第17話 夢

「歩夢にそれ、伝えに行こうよ」



 私の出来立ての夢を聞いた優姫乃ゆきのさんはそう言うが、私はまだ戸惑っていた。


 そもそも外に出られるのか。

 学校に通えるのか。

 病は治っているのか。

 お父さんお母さんは反対しないのか。


 未来への不安は、まだ完全に消えたわけじゃない。


 それに、あの嘘――〝病になった理由〟〝歩けなかった理由〟〝回復が停滞した理由〟―—を伝えることにも勇気がいる。



「まだ不確定なので、それに、この病があったらなれないかもしれないので……、大夢先生に相談してから、親にも相談して、そのあとに伝えようと思います」


「そっかそっか。ごめんね。焦らせちゃって……」


「いえ。優姫乃さんは何も悪くないですよ」


「ふふ。ありがと。

 そういえば佐々木さんの下の名前は?」



 ほがらかな笑顔に私は「麗桜うららです」と流されるように答える。



「麗桜ちゃん、か~。漢字、どうやって書くの?」


「〝うららか〟に、〝さくら〟と書きます」


「かわいい漢字ね! 春生まれ?」


「はい」


「やっぱり! でも麗桜ちゃん、初めて見た時からお人形さんみたいにかわいくて、でも話し方がこうやって落ち着いてるから大人っぽくもあって。ほんとに素敵な子だぁって思う!」



 質問に答えると、そのたびに誉め言葉が入る優姫乃さんは、歩夢先生が以前言っていたように優しい人なのだろう。

 褒められることに慣れない私は、恥ずかしくて「いえいえ」と謙遜けんそんを入れるのだけれど、これさえも「謙虚けんきょなのね」と褒め返されるのだ。



「あ、もう行かなくちゃ。麗桜ちゃん、スマホとかある?」


「あ、いえ。多分、家に置いてきてしまっていて、今は持ってないです」


「そっか~。わかった! じゃあ分かんないこととか、何か聞きたくなったら大夢に言って! また来るから!」



 明るく笑った優姫乃さんに私が「はい」と答えると、「またね」と手を振ってくれた。不慣れながら私も手を振り返す。

また優姫乃さんに会いたい、そう思いながら――。




 私は1人になった病室で、自分を思い返した。

 今のままでいいのか。今すぐにしなければいけないことは何か。

 私は、私は……。

 考えて、考えて、考えたのに! 私は過呼吸にならなかった。


 『私はうつ枯れ病が治った』


 頭にそう文字が浮かんだ。

 だって生きることが怖くない。自分のために、誰かのために泣けるようになった。そして、なりたいものができた。


 うつ枯れ病は生きることへの負の感情から無気力になることが症状だって大夢先生が以前言っていた。

 そんな負の感情は夢によって、私の中から完全に消えのだろう。


 夢ってすごい……!

 私は驚きながらも、感動していた。もう苦しまなくて済むって。


 だから、私の気持ちは強くなった。

 病気という足枷あしかせが外れた夢は、心から染みわたるように全身に溶けた。


 歩夢先生がしてくれたように、患者さんに寄り添いたい。

 辛い思いをしている人を減らしたい。


 言わなくちゃ。看護師になりたいって。

 勉強しなくちゃ。看護師になるために必要な知識を。

 そのためには香奈恵かなえさんに聞かないと……!


 ――そんな私の意思は、ナースコールの音として部屋の中に広がった。



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