第13話 体育祭が終わり、そして優勝賞品

 俺の人生で最も楽しかった体育祭も終わった。

 今まであんなにつまらないと思っていた体育祭がここまで輝くなんて思ってもみなかった。

 ――――それもこれも、俺に一かけらの勇気をくれたあおいさんのおかげだ。




「ちぇー! 優勝賞品がたったのボールペンかよ!」


 クラスメイトの一人が愚痴をこぼした。

 俺達は『綱引き』で優勝し、全員に『優勝賞品』としてボールペンが一つ進呈された。

 さらに競走で優勝したゆみさんは、しっかりとした図書券という高価な商品を勝ち取っている。

 千円の図書券を持って勝ち誇っているゆみさんに、クラスメイト達から「ずるーい!」って野次が飛んだ。

 気が付けば、一回の体育祭で、ゆみさんも随分とクラスに溶け込むようになっている。


「それはそうと、一番功労者は間違いなく――――、一条だな」


 ふと誰かが口にしてくれた。


「え? 俺?」


 思わず、口にしてしまう。


「うんうん。綱引きんとき、一条の指示がなかったらまじで危なかったー!」

「そうだー! そうだー!」


 クラスメイト達から次々俺の名前があがる。

 今までは自分から他人を拒否してきた俺だが、初めて自分から歩み寄った。

 それがこういう結果になるなんて……。

 ある意味、これが一番の優勝賞品・・・・なのかも知れないね。


 その日を境に、俺にも友人が出来た。

 放課後は忙しくて遊べないけど、寧ろ、みんなも部活があるようで放課後集まって遊べる人は殆どいない事実を知った。

 その中でも、木船くんとは馬が合うようで、休み時間になると常に一緒にいるようになっていた。




 放課後。


 今日も相変わらずみおちゃんを迎えに行って、家に帰ってきた。

 あおいさんとゆみさんは買い物に出かけて、一人でみおちゃんと遊んでいた。


 きゃっきゃー!


 赤ちゃん特有の甲高い声が、今の俺にはとても心地よい。


「みおちゃん。お兄ちゃん、今日頑張ったぞ~」


 きゃっきゃー!


「みおちゃんも褒めてくれるのか、頑張ってよかったよ。本当に」


 きゃっきゃー!


 みおちゃんの頭を優しく撫でる。

 可愛らしいみおちゃんは涎を垂らすくらい興奮していた。

 まあ、赤ちゃんってそんなもんだけどね。

 みおちゃんを見るようになって、ひと月以上経っているな。

 今の俺にみおちゃんのいない生活は、とても想像も出来ない。


「それにしても、ママ達は遅いでちゅね~」


 何となく、赤ちゃんを前にすると、赤ちゃん言葉になる。

 こういう現象に名前があるかまでは分からないけど、赤ちゃんと同じ目線になる事でとても癒されるでちゅー。


 こほん。


 暫くみおちゃんと遊んでいると、二人が帰ってきた。

 どうやらいつもより荷物が多い。

 料理の準備を手伝おうとしたら、みおちゃんの世話係になってしまった。

 あの二人が料理をするなんて、少し珍しいなと思いながら、みおちゃんと遊び続けた。

 最近はすっかり暑さを感じる季節になったので、リビングから狭いベランダに出る窓を開けている。

 開けた窓から涼しい風がリビングに入ってきて、みおちゃんも気持ちよさそうに笑い声をあげる。


 みおちゃんを抱いて、ベランダに出ると、目の前に街が一望出来る。

 そもそも高台に作られたこのアパートは、街を眺める事が出来るのが、唯一の強みでもあるのだ。

 車がない人は高台には住みたがらないので、結局人気がないから家賃は安めだと母さんから聞いたことがある。

 外が少しずつ暗くなる様子をみおちゃんと眺めていると、部屋から旨そうな匂いが広がってきた。


 ぐぅぅ。


 以前ならお腹すいたなんて思わなかったのに、最近はあおいさんのご飯が美味し過ぎてすぐにお腹がすく。

 部屋に入ろうとしたタイミングで、ゆみさんからみおちゃんのミルクを渡された。

 涼しい外で温かいミルクをあげると、みおちゃんもお腹がすいたようで、ぐびぐび飲み始めた。

 みおちゃんも最近ではミルクを沢山飲むようになった気がする。

 こうやって少しずつ成長していくんだろうな。

 みおちゃんのミルクが落ち着いたので、リビングに入ると、テーブルには沢山の料理が豪勢に並んでいた。

 それにいつの間にか母さんも帰ってきて、一緒に座っていた。


「母さん。おかえり」

「蒼汰。ただいま~、様になっているわね」

「まあね。毎日抱っこしてるから」


 母さんが優しく笑ってくれる。

 それにしても、テーブルを囲む母さん、あおいさん、ゆみさんが一つの視界に入る。

 母さんも元々若いし、息子から見ても美人なので、あおいさん達も一緒にいても、あまり違和感がない。

 お姉ちゃんと呼ばれても問題なさそう。


 みおちゃんを布団に下ろすと、ご飯の時間を察知したかのように、静かに周りをキョロキョロし始めた。

 いつもご飯の時間は泣いたりしないのが、うちのみおちゃんの素晴らしい所である。


「それにしても、今日は豪勢だね?」


 ふと俺が口にする。

 それを聞いたあおいさん達は何やらニヤニヤし始める。

 ん? どうしたんだ??


「「それでは、今日の祝勝会・・・を始めます!」」


 二人は息ぴったりに声をあげた。

 祝勝会か~。なるほど。だからこんなに豪勢だったのか。


「聞いたわよ? 蒼汰」

「ん?」

「綱引きで指揮を執ったんだって?」

「あ~、あれは咄嗟にというか…………あの後、色々言われるかなと思ったけど、意外とそんな事なくて良かったよ」


 実は綱引きが終わった後、クラスメイト達から何言われるか分からず、凄く不安だった。

 出来るならあおいさんとゆみさんに被害が及ばなければいいなとか思っていたけど、クラスメイト達から返ってきた言葉は意外にも、「一条! やるじゃん!」だった。


 それからゆみさんが俺の活躍を一から母さんに説明し始めた。

 聞いているこっちが恥ずかしくなるくらい大袈裟な説明に苦笑いしながら、「そんな事ないと思うけどな」を繰り返すロボットみたいになった。

 豪勢な食事も終わり、片付けが終わったタイミングで、俺達は帰る事となった。




 今日もゆみさんを送る道。

 でも今日は珍しく、お互いに話し合いながら進む。


「それにしても、ゆみさんがあんなに早いとは知らなかったよ」

「そう? 私って元々運動神経はいいから、スポーツなら一通り出来ちゃうのよ」

「へぇー! でも部活はやってないんでしょう?」

「ええ。だって、私って部活とかスポーツとか興味ないし」


 才能なく続けている人が聞いたら、きっと泣いてしまうだろうな……。


「でもそれを言うなら、そうたもじゃん」

「え? 俺?」

「綱引きもそうだけど、玉入れ、凄かったよ?」

「あ~、無我夢中でやったけど、そんなに?」

「まじまじ! そうたならプロ野球選手とか目指せばいいのに」


 プロ野球選手か~。

 そういや、小学生の頃、そんな事も思っていたっけ。


「おばちゃん、凄く良い人だったね。しかも綺麗だった」

「今日が初対面だったよね? うちの母さんはいつもあんな感じだよ」

「へぇー! いいお母さんじゃん」

「そうだな。俺なんかに勿体ないくらいに良い母さんだよ」

「………………でもそうたも十分良い息子だから」


 ふと、ゆみさんがそう呟いた。

 良い息子……か。

 母さんに迷惑にならないように生きて来たつもりだ。

 でも、それってそもそも俺が生まれなければ――――と思う事がある。


 その理由は――――みおちゃんだ。


 もしも、みおちゃんが生まれていなければ、あおいさんももう少し楽になれただろうと思った事がある。

 俺はみおちゃんが大好きだし、みおちゃんの事を嫌いだと思った事は一度もない。

 でもやっぱり赤ちゃんって、人手がかかってしまうから、その重責からあおいさんが大変な思いをしているのは間違いない事実だから。

 きっと俺もみおちゃんと同じだったんだろうなーと思う時が、多々ある。


 ゆみさんの家の前に着いた。

 既に何度も送っているので、すっかり家まで分かってしまった。


「なあ、そうた」

「うん? どうした?」

「――――あのさ。以前、私がそうたを好きだと言えば……って覚えてる?」


 …………忘れるはずもない。


 生まれて初めて言われたからね。

 今でも夢を見る時があるくらいだ。


「覚えているよ。ゆみさんが俺を揶揄ったのもね~」

「…………それ揶揄いじゃないよ」

「へ?」


 あの時とは違って、今度はゆみさんがこちらを向いた。

 満面の笑みを浮かべて。


「今日のそうた、すっごくかっこよかった。そんで、やっぱり気づいてしまったよ。私って…………やっぱりそうたの事、好きなんだって」

「え? へ? はあ?」

「だからさ。知っていて欲しい。私、鈴木由美は一条蒼汰を好きだって事を…………でも答えは言わなくていい。私が勝手に好きになって、伝えたかっただけだから。――――――今日も送ってくれてありがとうね。じゃあまた明日」


 俺が何かを言おうとした時には、既にゆみさんは家に入っていった。


 は?


 からかいじゃない?


 俺の事が好き?


 すき?


 スキ?


 SUKI??


 その日、帰った記憶がないまま、気づけば風呂で溺れかけた。

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