第15話 前期、期末試験

 ゆみさんから告白を受けてから数日が過ぎても俺達の間には、なんら変わりのない生活が続いた。

 俺も、あおいさんも、ゆみさんも、何も変わらないまま、6月も終わりを迎えた。


 6月末にあるのが――――我々学生が大嫌いな一学期の期末テスト時期がやってきた。



「あれ? そうたくんは勉強しなくていいの?」


 現在、俺はみおちゃんの世話を見ているが、あおいさん達は家で猛勉強会が開催している。


「うん。俺はもう目標が決まっているから、あおいさん達は頑張って! みおちゃんは任せといて!」


 あおいさんとゆみさん、今回は佐々木さんと平尾さんも来てくれて四人で猛勉強中だ。

 俺の提案で、それぞれの科目を勉強して、それぞれに教えるようにする作戦を実行中だったりする。


 数学だけは難しいらしく、全員数学以外を攻めて、最後に数学をみんなで進めて平均点狙いらしい。


 意外にもあおいさんがそれ程勉強が出来ない事に、ちょっとだけ安心した。

 こんなに美人で料理も上手いのに、勉強まで出来たら凄すぎるものな。


 みおちゃんは頑張っているお母さんとお姉ちゃん達の為に、笑顔と笑い声を張り上げて応援した。


 そう言えば、勉強中に紅茶の香りが効くとか聞いた事あるから、家から紅茶を取って来た。

 直ぐに、お湯を作って、四人分の紅茶を淹れる。


「ん~! 良い香り! そうた、ナイス!」

「あいよ~」


 四人に紅茶を淹れて渡す。


 みんな……頑張れ!


 そんな日々が一週間通り過ぎた。




「「「「かんぱーい!」」」」


 一学期末期テストが終わって、俺達は打ち上げも兼ねて、あおいさんの家で食事会となった。

 久しぶりのあおいさんの手の込んだ料理が並ぶ。

 ここ一週間、手の込んだ料理は作らないで、簡単にサンドイッチとかだったからね。


「ん~! やっぱり、あおいのご飯美味しいわ!」

「えへへ! たーんと召し上がれ~」

「ん! あおい。私の嫁に来てよ!」

「あら? 私でいいの?」

「へ?」

「そうたくん、泣いちゃうよ?」

「っ!? そ、それとこれは別だから! うちが二人共養うから!」

「わあ~、ゆみちゃんが大黒柱になるのね~」


 佐々木さんと平尾さんも声を出して笑う。

 当人の俺は、全然笑えないけどね。


 と言うか、いつの間にかここにいる全員に、ゆみさんが俺に告った事を知っているみたい。

 もはや隠す気すらないのか。

 佐々木さんと平尾さんからも、ゆみさんをちゃんと見て欲しいと言われた。


 ――もし今の答えが『ノー』だったとしても。


「あ、そうた? そう言えば、どうして勉強に力入れてないの?」

「ん? まあ、簡単に言えば、将来を決めているから、もう点数を取る必要がないからね。勉強自体はやってるけど、俺にとってみおちゃんを見ている方が勉強になるんだよ」

「え? なんで、みおちゃんが勉強になるの?」

「――――俺の将来の目標って、『保育士』なんだよ」

「「「保育士!?」」」


 三人娘が同じタイミングで声をあげた。

 仲良しだな。


「ちゃんと言うのは初めてだったね。俺は子供の頃からずっと『保育士』を目指しているんだよ。でも大学には行かないし、高卒で直ぐに就職するつもりだから、熱心にテストの点数を取りに行く必要はない感じかな?」

「「「へぇー!」」」

「だからそうたくんから、みおちゃんの世話の仕方を教わって、すっごく助かったんだよ!」

「あ! そう言えば、うちも教わったのはそうたから教わったっけ!」

「うんうん!」


 二人で納得し合っている。

 まあ、微笑ましいからいっか。


「まあ、元々勉強が嫌いな方じゃないから、平均点くらいは取れるから心配しなくていいよ」

「はあ!? そうた。そんなに頭良かったの!?」

「ん~頭が良いかは微妙だけど、勉強は夢中でやれるから」


 その時、平尾さんが何かを思い出したかのように、「あ! そう言えば、一条くんって一年生の時、学年一位で表彰されたよね?」と口にする。


「「「え~!?」」」


 他の三人娘が驚く。


 恥ずかしい話、俺はやる事がなかったので、毎日勉強をして遊んでいた。

 勿論『保育士』を目指しているけど、勉強はそれなりにしておいた事に越した事はないと思っていたから、頑張ってみたら、学年一位とか表彰されていたっけ。

 正直……今でも全く興味ないんだけどね。

 元々俺は近所の――――みおちゃんが今通っている保育園に真っすぐ就職するつもりだから。


 実は一年生の時に、保育園に訪れては、そのつもりで相談もしてある。

 保育園としても、やる気のある若者が来てくれるのは嬉しいと、二年間実務経験を積んで、『保育士』の資格に挑戦する道を教えてくれたのだ。


「でもさ、保育士の資格だって、大学を卒業したらタダで貰えるって聞いた事があるような?」


 ゆみさんが珍しく、そういう事を口にする。

 意外にそういう事を知っているんだね?


「そうだね。でもそれってそもそも大学を卒業する必要があるからね」

「? 卒業したらいいんじゃないの?」

「うちは一人親だから、早く就職して家計を助けたいんだよ」


 それを聞いたみんなが驚きすぎて、何も言えなくなった。


「まあ、それは俺が勝手にそうするって決めてるから、こうしてみおちゃんの世話をさせてくれると、その予行練習にもなって、とても助かるんだよ。だからこれが俺にとっての勉強」

「そ、そっか…………そうたってすげぇんだな」


 ゆみさんが褒めてくれるけど、俺にとってはこれが普通なんだけどな。


「俺の事はそんな感じだけど、ゆみさん達は何がなりたいの?」


 四人娘がキョトンとしてる。

 佐々木さんと平尾さんは、「看護師かな?」とか「公務員かな?」とか言っていた。

 まあ、無難と言うか、どちらも非常に難しい職業だよね。

 二人は勉強を頑張っていただけに、高い目標だ。


「えっと…………うちは…………お嫁さん…………」


 ゆみさんがそれはそれは恥ずかしそうに呟いた。

 普段から勝気な彼女が、恥じらう姿がまた可愛らしい。

 こういうのもギャップ萌えというんだろうか。


 そして、最後にあおいさんに視線が集まった。


「え、えっと、私か~私は…………ん……………………お母さん……かな?」


 お母さん?

 それってゆみさんと同じ目標?

 でも既に達成されていると言えば、達成されているよね。


「あれ? でもあおいは既にお母さんでしょう?」

「えっ? ま、まぁそう言われればそうだけど、私が思うに、私はまだお母さんになれなくて……」

「お母さんになれない?」

「うん。もしここにそうたくんがいなかったら、私……ずっと迷っていたかも知れない。みおを守るって決心したのに、上手くいかなくて、これじゃきっとまだお母さんにはなれないんだろうなと思うの」


 あおいさんにとって、なりたいのは『妻』や『嫁』と言った『母』ではない。

 きっと、自分の子供からちゃんと「お母さん」と言われるような、ちゃんとお母さんになりたいのかも知れないね。



「あおいさんはちゃんと『お母さん』してるよ。確かに俺が手伝った部分はあるかも知れないけど、最初から何でも出来る人なんていない。知らない事なんて誰にでもあるんだし、知らなかっただけであおいさんの努力がなくなった訳ではないよ。だからみおちゃんにとってもあおいさんはちゃんと『お母さん』だよ」



 俺は思った事を話した。

 最初は驚いていたけど、少しずつ笑顔になってくれた。

 隣で一緒に聞いてくれていたゆみさんも、「うんうん」と大きく頷いて同意してくれる。


「それに、何よりこんなに美味しいご飯が作るから、みおちゃんも大きくなるのがとても楽しみだと思うよ?」

「ふふっ、それって、そうたくんのおばさんの料理は美味しくないからって事かな~?」

「え!? ち、違うよ! うちの母さんはうちの母さんなりの良さがあるから!」


 急に母さんの事を言われて慌ててしまった。

 そんな俺をみた四人娘が笑ってくれて、部屋中が明るい雰囲気なった。

 それを感知したようで、みおちゃんも笑い声をあげて一緒に楽しい時間を過ごした。




 ◇




「ただいま~」

「おかえり~、今日もゆみちゃん送って来たの?」

「うん、夜道に女子を一人で行かせる訳にはいかないでしょう? 今日は佐々木さんと平尾さんも一緒だったけど」

「あ~友人の二人もね。ふふっ、うちの蒼汰も男らしくなったわね」


 まだ母さんに揶揄われる。


「母さん」

「うん?」

「えっとさ、母さんって、『お母さん』になりたいって何だと思う?」

「『お母さん』になりたい? う~ん、そうだね。私なら、自分の子供に「お母さん~」ってちゃんと呼ばれる人になる事かな?」


 母さんの答えを聞いて、一つ安心した。

 やっぱり、俺は母さんの息子なんだなと思う。

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