第49話 心(1)


 会いたくなった。

 ただそれだけなのに私の胸はキュッと締め付けられる。

 小さくなろうとするなら痛む心ごとなくなってしまえばいいのに、そう思うけれど、確かにここにあるよ、と訴えかけるようにギシギシときしむのであった。

 歩夢あゆむ先生は点滴治療の真っ最中で、会いに行ってもきっとまぶたを開けることもないだろう。


 それが分かっているのに会いたい気持ちは抑えられなくなって、気がついたらスマホの画面には歩夢先生とのトーク画面が表示されていた。

 既読のつかない前のメッセージに泣きそうになりながらも、早く治ってほしいという気持ちがあふれ出てきて指先に力が入る。するとスマホを持つ手が震えた。

 なんと送ろうか、送ってもいいだろうか悩みながら画面とにらめっこすると、自然と画面が消える。10分に設定してあるスヌーズ機能が働いたのだと理解すると、スマホをポイっと手の届かないところに放って、ベッドの中に入り込む。


 こんなに悩むなら、私も寝ちゃいたい。

 なんて思いながらベッドに向かってため息を落とした。

 無気力になったこの体をどう動かそうか、そんなことを考えているとき、香奈恵さんがやってきた。



「おはようございます。ご飯取りに行ってないって聞いたから持って来たんだけど、具合悪いの? 大丈夫?」


「あ、すみません。少し考え事してて……」



 言葉を返しながらびついているかのように重い体を起こす。



「そっか、身体が元気ならよかった。

 何に悩んでたの?」


「えっと……」



 私はとっさに言葉を探した。

 あ、そういえば、と思いながら大学の学費について話し出す。

 すると「学費のことは親御さんじゃないと分からないけど」と香奈恵さんが話し出した。



「私が通ってた時は親御さんが払ってくれたり、奨学金を受けたりしてたかな。ほら、看護師になる人の半分くらいは医療関係者がご家族の中にいたりするから裕福な家庭にあることがあるの」


「そうなんですね。より多く奨学金を受けるとしたらやっぱりそれ相応の頭がいりますよね?」


「そうね、でも国から受ける奨学金の他に学校から受ける奨学金もあるからそういった情報も集める必要があるかな。金銭面で夢を諦めるなんてもったいないもの」



 大丈夫よ、と付け足すように微笑む香奈恵さんにどこか安心した私は「そうですね」と笑っていた。

 学校からも奨学金を受けれることを知らなかった私に、少し道が開けたような気がして心が穏やかだ。


 どうしてこんなにも心が素直なのかわからないけれど、さっきよりも軽くなった身体は香奈恵さんが運んできてくれた朝ご飯の香りにグーと反応したのだった――。



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