第11話 シングルマザーの謎

 月日が通り過ぎ、初夏も終わり、夏本番の始まりを告げる六月に突入した。


 俺はというと、相も変わらずあおいさんの所で、みおちゃんの世話を続けている。

 時折――――というか、何もなければ、ほぼ毎日ゆみさんが遊びに来てくれたり、その友人の佐々木さんや平尾さんも遊びに来てくれるようになっていた。


「そうた~、オムツそろそろ切れそう」

「まじか、予備はまだあるけど、予備を先に使って新しいの買ってこなくちゃ」

「任せた!」


 ゆみ・・さんに言われるがまま、俺は料理を続けているあおいさんに向かい、みおちゃん用のオムツが切れた事を伝える。

 そろそろ梅雨入りしそうなので、その前にかさばるモノは先に購入しておきたい。

 俺はあおいさんからオムツ代を貰って、オムツ買いに向かった。


 夏といえば、セミの鳴き声。

 男子高校生がそんな事を思ってどうすると思われるかも知れないけど、俺にとっての夏は、毎日涼しいエアコンの下で勉強したりゲームしたり筋トレをする季節なのだ。

 あんな暑いのに外で遊ぶとか…………あ、元々俺って友達いなかったけ。


 まだ6月という事で、暖かくはなってきたが、まだセミの鳴き声が聞こえる時期ではない。

 梅雨入りもまだだしな。

 そんな事を思いながら、俺は近所のドラッグストアに向かった。

 オムツはどこかな?

 色々探しに歩いていたら、オムツが見えた。

 どれどれ…………。

 羽つき?

 最近の赤ちゃん用オムツってこんなだったっけ?

 その時、周りの女性達の視線を感じる。

 意外にも若い女性――――同級生くらいの女性も見えていた。


 …………。


 そっと正面に書いてある看板を覗く。


 ――――『生理用品』


 あああああああああああああああああ。


 あああああああああああああああああ。


 あああああああああああああああああ!!!!


 俺は大急ぎでそれ・・を置いて、逃げるかのように違う列に移動した。

 その間、少し笑う声が聞こえたけど、怒られなくて良かった……。


 本来の目的だった赤ちゃん用品売り場に来て、いつものパンプキン印オムツを三袋購入する。

 まだ乳児(生まれて一年経っていない赤ちゃん)でもあるみおちゃんは、一袋で二十日くらい持つ。

 三袋なら、今ある分も含めると二か月間は買わなくても大丈夫そうだ。

 それにしても子育てって本当に大変だな。

 こういう赤ちゃん用品も準備しなくちゃいけないし……。

 あおいさんから貰ったお金で会計を終わらせて、帰り道に戻った。


 そう言えば、今まで全く気にしてなかったけど、あおいさんの生活費って大丈夫なのだろうか?

 事情を聞いたことはないんだけど、生活が大変な素振りは全くない。

 もちろん、贅沢しているとは思わないけど、スーパーマーケットに行くと、「こっちはちょっと高くなったからなしね」とか言うくらいには、しっかり者だ。

 しかし、そんな彼女は働いているわけではないからね。



 実は『保育士』の勉強の枠の中に、資格とは関係ないが、補助金制度について勉強しておくと良いと書かれていた。

 それはシングルマザーだったり、家計が大変な両親にアドバイス出来るように――との事だ。


 その中に、『児童手当』という仕組みがあり、毎月分で計算された額を年間三回振込になるはずだ。

 みおちゃんの場合、乳児なので、月1万5千計算で年間三回6万ずつになるはず。

 ただ、赤ちゃんを育てるのは難しい。

 あおいさんの場合は、尚更本人が仕事に出かけていないので、ますます難しいはずだ。


 更に言ってしまうなら、あおいさん一人で子育てしている現状が少し不思議でもある。

 なぜなら、あおいさんはまだ成人していないはずだからだ。

 高校二年生なら十七歳になるはず。シングルマザーなら尚更『親権』を持つ事が法的にできないのだから。

 ただ、もしかしてあおいさんが既に成人して二十歳を超えている場合もあり、それから高校に復学という線も考えられるが、それならみおちゃんがまだ乳児なのも不思議だ。


 ここで大事なのは『親権』だ。

 もし『親権』がない場合、上記の『児童手当』も貰えないはずで、更にはひとり親の支援金でもある『児童扶養手当』というモノも貰えないはずだ。

 寧ろ『児童手当』よりも額が遥かに大きいので、こっちが貰えないとなると片親で子育てなんて、まず難しい。


 ただこういうものを一気に解決する方法がある。

 それが『生活保護』だ。

 恐らく、あおいさんの現状を見ていると、『生活保護』を受けていると考えられる。


 まあ……俺がこうして悩んだ所で結果が変わる訳ではないけど、今度『親権』も込みでそういう事情も聞けたらいいなと思う。

 少しでもあおいさんの力になってあげたいから。

 まあ、最悪の場合、みおちゃんの父親・・が『親権』を持っていて、仕送り状態になっている可能性だってあるからね。




 ◇




 蒼汰が買い物に出ている間。


「ゆみちゃん」

「うん?」


 葵と由美は眠っている澪を見ながら、お茶を楽しんでいた。


「そうたくんから返事はまだ返ってこないの?」

「あ、うん…………」


 由美が肩を落とす。

 以前、さらりと告白まがいな事を口走った由美。

 だが、それ以降蒼汰からそれっぽい事を言われる事はなかった。


「やっぱり未だからかったと思われてるのかも……」

「そうね……それにしてもそうたくんって鈍いわね! 最近じゃ毎日一緒にいるっていうのに!」


 怒り顔になる葵。

 葵が本心で言っている事に、由美はどこか後ろめたさを感じた。

 葵と蒼汰はお互いを想っている。

 そんな事を百も承知の上だ。

 しかし、葵が真剣に自分を応援してくれている事に、由美は何とも言えない複雑な心境だった。


「何かそうたくんにゆみちゃんの良い所を見て貰わないと……」

「い、いいって、私に魅力がないだけだから」

「え! そんなことないよ! ゆみちゃんは魅力いっぱいだからね!?」

「あ、ありがとう……」


 同じ女性から見てもその美しさを理解出来る程、葵は美人であり、由美から見てもそれは間違いない事実。

 そんな女性が自分の事を褒めてくれる事に、今まで自覚する事がなかった女性としても自分を見つめなおす事になった。

 それに最近では子供のあやし方も上手くなって、ますます自分が女性である事に意識が向くようになった。


 異性から見られる事がなかった由美は、気づけばギャルというモノに憧れて頑張ってきた。

 それでも、彼女はクラスでも浮いた存在となり、男どころか友人すらできずにいた。

 そんな中でひょんなことから助ける事となった佐々木と平尾と仲良くなった彼女は、少しずつ自信をつけた。


 しかし、二年生になって現れた転校生である葵の美貌は、嫉妬の対象になるのは明白で、気づけば葵を攻撃していたのだった。

 そのことは既に反省しており、葵とは友人でありたいと思う由美は、恋愛だけでなく、友情にもストレートな気持ちをぶつけるようになっているのだ。


「ただいま~」


 玄関が開く音がして、思い人が帰ってくる。


「「おかえり~」」


 友人と一緒にその男を迎え入れる。

 彼は少し恥ずかしそうに、赤ちゃん用オムツを持って入ってきては、すぐに物置の中にオムツを入れた。

 そんなオドオドした姿が愛くるしい。

 以前ならこういう男性を好きになるなんて事はなかったはずだ。

 こんなオドオドした男性でも、やるときはその面影からは想像も出来ないくらい迫力があって、それがとてもかっこよく見えてしまうのだ。


 蒼汰が釣銭を葵に渡す。

 その時ですら、葵の手に触れないように細心の注意を払って釣銭を渡す彼に、苦笑いが零れてしまう。

 起き上がった澪の世話をしつつ、葵が作った相も変わらず美味しい夕飯を食べ、蒼汰との帰り時間を楽しんだ。

 何も話すことなく、ただ一緒に歩いているだけだけど、それが彼女には今までにない至福な時間でもあった。

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