第24話 繋がり

「佐々木さん、落ち着いてください。息、吸えますか?」



 大夢先生の言葉に私は返事をする余裕もなく、ただ喉に空気を入れることだけを考える。けれど空気は肺に浅くしか入らなかった。

 喉から少しかすれた息の音がする。


 大夢先生は近くのパーキングスペースに車を止め、後部座席にいる私の隣に乗り込んだ。



「佐々木さん、少し話をするので息を吸う意識をしながら聞いてください」



 そんな話初めから広げられたのは、まるで私だった。



「世界には神がいる。

 努力は必ず花を咲かせる。


 誰かから広がったこれらの言葉から、世界はどこかでつながっていると感じませんか……?

 ――でも僕はそんな世界に反抗していました。


 それは僕がちょうど佐々木さんくらいの歳です。

 世界は汚く、それにともなって人はきれいなものではないと思っていました。

 さらに、努力は無駄だと思っていました。


 僕の親も医者をやっていて、だから僕は〝医者になれ〟と育てられました。

 世界を、人をきれいに見ることができなかった僕は、親ですら僕の敵だと思うとともに僕の生きざま、親の言うとおりに生きる自分自身に納得ができませんでした。だから高校3年を間近に、進学する大学を決めかねていたんです。

 そんな僕には知っている通り、5つ下の中学生になる歩夢が居ました。歩夢は自由に生きていました。好きなことをしたらいいと育てられていたんです。

 そんな歩夢の夢は〝医者〟でした。


 当時の僕は、歩夢のその夢は僕への嫌がらせだと思っていました。だから卒業式で保護者宛てのメッセージを聞いたとき、一緒にいた僕はびっくりしたのです。


『僕には時間がない。身体が悪くて、あとどれだけの人に会えるかわからない。

 だからこそ僕はお医者さんになって、人の役に立ちたい。

 辛いを知っている僕が、時間を、命を懸けて誰かに寄り添いたい』


 小学生で自分の病気を理解して、死ぬことに恐れのない歩夢の姿には驚きました。でもそれよりもあの時、こんなにも立派なことを言っていたのに歩夢が涙を流したことに驚きました。


『僕が病気じゃなかったら……、今の僕よりも未来が長くて、たくさんの人の役に立てるのに……』


 静かにつぶやいた歩夢の本音は、まるでぐいっと僕の心臓をつかむようで、僕は一体何をしているんだと自分に腹を立てました。


 その晩、父が僕に『歩夢は幸せなんだろうか』と深く悩んでいました。

 見せられる寂しげな背中に僕はこう思ったのです。


 人はつながっている、と。


 人の姿を見て、腹を立てた自分、さみしく悩む父――。

 この時、やっと人のつながりが見えた瞬間だと思いました。

 そして見える人に心を動かす人間は綺麗だと思ったのです。


 だから僕は親の意見を飲んで〝医者〟を目指し、その中でも人らしさで悩む精神科医になることにしました」



 大夢先生の過去。

 長く語られたその時間に終止符をつけるのは、この後の私を見透かした大夢先生の言葉だった――。

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