惑になるような事はするなよ!」
担任の青山先生の夏休みを知らせるホームルームが終わった。
クラスメイト達が歓声をあげる。
毎年、こうなるのが恒例だ。
「一条! 休み中は何して過ごすんだ?」
最近絡んでくるようになった木船くんが聞いて来る。
「ん~、いつも通りかな~」
「おお~お熱いこと~」
「え?」
「ほらほら、姫様が待ってるよ。じゃあ!」
木船くんは挨拶を終えて、教室を後にした。
入口付近で俺を待っていてくれるあおいさんに「彼氏を引き留めて悪いな!」って言い放って去って行った。
……。
……。
えええええええ!?
俺とあおいさんは付き合ってないよ!? 彼氏でも何でもないぞ!?
視界に少し怒っているゆみさんの姿が映った。
◇
「みんな、休みは何処に遊びにいく?」
帰り道、当たり前のように聞いて来る。
「ピクニックに行きたい!」
あおいさんが元気に手をあげる。
ピクニックか~、昔は母さんとよく出掛けていたっけ。
「それなら樹の下公園がおすすめだよ」
「あ~樹の下公園懐かしい! 私、幼い頃よく行ってた!」
「俺も母さんとよく行ってたよ」
「へぇ! 意外にも子供の頃一緒に遊んでいたかもね~」
「まあ、あの公園めちゃくちゃ広いしな」
「うんうん。凄く広い!」
地元民だからか、ゆみさんと話題が合う。
隣で頷きながら、目を輝かせているあおいさん。
「じゃあ、今度の休みん時、樹の下公園にピクニックに行こうか」
「「行く~!」」
早速行くことが決まった。
「あ、そうたくん。おばさんも誘って行こうよ」
「ん? うちの母さん?」
「うん! 最近元気ないみたいだから」
「そ、そう? 元気ないようには見えないけど、一応今日声かけてみようか」
「うん! その方がいいよ!」
母さんの事が出てくるなんて、意外の意外だ。
「息子には分からない苦労があるんだよ~」
「そうたくん、そういうのには鈍そうだもんね~」
いやいや…………何となくな原因は知っているし…………。
間違いなく俺の進路の件による事だろうから。
みおちゃんを迎えに行って、いつものあおいさんの家で彼女が作ってくれた料理を食べていると、仕事帰りの母さんが帰って来た。
「母さん。夏休み入ったんだけど、今週の週末にみおちゃんを連れてピクニックを連れて行くつもりなんだけど、母さんも一緒に来ない? 樹の下公園に行く予定なんだけど」
「樹の下公園なんて久しぶりに聞いたわ。でもこんなおばさんが一緒に行っちゃっていいの?」
「え! おばさんめちゃめちゃ若いし、綺麗だし、お姉ちゃんにしか見えないよ!」
「あら、ありがとう。ゆみちゃん」
確かにあおいさんやゆみさんの隣に並んでも、母さんなら姉妹と言っても信じるくらいには若い。
元々若い時に俺を産んだって事もあるんだけど、三十代にも関わらず二十代に見える。
よく一児の母ですって言うと信じて貰えない時があるらしい。
こうして樹の下公園に決まる事が決まった。
これほど楽しみな夏休みは初めてだ。
「ねえねえ、そうた」
ゆみさんを送る帰り道、ゆみさんが声を掛けて来た。
「樹の下公園楽しみだね」
「そうだね。俺も久しぶりに行くな~」
「へへっ、あそこってさ。私の初恋の人がいた場所なんだよね?」
「へ!? ゆみさんの初恋の人?」
意外な返事に驚いた。
「うん! もう数年も会ってないんだけどね。私にとって一番かっこいい男の子といえば、今でもあの場所で出会った子かな~」
な、なるほど……。
それは少し複雑な気持ちだ。
…………。
「ん? どうしたの?」
「へ!? な、なんでもないよ!」
「変なそうた~」
ゆみさんはいたずらっぽく笑い、先頭を歩いた。
少しして、家に到着したゆみさんと別れ、帰り道に着いた。
俺の事が好きだと言ってくれたゆみさん。
彼女の初恋の思い出がある樹の下公園。
何か得体の知れないモヤモヤ感を残したまま、ピクニックの日を迎えた。
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