第8話 一緒に過ごす初めての週末
き、気まずい!
みおちゃんが眠ったら何していいか分からない!!
というか、みおちゃんが起きていたらいたで、一緒にみおちゃんと遊んでいるのだが、その時ですらあおいさんの距離が近すぎて息すら大変過ぎる!
女子との距離感がこんなに難しいとは……。
「え、えっと…………そうたくん」
「は、はい!」
思わず返事で声が裏返ってしまった。
「みおもお日様に当たった方がいいと思うから、公園にでも散歩に行こうか」
「そ、そうだな! い、行こう!」
た、助かった……。
眠っているみおちゃんにお出かけ用の服を着せて、前に背負える抱っこ紐に入れて抱きかかえた。
…………この抱っこ紐も普段あおいさんが使っているやつじゃん!?
ほんのりあおいさんのシャンプーの香りがしている気がする。
そんな緊張感で、俺達はアパートの近くにある公園にやってきた。
公園では沢山の子供達が遊んでいて、その母親と思われる女性達で賑わっていた。
あおいちゃんは慣れた足取りで、俺とみおちゃんを連れて公園に入った。
「あら、あおいちゃん! あら? 彼氏くんかい?」
「こんにちは~、ふふっ、どうでしょうね?」
「あらまぁ、みおちゃんもすっかり馴染んでいるみたいで良かったね」
顔見知りなのか、女性達にすぐに溶け込むあおいさん。
簡単な自己紹介を終え、俺はみおちゃんを揺らしながら日陰で子供達の遊んでいる光景を眺めた。
まだ夏にはなっていないが、お日様に直接当たると暑いと感じる時期だ。
するといつの間にか目を覚ましたみおちゃんが、可愛らしい声をあげていた。
今日は起きてすぐ泣くって事がなくなっている。多分夜泣きがなくなったおかげだと思う。
そんなみおちゃんには見えないと思うけど、お兄ちゃんお姉ちゃん達が遊んでいる遊具近くまで連れていった。
「あ! みおちゃんだ!」
子供達もみおちゃんを知っているようで、一瞬で囲まれてしまった。
俺はそのまま屈んで、みんなにみおちゃんを見せてあげた。
きゃっきゃー!
みおちゃんもご満悦に笑い声をあげる。
子供達もみおちゃんを撫でてあげたり、頬っぺたを優しく触ったりしてあげる。
少しして楽しんだのか、子供達はまた遊具の方に走って行った。
子供達って、こうやってすぐに興味が次に移っていくのな。
「うちのみおが大人気です~」
「すごく人気だったな」
「えっへん! うちのみおが可愛いからだね!」
「違いないね~」
ママ友(?)とのふれあいが終わったらしく、あおいさんとまた散歩に戻った。
俺が付けている抱っこ紐の中で笑顔のみおちゃんに、ぐっと顔を近づけるあおいさんの顔が目の前にきた。
凄い至近距離で、俺の心臓音が聞こえないか心配になるほどだ。
「そうたくん? みお重くない? 大丈夫?」
「う、うん! 寧ろ軽いよ!」
俺の夢でもある保育士は意外にも力仕事でもある。だから、普段から筋トレは欠かさずにやっている。
運動神経が良い訳ではないので、筋トレをしたからと言って体育が上手く行く訳でもなく、それを見せびらかす事も出来ない。
ただ、持久力には少し自信が付いている。
……正直、みおちゃんに会う前から、ちゃんと筋トレしておいて良かったと心から思う。
俺が赤ちゃんの頃、母さんが頑張ってくれていたのを思うと、世の中のお母さん達は本当に凄いと思う。
家事をこなして、仕事もして、子育てまで…………あおいさんもそういう事をしていると思うと、俺なんかと比べられないくらい凄い。
「ふふっ、そうたくんって見た目からだと分からないけど、意外と力持ちだね?」
「ま、まぁ、保育士になる為に、筋トレは欠かさずにやってるから」
「男の子って筋トレとかちゃんとするんだね?」
「ん~人によるかな。俺は目的があるから頑張ってるだけだから」
あおいさんの下から見上げる満面の笑顔が、また可愛らしくて心臓が持たない。
その後、あおいさんとみおちゃんと一緒に公園を一緒に歩き回った。
みおちゃんはしっかり眠ったおかげなのか、ずっと抱っこ紐の中で楽しそうに笑い声をあげた。
暖かい風がとても気持ち良くて、こんなに幸せな散歩があるんだなと、この時間をかみしめながら楽しい週末を過ごした。
◇
「そうたくん~、買い物行ってくるね?」
「は~い、行ってらっしゃい!」
ガチャッと扉を閉める音が聞こえた。
あおいさんは夕飯の為に、スーパーマーケットに向かった。
公園に出たついでに買い物に行くのかと思ったら、行かなかった。
どうやらあおいさん一人で行きたい雰囲気だったから、特に買い物については何も触れずに帰ってきた。
楽しめたようで、みおちゃんは昼寝ならぬ、夕寝中だ。
赤ちゃんの寝顔って見ているだけで癒されるんだよね。
眠ったみおちゃんの頬っぺたを優しくツンツンしてみると、ぷにぷにした頬っぺたがとても柔らかくて病みつきになりそうだ。
ツンツン遊びも満足したので、部屋の掃除に戻る。
みおちゃんが起きないように、静かに床を拭いたり、テーブルを拭く。
そう言えば、あおいさんの家にとあるモノがない事に気付いた。
それは――――――『写真』だ。
うちの母さんは、俺が子供の頃から沢山の写真を残してくれている。
でも、あおいさんの家には、写真が何一つ見えない。
よくあるのが、母と子供のツーショット写真。
玄関脇に飾っているケースが多いのだが、あおいさんはまだ撮っていないのかな?
まだみおちゃんが幼いから、もう少し大きくなったら撮るのかも知れないね。
そんな事を思っていると、あおいさんが帰ってきた。
「ただいま~、今日のご飯は期待しておいて!」
あおいさんの料理はいつも美味しいのに、今日は期待していいとまで言ってくれる。
これは期待大だね。
楽しみにしつつ、部屋の掃除を終わらせると、美味しい匂いがしてきた。
この匂いは…………甘いホワイトソースの匂い?
そんな匂いに腹を空かせて暫く待っていると、あおいさんが嬉しそうに美味しそうな匂いがする大きな皿を持ってきて、テーブルの上に置いた。
「グラタン!? めちゃめちゃ美味しそう!」
「ふふっ、お待たせ~! あおいちゃん自慢のグラタンですよ~!」
あおいさんの自慢のグラタン!
これは食べる前から既に美味しい!
あおいさんの分も持って来て、優しそうな匂いがするスープも運ばれてきて、テーブルの中にはサラダの大皿が出て来た。
「「いただきます!」」
スプーンでグラタンの上にあるチーズを開くと、中からふわりと湯気があがる。
湯気と一緒に、甘い匂いがふわりと広がって食欲をそそる。
一口分をスプーンに載せ、冷ます為に息を吹き込む。
早く食べたくて仕方がない。
そろそろ湯気が弱くなって、口に運んだ。
「ん!? う、うまぁああああ!」
思わず大声をあげてしまった。
それを聞いたみおちゃんが吃驚したのか、泣いて起きてしまった。
「あっ! みおちゃん、ごめんごめん!」
急いで、みおちゃんをあやす。
吃驚させてしまうと、あやすのが大変だ。
まだ少し口に残っているグラタンが口惜しいが飲み込む。
…………早く続きを食べたい。
「ふふっ、慌てなくてもグラタンは逃げないよ?」
俺の心情を読んだようで、テーブルに腕をあげて顔に手を当ててこちらを眺めながらニヤニヤしている。
美しい髪がテーブルから垂れ下がっていて、あおいさんの美しさをより際立たせていた。
「逃げないけどさ。早く食べたいんだよ」
「ふふっ、じゃあ――――――」
何を思ったのか、あおいさんが自分のグラタンをすくって、ふうふうして、そのままこちらに持って来る。
「え?」
「ほら、あ~ん」
ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、待ってくれ!
そ、そ、そ、それはまだ俺には早すぎる!
む、無理!!
「むぅ……私のは食べたくないのね……」
「ち、違う! そういう事じゃなくて!」
「じゃあ、食べてくれる?」
「で、でも……」
「やっぱり嫌なんだ……」
「ち、違う!」
「じゃあ、食べてくれる?」
しょぼくれた顔でこちらを見つめるあおいさん。
もう俺の顔とか真っ赤になっている自信しかない……。
「お、お願い……します……」
「ふふっ、よろしい~! あ~ん」
うわああああ、恥ずかし過ぎるよ!
これなんの羞恥プレイなんだよ!
でも…………
あおいさんに食べさせて貰えたグラタンは今まで食べたどんなご飯よりも、美味しかった。
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