第14話 映画

「……やっぱり、男と女じゃ友達ってムリかなぁ」


 俺が熱心に見つめている先に灯っているテレビ。

 実は、母さんは大の映画好き。

 その中でも俺には理解できない『ラブストーリーモノ』と言われているジャンルばかり置いてあるのだ。


 ずっと理解できなかった。

 だって、恋だの、なんだの、俺とは無縁だと思っていたから。

 そもそもだ。

 ついこの前まで、人と関わる事すら拒んでいた自分がだ。

 まさか――――告白されるなんて、思ってもみないじゃないか。

 目の前に流れている映画では主人公とヒロインの悲しいラブストーリーが続いていた。


「片想いも1つの恋の形だよ」


「君は僕の世界のすべてだったよ」


「こんなに遠くに来ちゃってるけど君に言うね……さよなら……またどこかで会いましょう……」


 何だろうか。

 今までなら何も感じなかったはずのそのストーリーに俺は夢中になって見ていた。

 そして、気づけば、俺の頬に涙が流れ始めた。

 どうして人は人を好きになるのだろうか。

 俺にも誰かを好きになる気持ちがあるのだろうか。

 そんな事を思いながら、頭に浮かぶ昨日の言葉。告白の言葉。


 目の前の映画では二人のもどかしい恋が切ない気持ちになった。

 映画が終わり、気づけば俺はずっと涙を流していた。

 こんなに映画で泣いた事もない俺は、きっと彼女によって、この世界の美しさについて分かってしまったのかも知れない。


 あおいさんの悲しそうな笑顔が思い浮かんだ。




 ◇




 ピンポーン!


 誰かがインターホンを押したようで、チャイムが鳴った。

 うちに宅配便はまずこないし、隣人付き合いも全くしてな…………くはないか。


「は~い」


 扉を開けると、そこには照れてるあおいさんが、みおちゃんの手を握り、手を振っていた。


「こ、こんにちは~? お兄ちゃんに会いに来たよぉ?」


 ちょっとだけ赤ちゃん言葉のあおいさん。

 それがいつもと違って、また可愛らしい。

 というか、少し照れてる所が愛おしい。


「あれ? そうたくん?」

「へ?」

「ど、どうしたの!? 誰かにいじめられた!?」


 あおいさんが急に近づいてきた。


「――――どうして泣いてたの?」

「あ! あははは、ちょっと訳あってさ。取り敢えず入って」

「あ、うん! お邪魔しまちゅ~」


 くっ……可愛すぎる……。

 そう言えば、あおいさんが家に来るのは初めてだな。

 少し恥ずかしいと思うが――――


「あおいさん、ここにすわ――――あれ? あおいさん?」


 一緒に入ったはずのあおいさんがいない。

 あれ!?

 すると、何となく自分の部屋の扉が開いてる事に気が付いた。

 部屋の中から人の気配がした。


「あ、あおいさん!?」

「あっ! ちょっと覗いてみるつもりが、入っちゃった! てへっ」


 きゃっきゃー!


 お、おう……その母親にその娘さんみたいな返事やな。

 それにしても自分の部屋に女子を入れるなんて、想像した事もなかった。


「へぇー、男の子の部屋って、いけないモノとか雑に置いていると思ったよ」

「い、いけないモノ……そんなモノは俺の部屋では期待できないかな~」

「へぇー! うちのそうたくんは偉いわね!」


 うちのって言葉に少し熱くなるのを感じる。


「まあ、ほどほどにね?」


 俺はあおいさんとみおちゃんを置いて、リビングのテーブルに紅茶を運んだ。

 母さんは紅茶を飲みながら映画を見るのが趣味だから、こういう時に助かるな。


「いい匂い~」


 匂いに釣られて来たよ。苦笑いが零れた。

 みおちゃんを横たわらせると、淹れた紅茶を飲むあおいさん。

 何となく、飲み方も上品だ。


「あ、そうたくん。どうして泣いてたの?」


 何だか、今更な質問がやってきた。


「なんで気付いたの?」

「目元が少し赤かったから」

「あ~、あはは…………実はこれを見ててね」


 俺は映画のDVDを見せる。


「あ~映画で泣いたのね?」

「そうそう。人生初めてだよ。映画で泣くなんて」

「ふふっ、そうたくんも感情豊かになっちゃったね~みおちゃん効果かな?」


 どちらかと言えば、貴方だと思うけど、まあ、みおちゃん効果かな。


「そうだね。みおちゃん効果かも知れないな~」

「う~ん、どれどれ………………あれ? これって失恋の映画じゃない?」

「うん。母さんが好きだからね」

「へぇー! おばさんが集めていたのね」


 他のDVDも沢山並んでいるが、まるで興味がないようで俺が見たDVDを見つめていた。


「これ私も見ていい?」

「え? いいけど…………」

「見たい! そうたくんは二回目だけどいい?」

「ああ。大丈夫」


 そして、俺は二度目の映画を見始めた。




 ◇




「クスン。酷いよぉぉぉぉ」

「はい、ティッシュ」

「ありがどぉぉぉ、ぞうだぐん、びどいよぉぉぉぉぉ」

「いや、俺が悪い訳じゃないでしょう」


 ボロボロ泣いているあおいさんがまた可愛らしい。

 それにしても、この映画、最後悲しいよな。


「報われない恋は嫌だな…………」


 少し落ち着いた彼女がボソッと呟いた。

 何でだろうか。

 その言葉で思い浮かぶのは、ゆみさんが初めて俺に告白まがいな事を言ってくれた時の事だ。

 こちらも見ずに、走り去った彼女は、もしかしたら泣いていたのかも知れない。

 それも……言わば、報われない恋なのかも知れない。


「あおいさん」

「うん?」

「…………実はさ。俺さ」

「…………」

「人生初めて告白された……」

「そっか。おめでとう?」


 最後の疑問符が出て来たが、何処か察している表情だ。


「ちゃんと答えてあげた?」

「ううん。答えてくれなくてもいいって言われて、何も返せなかったよ」

「そっか……」


 チラッと横目で見た彼女は、少し寂しそうな表情だ。


「どうするの?」

「どうもしないかな? 返さなくてもいいって言われちゃったし」

「……酷いね。この映画の人と同じじゃん…………」

「…………そうかも知れないな」

「報われない恋ってやっぱり可哀想だよ……」

「……それでさ。恋ってなんだろうと思ってさ。この映画を見ていたらそういう事を思ってしまったんだよ」

「そっか。モテモテの男はつらいね」

「モテモテって…………こんなの人生初めてだから、どうしていいか分からなくてさ」


 何となく、彼女に相談すれば、良い答えが返ってくるかなと思っていた。

 視界に入るみおちゃん。

 みおちゃんの…………父親の事を聞いてみたい。




「私は自分を好いてくれる人を大切にした方がいいと思う」




 彼女の答えが、俺の心に刺さる。


 『自分を好いてくれる人を大切にする』。


 でも付き合ったりするのなら……出来ればお互いに好きで付き合いたい。

 だからもし今ゆみさんへの返事をするなら、間違いなく『ごめんなさい』になる。

 それまでにお互いの事をもっと知ってから返事しても遅くないと思う。


「それなら尚更もっとゆっくり答えを出したいな」

「そっか。もっと向き合ってから?」

「うん」

「ふふっ。ちゃんと彼女の事を考えてくれてありがとう」


 何故あおいさんが感謝するのか、俺はその意味を理解する事は出来なかった。

 でもあおいさんはその相手がなのか知っているのだろう。


「あおいさんが礼を言うなんて、変なの」

「そうだね~えへへ」


 照れる彼女がまた可愛らしかった。




 その日はみおちゃんの散歩に行って、また子供達にみおちゃんを見せて、歩き回った。

 また夕飯をご馳走になって、恋バナの話題は一切無くなった。

 もしかしたら、みおちゃんの父親の事を言いたくないのかも知れない。

 でもいつか聞かせてくれると嬉しいな。




 ◇




「ただいま~」

「おかえり」


 テーブルの上に置き忘れた映画がテレビで流れていた。


「その映画面白かったよ」

「蒼汰もこういうのが分かる歳になったわね~嬉しいわ」

「まあ、観て良かったよ」

「ふふっ、蒼汰はこの映画見て主人公くんに対してどう思う?」

「う~ん。思い出でも幸せになれたから、良かったと思う。勿論、二人が結ばれた方がいいんだろうけど、そう出来ない人達だって、絶対にいるんだから…………訳はどうであれ、主人公の中にはいつまでもヒロインとの想い出が生きているだろうから」

「…………そっか。蒼汰もそういう事、言うようになったわね」


 何処か嬉しそうに話す母さんの横顔は、どこか遠くを見て悲しむ表情だった。

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