第36話 感情とお茶と湯呑(2)

歩夢あゆむさ、昔から頑張ってるっていうか……、自分の命と向き合いすぎて1秒も無駄にしないっていうか……。とにかくずっと焦っている感じ。きっと、止まってられないんだろうけど、その姿が見てる側からしたら心苦しいんだよね。でも頑張ってること応援しないわけにもいかなくて……。

 うまく立ち回れないっていうか、なんていうか……。

 少しは頼ってほしいし、休んでくれたらいいんだけどね」


「そう、ですね……」



 応援したい気持ちと無理してほしくない気持ち。

 優姫乃ゆきのさんの話で思い出したのは、お父さんがうつ状態になってお母さんが働きだしたあの時だった。


 あの時の私は常におろおろしていた気がする。私にできることは少なくて、見ていることしかできなかった。

 無理してほしくない、ただそれだけを思っていて……。



「私、考えるのは好きだけど、歩夢の病気のことは怖くて考えたくなくて、最悪が怖い……。本人だってそのはず。

 ああやって私たちの前では笑っているけど、検査結果にだって恐れて、陰で泣いているはず……。

 どうして弱みを見せてくれないのかな。私って頼りないのかな。

 ……私は歩夢の役に立ちたくて看護師目指してるのに、ね」



 優姫乃さんの瞳から頬へと伝った大粒の涙がテーブルにポタっと落ちる。

 私は言葉が喉に詰まってしまう。

 耳に残った優姫乃さんの看護師を目指した理由、〝歩夢先生の役に立ちたい〟が、私の感情さえも濁らせる。

 優姫乃さんを見れず、濁ったお茶を見下ろした私は、そのお茶を少しだけ喉に流した。



「――看護師ってさ、目指す人の半分以上は〝誰かのためになりたい〟なんだよね。正義感が強くて〝困っている人に寄り添いたい〟とか〝社会の役に立ちたい〟とか。

 でも私は〝歩夢のために〟って言っておきながら、医者の歩夢を支えるために看護師を目指してる……。すごく自分本位で、看護師には多分向いてないの……。

 歩夢も、言ってたでしょ。私、周りの人を振り回しがちで、突っ走っちゃうんだ。だめだよね。

 ……私さ、麗桜うららちゃんがうらやましいよ。歩夢のひたむきな姿に憧れて看護師を目指すなんて……」


「……私は、優姫乃さんの動機も素敵だと思います。歩夢先生を支えたいその想いは、今の優姫乃さんの一部で、頑張れる理由ならそれで十分だと思うんです。

 それに人の気持ちが強いから、人のつながりが強いんだと思います!

 だから自信を持ってください! 優姫乃さんは考えるのが好きで、きっと考えすぎてしまうんですよ」


 私の言葉、大夢ひろむ先生が教えてくれた〝人のつながり〟に「そう、だといいな」と優姫乃さんが顔を上げた。その顔は少し口角を上げていて、ほっとした顔でお茶を飲んでいた。

 複雑だった感情を飲み溶かすように……。



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