第9話 初めてのデート
土曜日も終わり、日曜日の朝が訪れる。
目覚まし時計が鳴る前に起き上がる。
原因は一つ。
全ては昨日のあおいさんのグラタンのせいである。
夢にまで見るようになってしまった……。
はあ…………俺の息子も元気だ。
「母さん。おはよう」
「蒼汰。おはよう」
何だか母さんと挨拶するの、凄い久しぶりな気がする。
たった一日なのに、朝挨拶しない日が人生初めてだったから、懐かしさを感じてしまった。
「みおちゃんはどうなったの?」
「うん。ちゃんと夜泣きの原因は突き止められたよ。どうやら足元が原因だったみたいで、靴下と布団が厚かったみたいで、足元が暑くて起きていたみたい」
「そうね。赤ちゃんは寝てる時は熱くなりやすいからね」
「俺の時はどうだつたの?」
「そうね。蒼汰はね。ものすごく元気でね。布団を全部蹴っ飛ばした上で、履いていた靴下も器用に脱ぎ捨ててたわよ? 自分で眠りやすいようにしていたわね」
あ……俺の赤ちゃんの頃、意外と凄かったんだな。
まあ、それで母さんが少し楽になっていたと思えば、良かったかも知れない。
「蒼汰は今日もあおいちゃんの所に行くの?」
「ん~、特に約束をした訳ではないけど、今日は暇だって言っておいたから」
「そうね。ねえ、蒼汰?」
「ん?」
「みおちゃんの面倒を見てるの楽しい?」
「――――うん。思っていた以上に楽しいかな?」
「そう。ならいいんじゃないかな? お小遣いは大丈夫? もっと必要だったら言ってね?」
「ありがとう。でも去年から全然使ってないから、今は大丈夫」
自慢じゃないけど、友達いないからね…………。
母さんに手を振って、隣の部屋――――あおいさんの家のインターホンを押した。
「いらっしゃい!」
今日も元気な笑顔を見せてくれるあおいさん。
こちらが元気になりそうだ。
「みおちゃんは?」
「起きて遊んでるよ~」
部屋の奥では、きゃっきゃーって笑い声が聞こえる。
「どうぞ、入って!」
「お邪魔します」
入って真っ先にみおちゃんと遊んであげると、あおいさんが朝食を準備して出してくれる。
「あれ? 朝食?」
「まだ食べてないでしょう? 私もまだだよ~」
「あ、ありがとう。頂くよ」
相変わらず手慣れたように準備を進めて、目の前に美味しそうなパンが並んだ。
みおちゃんのミルクをあげつつ、朝食を取りながら今日は何をしようか相談した。
「えっと……何でもいいの?」
「うん。行ける範囲なら、何処でもいいよ?」
ぱーっと笑うあおいさん。
嬉しさが俺にも伝わってきて、また顔が熱くなるのを感じる。
「じゃあ! 行きたい所があるの!」
そして、俺達はあおいさんの行きたい場所に向かった。
◇
「おお~」
「わあ~!」
僕達の前に広がっていたのは――――――『水族館』だ。
「凄く楽しみ! 私、水族館に来るの初めてなの!」
「意外だね? 俺は子供の頃は来た事があった気はするけど、全然覚えてないや」
「ふふっ、じゃあ、一緒に楽しもう!」
「ああ! みおちゃんも一緒にね!」
きゃっきゃー!
ちゃんと返事してくれる辺り、みおちゃんは大きくなったら、とても優しい人に育つ気がする。
そのまま水族館に入り、入口でチケットを買う。
こういう時の学生証はとても心強くて、学生割引二人分で入れた。みおちゃんはタダだった。
「そうたくん! あれ見て!」
テンションが上がったあおいさんが指差して、水槽に走って行く。
微笑ましく思いながら一緒についていくと、水槽の中に小さな魚が沢山泳いでいた。
それから次々水槽を眺めながら進める。
初めて見る魚から、見慣れた魚まで色んな種類の魚が展示されている。
中でも気になったのは、大きなウツボ。
中々の迫力に、水槽を通り過ぎるウツボにあおいさんの大きくなった瞳がウツボを追っていた。
意外にもウツボの前で数分間眺めるあおいさんを不思議に思った。
女子ってもっと可愛い魚を見るものだとばかり思っていたら、まさかウツボに釘付けだとは…………。
ウツボに満足したのか、次の場所に移動するあおいさん。
楽しそうな表情は変わらず、周りを眺めながら進めると、なんと――通路の上部が大きな水槽になっていた。
「わ! そうたくん! あれ見てみて!」
彼女が指差した場所には、周りの小さな魚達と違い、異質な雰囲気を
「あの鮫くん、とても強そうよ!」
みおちゃんも笑い声をあげて同調した。
……みおちゃんって、見えているのだろうか? それとも波長的なモノを感じるのだろうか。
大型水槽通路を越えると、大型水槽が裏側から見れるので、またとんでもない迫力を感じられた。
「それにしても、ものすごい迫力だな」
「うんうん! そうたくんもそう思う?」
「ああ、海の中にいるみたいだ」
「うんうん! 凄いなぁ」
あおいさんは少しポカーンとしているけど、俺にもこの雄大な海の中を疑似的に見れてワクワクする心が止まらなかった。
暫く大型水槽を楽しんでから、先に進める。
今度は階段を上ると、屋内になって、子供達が色々遊べるスペースになっていた。
そこから更に先に進むと、水しぶきの音が聞こえた。
「そうたくん! あっちでショーが見れるって!」
その先の看板には『イルカショー』と書かれていた。
ジャバーン!
大きな水しぶきの音が響いて、観客の歓声があがった。
俺とあおいさんも興奮して歓声をあげる。
目の前に広がっている大きなプールには、二頭のイルカが一糸乱れぬ動きで、俺達を楽しませてくれていた。
そして飼育係さんから「本日の観客参加も承っております! 参加したい方はお手を元気にあげてください!」とアナウンスされた。
それに迷わず手を上げるあおいさん。
どうしてかは分からないけど、手を上げた人達の中でも、彼女は光り輝いていた。
飼育係さんが二人を呼ぶ。
その中に、あおいさんが入っていた。
プール越しにあおいさんがゆっくり歩いてくる。
長靴を履いてゆっくり歩いて出て来た。
飼育係さんからレクチャーを受けて、遂に彼女の出番となった。
手で何かを命令すると、イルカが水の上に立ち上がり、あおいさんと握手を交わした。
初めてなのに、とても上手にできていた。
「お帰り!」
「ただいま! すっごく楽しかったよ!」
「うんうん。楽しそうに見えていたよ。それにしても初めてなのに上手だったね」
「飼育係さんのレクチャーが上手だったの。でも一番凄いのはイルカさんがとても賢かったの!」
興奮したあおいさんの声を聞きながら、俺達は食事処に向かった。
楽しんだようで、みおちゃんは既に眠りについていた。
赤ちゃん用の大きな椅子にみおちゃんを眠らせて、俺とあおいさんは海鮮カレーを買って食べた。
「ん……美味しいんだけど、水族館で海鮮ってちょっと複雑」
「あはは、確かに言われてみれば、そうだね。美味しいけど、ちょっと複雑だな~」
スパイスはあまり感じないが、海鮮の旨味がしっかり出ているカレーはとても美味しかった。
俺達は水族館を楽しんで、帰り道についた。
「今日は楽しかったね!」
帰りの電車。
彼女は楽しそうに話した。
「うん。凄く楽しかった」
「――――ねぇ、そうたくん」
「うん?」
「――――また来よう?」
「そうだな。あおいさんが来たい時はいつでもいいよ」
「やった! また来るの楽しみにしているね?」
そして、彼女は電車の窓の外を眺めた。
何となく、彼女の横顔から寂しさを感じてしまった。
もしかして――――みおちゃんの…………。
それは俺が入るべき世界ではないと思う。
だから、悲しそうな表情で外を眺めているあおいさんに、何一つ声を掛けられずにいた。
電車から降りた彼女と一緒にゆっくりと帰り道を歩く。
世界はすっかり夕焼けの色に染まっている。
あおいさんは、歩いている車道の白い車線から落ちないように歩き始めた。
その姿がとても可愛らしい。
これも役得というやつだね。
家に帰ってきて、みおちゃんを部屋に降ろして、俺は帰る事になった。
何となく、少し寂しそうな彼女の顔がまだ直ってない。
――――だから。
「あおいさん。俺なんかて良ければ、いつでも呼んでくれたら、駆けつけるからさ。だから、また水族館に行きたくなったら、言ってね?」
あおいさんは満面の笑顔になって、大きく頷いて返してくれた。
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