第16話 言葉に迷う

「歩夢は先天性心疾患で、生まれつき、心臓に穴が空いている状態なんです」


「え……」



 信じがたかった。嘘であってほしかった。

 でも、大夢ひろむ先生は嘘をつくような顔をしていなかった。

 暗く、顔に影がかかるようにうつむいていた。

 それでも大夢先生は話を続けた。



「心臓の穴は成長するにつれて、塞がったり広がったり、人によってさまざまだそうで……。内科については僕も知識が浅いので、何とも言えない状態です。

 とりあえずでここに入れてもらい、応急処置をしてもらいました」


「そう、ですか……」



 重たい空気が部屋に溜まる。



「お兄ちゃん、僕はだいじょう――」


「歩夢が倒れたって聞いたんだけど……っ!!」



 歩夢先生の言葉を遮ったのは、息を上げているあのかわいらしい女性だった。



優姫乃ゆきの……」



 大夢先生が落とした言葉にあの時の、先生たちのいとこだと確信を持たされる。



「あ、大夢もいたのね。そのっ、歩夢は大丈夫、なの……?」



 上がった息を整えながら話す彼女は、少し悲しげだが、現実を受け止めているようなまっすぐな眼をしていた。

 その様子から強い人だと伺える。私と正反対に……。



「大丈夫だよ、優姫乃」



 歩夢先生の撫でるような言葉を聞いて、私は胸が痛んだ。

 こんな時にまで私の心は羨ましい、と優姫乃さんに対して思ってしまう。


 はぁ、はぁ……。

 負の感情の連鎖は私の息を上げた。



「大夢、この子休ませてくる」



 そう、私は手を取られる。柔らかい手のひらをぎゅっと握り返して、私は優姫乃さんに導かれるまま私の部屋に戻った。



「佐々木さん、大丈夫?」


「っ! どうして私の名前を――」


「部屋に書いてあったもの。前はこの部屋で会ったわね。

 私は村瀬むらせ 優姫乃。

 看護師になるために勉強をしている19歳なの」



 看護師……。

 聞いた途端、私は大夢先生に言われた進路の話が思い立った。



「優姫乃さん! 私、私……!」



 言葉がまとまらないのに話し出した私を「ゆっくりでいいよ」とほほ笑みかけてくれる優姫乃さんに、私はやっとの思いでこう言葉を落とした。



「看護師にっ……私! 看護師になりたい!」



 看護師になって歩夢先生と一緒に仕事がしたい。

 ここにきてたくさんの人が私を支えてくれたから、私も誰かを支える仕事がしたい。

 誰かの役に立ちたい。

 誰かに寄り添いたい。

 人を、笑顔にしたい。私の分まで笑ってほしい。

 ううん、世界でいちばん幸せっていう笑顔を私としてほしい。


 そんなことが頭の中をうずまいて、言葉にできたのはたったの一言だけど、この一言が私の今後を変えた。

 病によって与えられた選択肢は私に光を与えたのだ――。



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