第10話 真相に寄る(1)

 歩夢あゆむ先生がかわいらしい女性の横で笑っている……。

 私はその様子をじっくりと見ながら、心臓のバクバク音を耳で受け取っていた。

 見せられる笑顔に胸をくすぐられる反面、胸は窮屈きゅうくつそうにすぼんでいる。複雑な胸の内は、あの恋愛小説にも描かれていたが、まさか自分が体験するなんて思いもしなかった。

 ――こんなに〝嫌だ〟と思ってしまうのか。その笑顔の先が私でないことが。やっぱり彼女さんかもしれないと考えて私の視界は揺らぐ。

 涙が、にじんだ。


 その時の私はもうその光景を見ていられなくて布団をかぶって、できるだけ体を小さくした。

 縮こまった私は目をつむって溜まっていた涙を流した。




 少し、ぼーっとしていた。無心でいたかったから何も考えなかった。

 そんな空っぽの私のところに香奈恵かなえさんがやってきて、「ごめんなさい。遅くなっちゃったわね。今お昼を持ってきたわ」と声をかけてくれる。



「ありがとうございます」



 何事もなかったかのように私は体を起こし、けろっとした顔で香奈恵さんにお礼を言うと香奈恵さんはこんなことを言った。



「大丈夫……? 何か悪いことでもあった?」



 思いもしない質問に私は戸惑う。



「あ、いえ。何もないですよ」


「そう、ならいいけど……。あんまり思い詰めないでね」



 香奈恵さんの優しさに、私はまた以前のように親しみを覚えた。

 だからだろうか。香奈恵さんに向かってこんなことを言ってしまったのは。



「あの、歩夢先生のお客さんって誰なんですか?」



 突然の質問内容に香奈恵さんはびっくりしたのか、少し時間が空いて「私もよくわからないわ」と笑みを見せる。

 しかし、聞いた返事に残念だと思う間もなく、香奈恵さんはこう言った。



「だけど、歩夢研修医だけじゃなくて大夢ひろむ先生もお知り合いみたいなの。それぐらいしか私にはわからないけれど……」


「いえっ、その、ありがとうございます」


「ふふっ、どういたしまして。

 ご飯が冷めちゃうわよ。私はほかの患者さんのところに行ってくるわね。

 また2時頃来るようにするから、それまでに何かあったらナースコールで呼んでね」


「わかりました」



 静かになった部屋で私は香奈恵さんが運んでくれたご飯を口に運ぶ。

 私はさっきまで空っぽだった身体に中身が入っていくような感覚を覚えながらもおなかを満たした。




 食後はあの恋愛小説を読んで過ごした。


 もうすぐ4時だ。2回目の歩夢先生がやってくるいつもの時間。

 私は時計の針が刻々とせまってくるたび、深呼吸を繰り返していた――。



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