第30話 死ぬこと、生きること(2)

「人は死ぬ。誰もがそう知っているけれど、その日が来ることを知らず、どこかで死ぬことを疑っている。

 そう、私は思うの」



 香奈恵さんはそう言ってゆっくりと目を伏せた。



「私は看護師を全うな理由で選んでいないのよ。給料が高くて需要のある仕事だから資格を取っておこう、そんな風に選んだの。

 だから看護学校に通って私は辞めようと思った。

 知ってるかしら、看護学校の授業。まだ調べてもないかもしれないけど、ヒトの臓器を取り出して、見て、名前を覚える授業があること。

 ヒトは思ったよりも、そうね……言葉にするとしたら〝なまなましい〟の。

 豚や牛、鶏の肉は見慣れているのに、ヒトはどうしても〝気持ちが悪い〟と思ってしまうのよ。

 理由は簡単。見たことがないから。

 だってそうでしょう? 切れば痛いもの。死んだら火葬して眠るもの……。

 その授業中にも同級生は気分を悪くして何人も倒れたわ。

 想像できなかったのね、私もだけど。


 ねぇ、人が死ぬって何かしらね。

 人は生き物を殺して生きているのに、なんでこんなにも平和に生きているのかしら。

 自然に恨まれてもおかしくないわ、好き勝手に土地を開拓してるんだもの。

 技術を発展させて幸せに死ぬことが許されているのかしら。

 どう思う? 佐々木さん」



 私は……。

 難しい質問に頭がついていかない。

 そもそも正解があるのかさえも分からない質問に、私は私なりの答えを口にしてみる。



「私はうつ枯れ病にかかっていると気づくまで、両親がうつ状態にありました。その時はなんで私じゃないんだろうって、なんで私がつらい思いをしないんだろうって思っていました。

 けれど、ふたを開けたら私の病状が1番悪くて、生きたいとも死にたいとも思えなくなって……、なのに今は生きることが少し怖くて死にたいと思ってしまう……。

 うまく言えないんですけど、こうやって悩んで、間違って、時間がかかって、後悔をする――それが生きることなんだと、人が人らしく生きる方法なんじゃないかなと思うんです。

 そして、わずかでも死ぬときに楽しかった瞬間、幸せだった瞬間を思い出せたらいいんじゃないかなって思うんです。私は」



 考えすぎて香奈恵さんからの質問内容を忘れながらも、なんとか文をまとめる。

 私の言葉に香奈恵さんは微笑んだ。



「すごいわ。そこまで考えられるなんて。

 そうね、この辛い体験は佐々木さんにとって成長を与えたのかもしれないわね。

 でもね、患者さんって思い通りにいかないのよ――」



 そう言って香奈恵さんはため息を放った。

 これから話される内容がどれくらい重たいものなのだろう。

 私は香奈恵さんが吐いた空気を飲んだ。




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