第42話 悲劇の末に

 そう思ったら心が軽くなった。

 今の私は昔の私じゃないんだって、そう思えた。

 進路に迷って未来を考えるのが嫌だったあの私は、看護師になりたいと強く思う夢の持った私になった。

 こんなにも変われたんだ。



大夢ひろむ先生、ありがとうございます」



 勝手に喉から言葉が落ちていた。落ちていたと気づいた時には大夢先生から「いえいえ」と返事が返ってきた。



「それでは、また」



 そう言って私に背を向ける大夢先生に、私は尊敬の眼差しを向けていた。




 私のなりたい人だと思った。

 もちろん、今まで通り歩夢あゆむ先生みたいに人に寄り添える人になりたい。

 けれど、大夢先生みたいに人を導ける人になりたいと思ってしまったのだ。

 2人は私に多くの生産物を生み出した。

 感動と尊敬と夢……そして恋。

 感情を取り戻すことが出来たのは間違いなく、悲劇の末にできた出会いだ。



 私はペンを持った。

 家から持ってきたノートに殴るようにひたすら文字を書いた。リュックに詰めた教科書を開いて問題を解いた。

 それが今すべきことだって気づいて……。




 夕方、私は久しぶりに持ったペンのせいで腕が痛くなった。

 でもなんとなく嬉しかった。

 勉強が嫌だと思っていて、なんで勉強しないといけないんだろうって思っていた私なのに、こんなに集中して勉強していたのだから。


 復習として、教科書とにらめっこしながら解けなかった問題を考え直す。

 この紐解き作業が少し嫌で、でもできる感覚が心地よかった。




 日が暮れて、香奈恵かなえさんが部屋にやってきた。



「佐々木さん失礼します~。

 あ、勉強してたの? わかんないことあったら聞いてね」


「ありがとうございます」


「あとね、ご飯の時間だから受け取りに行ってね。

 食べ終わったころにまた来るから」



 香奈恵さんの言葉に「は~い」と返事をしながらベッドから降りる。

 私は香奈恵さんの隣を歩いた。



「香奈恵さんって勉強好きですか?」


「昔は嫌いだったよ。何の役に立つか分からなかったもの。

 でも、そもそもの課題に向き合うことは人生で何回も通る道だと分かったの。

 努力する力も継続する力もよ」


「そうなんですか。私、頑張ります……!」



 そう言って、分かれ道で私たちは手を振りあう。

 前を向いたとき、今日の頑張りに私は思わず笑ってしまうのだった。





 ご飯を持って部屋に戻ると、いつもトレーを置いている場所にスマホがあった。

 私はそのスマホをポイっとベッドの上に投げて、テーブルの上にトレーを置いた。

 そして、ベッドの上でスマホの通知画面を確認すると、歩夢先生からメッセージが届いていた。

 私はその言葉の並びに頬を緩ませてしまった――。






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