第35話 感情とお茶と湯呑(1)
「それってさ、喜んでいいことじゃないでしょ。ねぇ、
一瞬、声の持ち主を疑った。その声は低くて、暗くて、
「優姫乃……。でも下手な手術より――」
「馬鹿な事言わないで……!
経過観察ってことは今回倒れた原因が分かんないってことなんだよ!?」
怒鳴るような、嘆くような優姫乃さんの声に私はびくりと反応する。
歩夢先生も目をつむって暗い顔を見せていた。
「……大きな声出さないで。ここ病院だから」
「あ、ごめん……」
気まずいよどんだ空気が流れる。2人とも暗い声で、私は何も言えなかった。踏み込めなかった。
チッ、チッ、チッ……。
ただ、歩夢先生の部屋の時計が鳴り響いていた……。
「ごめん、
頭冷やさないと歩夢とまともに話せそうにない……」
優姫乃さんはそう言って、私の腕を引っ張った。
私はそのまま歩夢先生の部屋から出ていく。
「ごめん、さすがに外は寒いよね。ここに座ろうか」
優姫乃さんは休憩室に足を踏み入れる。
テーブルをはさんで向かいに座る優姫乃さんはすぐに頭を抱えて、大きくため息をついた。
「……あの、お茶入れますか?」
「あ、うん。ありがとう」
うまく笑えていない優姫乃さんの歪な表情に、私は心配になる。
そんな元気のない様子の優姫乃さんに、私はどんな話をすればいいか、お茶を入れながら考えていた。
優姫乃さんが歩夢先生を思う気持ち――でも、それは私の恋愛感情とは違ったもので、どんな感情が沸いているのか分からない……。
それこそ、今私が優姫乃さんに抱いているような〝心配〟なのか、歩夢先生本人と重なる感情の〝不安〟なのか、はたまた別の感情なのか……。
そんなことを考えているうちにお茶は出来上がる。その、濁った緑色の液体は、交差した感情の表れに見えた。
私は自分のイスの前と、優姫乃さんの手前に
「ありがとうね」
そう言いながら優姫乃さんは湯呑に手を当てる。
「歩夢さ、状態が悪いのって心臓じゃん。だから手術って成功率は上がってきてはいるもののまだ怖いのが現実なんだよね。
心臓の移植とかは80%の成功率でさ……」
「80%!?」
私の想像をはるかに超える成功率の高さに、思わず大きな声が出てしまう。
「そう。つまりね、10人受けたら2人は成功しないのよ」
そう、か……。優姫乃さんの考え方に納得して80%の低さに心の芯が一瞬にして凍りつくのがわかった。
医療は発達しつつあるも、人の手でやるものだからこそ、確率の安定も図れないのだろう。
「歩夢の心臓には先天性の穴が空いてるって聞いた? 人によっては年齢によって塞がったり、症状が安定して薬を飲むだけで済んだり……。歩夢もこの間まで定期検査だけで済んでたんだけどね。
でも、歩夢は無理しすぎちゃうから――」
優姫乃さんの声が少しづつ鼻にかかるのがわかる。
かよわい姿は感情を殺しきれないようで、湯呑をぎゅっと握りしめていた――。
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