第15話 ある日突然
私がこうしてお母さんと電話することができるまで回復してこれたのは、間違いなく歩夢先生のおかげで、私の感情の変化の中心はいつだって歩夢先生だった。
だから今、ものすごく悩んでいる。
この部屋を出る方法がわからなくて、本心は入院したままでいいと思っていて、でも頭では退院しないといけないことも分かっていた。
ねぇ、先生教えてよ。どこかでそう、歩夢先生の助けを求めていた。
私を導いてほしいと思っていた。私の進路を一緒に考えてほしいと思っていた。
なのに! なのに……。
世界は、ほんとうに残酷だ。想像もできないことが起きて、平気で日常を壊すんだから――。
――それは2020年12月14日の昼下がりの出来事だった。2時頃だったと思う。
その日は本当に寒かった。でも、テレビでクリスマス特集が流れる普通の、平和な日だった。
「麗桜ちゃん……っ!」
私の部屋に駆けこんできた
「
え、今なんて? 倒れた……? 歩夢研修医……。
歩夢先生が倒れた!?
頭の理解が追いついた途端、私はベッドから飛び降りた。
「歩夢先生は、大丈夫なんですか……っ!?」
「……わからない、わ。
「案内してください、その場所に!」
私の言葉に香奈恵さんはびっくりした顔をした。でもそれを声に出さずに「こっちよ」と先を歩いてくれる。
私はこの時、初めて自分の病室から出ることができた。
長く白い廊下を歩いて、香奈恵さんが立ち止まった部屋の前で、私も立ち止まる。
「ここよ、入りましょうか」
香奈恵さんの言葉に私はコクリと頷いて、香奈恵さんが開くドアの先に目を向けた。
「歩夢先生……!」
ベッドに横たわる歩夢先生が見えた瞬間、私は思わず駆け寄った。
「麗桜、ちゃん……?」
酸素マスクにこもった歩夢先生の声に、私は胸が痛くなって、鼻先が痛くなった。
息を吸った瞬間、涙がこぼれる。
「泣かなくて大丈夫だよ。
それより部屋から出られたんだね! おめでとう、麗桜ちゃん」
あぁ。この人はこんな時まで私のことを……。
言いたいことがあるのに、胸が苦しいのに、どちらも私の体内から出ていかなかった。
「佐々木さんが歩けるところを見れてよかったです」
静かに涙を流す私に、そう言葉を落としたのは大夢先生だった。
「大夢、先生」
「歩夢研修医がそうさせたんだね。この現状じゃ複雑かもしれないけど。
説明するよ。歩夢がどんな状態なのか」
憂いに満ちた目で〝歩夢〟と呼んだ大夢先生は、弟を強く想う兄の姿だった。
想像しきれないけれど、兄弟が倒れてしまったら辛くて仕方がないに決まっている。
この状況や大夢先生の心情を理解しきることが出来ない私の中には、さっきから言葉にならない想いが混在していた。
なのにこの後の大夢先生の説明に、思わず私は言葉を発してしまう……。
それがあまりにも衝撃的すぎて――。
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