第11話 真相に寄る(2)

「佐々木さん失礼します。河野こうの歩夢あゆむです。

 お身体の調子、どうですか?」


「大丈夫です」



 やってきた歩夢先生は私の返答にニコッと笑った。その笑顔を見て私も笑いたいと思ったけれど、どんな顔で笑っていたかわからなくなる。

 置いてけぼりな私に歩夢先生は普通に話しかけてくる。



「よかった~! 麗桜うららちゃんは午後何してたの?」


「歩夢先生の本を読んで――」



 っ!!

 私の手のひらにひんやりと感覚が走る。驚きのあまり声も出ない。



「麗桜ちゃん、大丈夫? 顔赤いけど……。

 熱っぽくない?」



 困惑状態の私に、歩夢先生がそう言いながら私の手に触れている。私は今起こっていることが信じられなくてまだ声が出ない。



「ちょっと体温計持ってくるね。少し待ってて」



 そう言って部屋から出ていく歩夢先生を私は静かに見送った。



 ――手に感覚が残っている。胸のドキドキも止まない。

 顔は今にも沸騰しそうだ。

 どうしてこんなにも歩夢先生に反応してしまうんだろう。

 昼の胸の痛みなんてもうすっかり消え去って、今は暖かくて何かがあふれそうな感じがする。

 どぎまぎする胸だけならまだしも、体温や心臓も強く反応していた。

 心臓がバクンッとなって一気に体中を血液が走る。

 このコントロールができない感じが気持ち悪い。


 だからこの時の私は早く歩夢先生に戻ってほしい気持ちと、戻ってこないでという気持ちが混在していた。




 そんな私の気持ちを無視するように、歩夢先生はすぐに戻ってきた。



「とりあえず測ってくれる?」


「はい」



 体温計が測り終わるまでの数秒が異様に長い。シーンとした病室で、私の心臓の音が漏れてしまいそう。

 そんな考えをしている間に、ピピっと体温計が鳴った。



「36度2分です」


「低いね。よかった」



 ホッとしていることがわかる歩夢先生の表情に、私の心臓は加速した。



「……歩夢先生」



 気が付けばそう声が漏れていた。

 歩夢先生の「何?」に、間髪を入れずに答えるには、こう発するしかなかった。



「午前中の歩夢先生のお客さんってどなたなんですか?」



 もう、それしか頭になかったのだろう。自然と、つっかえることなく言えたその言葉は頭の中で何度もリピートされたフレーズだった。



「彼女は僕のいとこなんだ。たまにああやって、僕のことを気にかけてくれる優しい人だよ」



 彼女さんじゃ、ないんだ……。

 そうわかったとき、私の胸は撫でおろされるようにホッとしていた。



「そうなんですね。かわいらしい人で憧れちゃいました」


「それ、本人が聞いたらすごい喜びそう。

 今度話してみたら? 優姫乃ゆきの、まだ19で麗桜ちゃんと歳近いから仲良くなれるかもよ」


「優姫乃さん、って言うんですね。今度話してみたいです」



 歩夢先生に流されるようにそう返事をすると「今度いつ来るか聞いてみるね」と笑ってくれたのだ。

 でも、私に向けられた笑顔はそんなに長く続かなかった。



「失礼します」



 あの人が部屋に来て、歩夢先生の視線が逸れたからだ――。



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