第5話 罰といえば、やっぱり!

「お、お邪魔します……」

「いらっしゃいませ、どうぞ」


 恐る恐る入ってくる母さんを、早乙女さんが優しく出迎えてあげた。


 今日は早速放課後、一緒にみおちゃんを迎えにいって帰ってきては、俺はみおちゃんの世話、早乙女さんが料理や家事をする流れになっていた。

 そして、母さんは帰り次第、こちらに来る手配になっていた。


「食事は準備出来てますから、どうぞ」

「あら、とても美味しそうな匂いね」

「母さん、早乙女さんのご飯食べたら吃驚するよ?」

「そんなに?」

「うん。外食よりも数倍旨い」

「ふふっ、ありがとう。そうた・・・くん」


 うっ、名前で言われると……何だか恥ずかしいな……。

 今日からこういう感じで生活を送る事にした俺達は、早速色々打ち合わせをした。

 保育士になる為に頑張っている事を既に知っている早乙女さんは、みおちゃんで練習していいからと嬉しそうに言ってくれた。

 更に食事の事で悩んでいた俺に、みおちゃんを面倒見てくれる代わりに、俺と母さんの食事を作ってくれる事になったのだ。


「ん~! 早乙女さんの料理、とても美味しいわ!」

「でしょう! めちゃめちゃ美味しいんだから」

「ふふっ、なんで蒼汰が嬉しそうなのよ」

「ん? そう言われればそうだな」

「「あははは~」」


 楽しい食事も終わり、母さんは先に家に帰る。

 母さんは家事の手伝いを申し出たけど、うちの家事もあるからと、早乙女さんが断り、母さんは食事だけしてうちに戻ってくれた。

 毎日仕事も大変だから、これ以上の負担を掛けたくない俺にとってはこの申し出は非常にありがたいものだ。

 彼女が落ち着くまで、みおちゃんと遊びつつ、眠ったら子供用品の整理をしたり家事を手伝ったりした。

 そして、眠る時間の前に、俺は自分の家……隣の部屋に帰る生活になった。


「また明日」

「うん。また明日ね、そうたくん」


 いつの間にか俺の事を名前で呼んでくれるようになった早乙女さん。

 とても恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい気持ちがあるのは、男のとしてのさがなのだろう……と言い訳しておく。


 その日の夜。


 眠りにつく前に、みおちゃんの泣き声が聞こえてきた。

 最近ではみおちゃんの世話をしているだけあって、身体が反応してしまう。

 そういえば……みおちゃんって毎日夜泣きしている気がする。明日聞いてみることにしよう。




 ◇




 次の日の放課後。


「あ、あの! さ、早乙女さん!」


 ホームルームが終わり、帰ろうとした時、鈴木さんが早乙女さんの前に立った。


「はい?」

「そ、その…………色々酷い事言って本当にごめんなさいっ!」


 鈴木さんは九十度くらいの見事な謝罪をした。

 ちょっと後ろからスカートの中が見えそうで、ハッとした。


「……分かりました。その謝罪を受けます」

「う、うん……」

「ですが、私はいまだにそうたくんを悪く言ったのを覚えてます」

「げっ、ど、どうしろってんだよ……」

「ふふっ、それはね」


 邪悪な笑みを浮かべた早乙女さんが怖い。




 ◇




 おーぎゃー!!!!


 ああ……今日も元気に泣くみおちゃん。


「あ~鈴木さん! そこをこう持って!」

「は!? めちゃ怖いんだけど!? 首折れないの?」

「そのまま宙に浮かせたら折れますから!」

「ええええ!? 折れるのかよ! めっちゃ怖いんだけど!?」


 早乙女さんの家。

 現在、家にいるのは鈴木さんと俺。

 早乙女さんの罰として、鈴木さんには子守り一日体験刑に処した。


 初めて赤ちゃんを世話するらしくて、抱き方もままならなかった。

 まぁ……普通の女子高生には無縁だからね。

 鈴木さんとの至近距離だが、何も感じない。

 まさに――――無。


「そうた。なんか変なこと思ったでしょう」

「へ? 思ってないよ! それよりどう?」

「ん……暑い」

「ふふっ、赤ちゃんって体温が高いからな」

「めちゃあったかい。冬最強じゃね?」

「それはあるかも知れないな。今季冬は楽しみだね~」

「これ毎日やるのかよ!」


 鈴木さんがこんなに話しやすい人だとは思わなかった。

 もう名前で呼んでるしな。


「それはそうと、そうた」

「ん? どうした? 鈴木さん」

「……由美ゆみ!」

「…………ちょっとまだ早いかな」

「は!? これだから童貞くんは……」

「ほぉ……その経験が豊かな鈴木さんは……?」


 既に眠って布団で寝かせているみおちゃんを眺めながら、鈴木さんを揶揄う。


「ばっ、は、ちょ、まっ、ここにうちらしかいないじゃん」

「だから……いいじゃないか」

「そ、そうた、おまえ……こんな積極的に……」

「ほらほら」

「っ!? ……………………は、初めてだから……ね?」


 少し涙目になっている鈴木さんがちょっと可愛いと思ってしまった。


 ガチャン。


 タイミングよく扉が開いた。


「ただい………………」


 ガチャン。


 扉が閉まった。


「ま、待って! 早乙女さん! 違うんだ!!」

「は!? そうた! 私とは遊びだったのかよ!」

「遊びだよ!」

「そ、そんな……」


 鈴木さんを揶揄い過ぎてカオスな状況になったが、急いで早乙女さん達を迎えに行った。

 扉を開けるとジト目の早乙女さんと、鈴木さんの友人の佐々木ささきさん、平尾ひらおさんもジト目で見ていた。

 何とか謝って、中に入ると泣きつく鈴木さんを宥める早乙女さん。

 君達いつからそんなに仲良しだったんだ……。


 そのあと、泣き出したみおちゃんのおかげで、元通りになって、俺と鈴木さんはみおちゃんの世話を、三人は料理を始めた。

 早乙女さんのテキパキな手捌きにみんなも驚いていた。

 意外にも佐々木さんも平尾さんも家では家事を手伝っているらしくて、早乙女さんの高い家事スキルを理解できているみたい。


 完成した料理がテーブルに並び、鈴木さんがはしゃぎ始めた。


「「「んまい~!」」」


 三人娘の声が響く。

 その姿が微笑ましい。

 そういえば、みおちゃんはいつも食事の時は空気を読んでくれて、食べている間は決して泣かないし、静かにしている。とても聡明な子だと思う。


「すげぇじゃん! あおい! こんな旨い飯食ったことないよ!」

「ふふっ、それは良かった~、美味しく食べてくれる人がいると作った甲斐があって嬉しい」


 食事中、隣の部屋から物音が聞こえたので、俺は一度母さんの所に向かって、友人がいるからと母さんの分の料理を運んだ。




 ◇




 蒼汰が自分の家に向かっている間。


「へぇ……あおいってさ、そうたとまだ同棲はしてないんだよね?」

「え!? ど、同棲はしてないけど……そもそも付き合ってもないし……」

「「「ええええ!?」」」


 三人娘が同じタイミングで驚く。


「てっきり付き合っているのかと思ったよ」

「「うんうん」」

「あはは…………その、そうたくんにはいっぱい助けて貰ってるからね。でもそういう話はまだした事……ないかな」

「えー、じゃあ、あおいはそうたのこと、どう思ってるの?」

「ん……素敵な人だと思うよ?」

「「「おおおー!」」」


 少し赤面の葵に三人娘が反応する。


「で、でも。私なんかを好きになってくれるとは思えないし……」

「は? あおいはめちゃ美人だし、料理も旨いし、魅力的だろう!」

「ん……ありがとう。でもね」


 葵が少し寂しい表情で、澪を見つめた。


「私にはこの子がいるから。だから恋愛とかは無理かなーって」

「「「あ…………」」」

「で、でもよ。そうたのやつ、みおちゃんの事も大好きじゃん。大丈夫だと思うよ?」

「ふふっ、ありがとう。でもね。それで彼の足を引っ張ってしまうのが怖いかな……」

「そっか…………赤ちゃんって大変だな…………」

「「うんうん」」


 ガチャッ。


「ただいま~、――――ってあれ? なんでみんな暗い顔しているの?」

「そうたのせいだろう!」

「へ? お、俺!? …………な、なんかごめん」

「「「「ぷっ、あははは~」」」」


 訳の分からない状態で、ポカーンとしている蒼汰に、四人娘は笑いに包まれた。

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