第4話 守るべきモノ
「先生」
俺は担任の青山先生の元を訪れた。
「一条か、どうした」
爽やかなイケメンの青山先生。でも先生の良いところはそこだけじゃない。非常に正義感が強い事を俺は知っているのだ。
「……早乙女さんの件で」
「ああ……事情は既に聞いている」
「え? 誰が……?」
「本人だ。早乙女さん自分から、昨日のことを教えてくれた」
「そう……でしたか」
「ああ、本人から決して波風は立たせないでくれと頼まれた所だ」
「くっ……」
あんなに酷い事をされたのに……どうして……。
「一条は彼女の事情が少し分かるみたいだから話すが、彼女はここに入学した時点でああなる事は予想していたし、こうなった場合も波風は立たせたくないと言っていたよ。だから事が酷くならないなら俺も黙っているつもりだ」
「そう……ですか…………分かりました」
「一条。彼女を見れるのはお前しかない」
「え?」
「彼女を
「……はい。元々そのつもりです」
「うむ。ただ学生の範疇を超えた場合は、俺に相談しろ。絶対だ。必ず力になる」
「分かりました。失礼します」
青山先生も、もどかしさを感じている雰囲気だ。
本人から何もするなと言われれば、外野の俺達がギャーギャー騒ぐのは良くない。
だから、出来る範囲で見守ろうと思う。
しかし、その日、またもや事件が起きた。
◇
また鈴木さんに嫌味を言われている早乙女さん。
決して答える事なく、逃げる事もせず、凛として本を読んでいた。
「くっ! いつまでもふざけやがって…………あ~そういえば」
恐らくイライラが頂点に達したのか、鈴木さんの口調が激しくなっていた。
「最近ではどこかの男子と
それはきっと俺の事だ。
まだ一緒に下校した事なんてないんだが、昨日の件でそういう風に取られてしまったのか。
「ふふっ、まーた男を
それでも顔色一つ変えない早乙女さんに、ますますヒートアップする鈴木さんに、クラスの誰もが不安を抱き始めた。
「あ~それともあれか? あっちの方が美人で
鈴木さんは俺を見つめた。
その時。
「ふざけないで! 私の悪口ならいくらでも言いなさい! でも、一条くんの悪口は許さない!」
ずっと反応すらしなかった早乙女さんが立ち上がった。それも凄く怒った顔で。
「へ、へぇー、許さなかっ――」
早乙女さんは手元からとあるモノを手にした。
その姿を見たクラスメイトはもちろん、鈴木さんも悲鳴をあげた。
俺は彼女が何かをすると感づいた。
遅れてしまったけど、早乙女さんの前に割り込んだ。
「早乙女さん。それを仕舞って」
「っ!? 一条くん! 私……君を悪く言う人は許せない!」
珍しく感情を露にしている彼女が震える手と目で俺の後ろの鈴木さんを睨む。
このままでは早乙女さんがまずいと思った。だから。
パチーン
教室内に平手打ちの音が響く。
シーンと静寂に包まれた教室内は、時が止まったと思えるほどせに静かだった。
「早乙女さん。俺の為に怒ってくれてありがとう。でもそれで早乙女さんが傷つくのは嫌だ。だったらそれで俺を向けていい。気が済むまで――――」
「そ、そんな……私が一条くんを…………やだよ……」
「じゃあ、それを渡してくれる?」
「……うん」
力のない言葉から彼女は持っていたモノを俺に渡した。
涙を流している彼女の頭を撫でて、座らせた。
そして、俺は後ろの鈴木さんに向いた。
「ねえ、鈴木さん」
「な、なに?」
「鈴木さんは子供を育てた事……ある?」
「は? あ、あるわけないじゃん」
「そう……みんなも子供を育てた事ないでしょう。いつも出てくる温かいご飯。お小遣い。風呂。そんなどれもお母さんの頑張りからできてるんだよ? 俺達は高校生になって自分のことは自分でなんとかできるようになった。
でもな? 赤ちゃんは一人では何もできない。泣くことしかできない。ご飯も食べれない。風呂にも入れない。自分の排泄物も処理できない。少しでも何かあるとすぐ泣く。それが毎日毎日…………早乙女さんに子供がいるからってみんなに何の関係がある? 彼女が日々子供の為にどれだけ頑張って生きてるかなんて何も知らない癖に、面白可笑しい半分で人を
早乙女さんは不器用ながらも何とか一人で誰もいない家で赤ちゃんと毎日暮らしているんだ! 赤ちゃんが眠った後は疲れたように眠る毎日を送っているはずだよ! だから毎日疲れた顔で学校に来ているんだ! ここにいる誰よりも頑張り屋で、凄くて……」
俺は悔し過ぎて涙が溢れ出た。
「もしこれ以上彼女の頑張りを侮辱するやつがいたら、今度は俺が許さない。人の心をなんとも思わないゴミに生きる資格なんてない。今度は俺が――――」
手に持ったモノを前に見せつけた。
「ちょ、ちょっと揶揄っただけじゃん……」
少し涙を浮かべた鈴木さん。
「そのちょっとでも傷つく人はいるんだ! 鈴木さんは遊び半分だったかも知れないけど、それで悲しむ人がいるんだよ? だから、もうふざけるのはやめろ!」
鈴木さんは目に大きな涙を浮かべ教室から逃げていった。
仲間の女子が二人追いかける。
俺はクラスメイトを見渡した。
「みんなも同じだ。面白半分で写真なんか撮って。彼女がどれだけ傷つくなんて想像した事あるか? 自分が同じ立場ならどう思うか何故考えない!」
俺の言葉を聞いた数人の男子は前に出た。
「あ、あのよ……早乙女さん……悪かった。ほら、この通り写真全部消すよ」
男子達は早乙女さんの前で、彼女がみおちゃんを抱いている写真を消した。
そして、みんなで早乙女さんに謝罪する。
誰だって過ちはある。
それをちゃんと認めて、もうやらなければそれでいい。
これで早乙女さんの負担が少しでも減るなら、本当に嬉しい事だ。
クラスの雰囲気が沈み返り、その日は終わった。
帰り道。
「一条くん」
「ん?」
「今日はありがとう」
「……ううん。寧ろ、遅くなってごめん」
「そんなことないよ?」
「いや、最初からいうべきだった……俺にもう少し勇気があったら、早乙女さんがもっと早く傷つかずに済んだと思うから……」
その時、俺の左手に手を握る感覚があった。
視線を向けると彼女が両手で握りしめていた。
「ううん。私、ずっと一条くんに助けられてばかり。みおの事も、育児の事も、今度はクラスの事も助けてくれた……だから、本当にありがとう。私は感謝を伝える事しかできないけど……でも言う事が大事だって一条くんに教わったから、ちゃんと伝えたいと思うの」
「そ、そっか……うん」
彼女の温かい手のぬくもりが伝わってくる。
「ふふっ、今日の一条くん。本当にかっこよかったよ!」
この言葉だけで、ご飯が三杯は食えそうだ。
◇
その日の夜。
「母さん」
「あら。どうしたのかしら。蒼汰」
やけにご機嫌な母さんは、ニヤケ顔でこちらも見ていた。
「……えっと、ちょっと相談したいことがあります」
「あら! 彼女かしら!?」
「……」
「か、彼女なのね!?」
「い、いや、彼女ではないんだけど、その……付き合ってるとかじゃないから」
「うちの蒼汰に春がきたよー!」
「だーっ!! 付き合ってないと言ってるでしょうがあああ!」
「でもそろそろ付き合うの?」
その言葉を頭の中で想像してしまう。
妄想の中の早乙女さんが、「そうたくん……」と呼んでくれる。
それだけで顔が真っ赤になるのを感じた。
「ち、違うわ! そういう相談じゃなくて! 本当に真面目な相談だから。これからの母さんの事情も込みで大切な相談だから!」
「あら、そうなの?」
「はぁ…………実はさ、隣の早乙女さんっているでしょう?」
「ん? 隣の? あのシングルマザーさん?」
あ……母さんはまだ彼女が
「うん。実はその早乙女さんってうちに転校してきたんだよ。だから今はクラスメイト」
「え!? そうだったの!? てっきり成人しているとばかり……」
「まあ、それでね。色々困っているみたいでさ。その子供がみおちゃんって言うんだけど、ものすごく可愛くて」
「ふふっ、母さんも会った事あるわよ~可愛かったわね」
「うんうん。それで、明日から毎日向こうで子守りするから」
「そうかそうか…………」
……。
……。
……。
「えええええ!? 蒼汰!? 今なんて!?」
俺は驚く母さんに、もう一度説明し直した。
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