第12話 兄弟

「お兄ちゃん……」



 ドアの向こうからやってきた大夢先生に、歩夢先生が言葉を落とす。



「歩夢、職場ではその呼び方をやめなさい」



 大夢先生は冷たい視線で歩夢先生を見つめた。歩夢先生が「すみません」と低く、淡々とした言葉を返す。



「歩夢研修医は記録のまとめに戻ってください。佐々木さんと話すことがあるので」



 さっきの冷たさが緩和した大夢先生の言葉に、歩夢先生が「はい」と返事をして病室から出て行った。






「佐々木さん騒がしくしてしまってすみません」



 私の方に視線を合わせた大夢先生の言葉に、私は「いえいえ」と断わりを入れてこう続けた。



「やっぱり歩夢先生と大夢先生はご兄弟だったんですね」


「はい。気づきますよね、名字が一緒で名前に同じ漢字が使われていたら」


「想像はつきます。でも声の柔らかさとかも似ていると思いますよ」



 私がそういうと、大夢先生は優しく笑った。

 その顔も、歩夢先生が見せる顔に似ている。


 大夢先生が先に生まれたのだから、歩夢先生が大夢先生に似たのだろう。それか2人とも同じ両親の元で育ったはずだから、この表情はお母さんかお父さん、または他の家族の誰かに似た表情なのかもしれない

 なんて、私は考えていた。……私には兄弟姉妹が居ないからうらやましく思うのだ。



「最近は体調どうですか? 回復傾向ではありますが、最近は停滞しているので少し心配なんです」


「特になにも……。心配してくださってありがとうございます」



 私はこう答えるしかなかった。歩夢先生と優姫乃さんの関係が気になっていた、なんて言えるわけなかったから。

 すると、大夢先生は遠くに目線を送りながらこう言った。



「早く治してあげたくて僕は少し焦っています。佐々木さんはまだ若くて、何にも縛られずにやりたいことができる年ごろなのに……。世界のせい、と言ってしまうと聞こえは悪いですが、病気のせいでこんな病院の中にいるのは悲しすぎます。なので、少しでも違和感を感じたり、不安があるのであれば話してくださいね」



 優しすぎる大夢先生の言葉に私は少し違和感を感じた。なんというか、私宛てではない気がしたのだ。

 でも、そんなことは言えず、私はこう笑った。



「はい、ありがとうございます。今日は胸も軽く、調子もいいので、よくなると思います」


「そうですか。明日から少し歩いてみませんか?

 この病室から足を踏み出してみて、外で散歩するのはどうでしょう?」


「いいですね。少し筋肉痛が怖いです」



 私がそういうと、大夢先生は「ゆっくりでいいんですよ」とほほ笑んだ。




 この時の私は、まさかここまで〝病気=私の意思〟に振り回されるとは思っていなかった――。



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