NO59/人生の転機って?

ケンジ1973年昭和48年6月30日(土)

このところ私の身辺に、またまたただならぬ雰囲気が立ちこめてきた。ここ一、二年、大内剣友会という器の中で過ごしてきて、そろそろそこから飛びだそうとするエネルギーがほとばしり出る時期なのだ、というか、私にまた変革期が訪れたことは確実なのだ。昨日は新宿でモウリさんと会い、「今度仲間が抜けることになったからお前入ってくれないか、それに、松竹演芸場でできることが決まりそうなんだ」と、コント仲間への勧誘をされたり。今日は今日で私の行っている日テレ養成所で、あと2ヶ月あまりで卒業、ここらで皆で自主的に何かひとつやろうじゃないかと気勢が上がったり、7月には右太衛門さんのお付きが決まっていたりして、そろそろ大内剣友会から去る時が到来したようだ。


ケンジ1973年昭和48年7月8日(日)

昨日、今日と、私にとっては今後の人生の進路に関して重大な影響を及ぼす、私の人生の左右を決するとも言える、天下分け目の会談が続いた。

昨夜はヤナギさんと、今日は右太衛門さんの弟子のキタジマさんと、私にとってはむしろ鬼門とも言えるこの二氏と、膝を交えて話し合ったのだ。この大事な時に気後れなんぞしていられないと心に強く言い聞かせ、何とかこういう話し合いを積極的に進めることができたのは、私にとって大きな進歩であるし、男であるならこれが当然なのだと痛感する。ここぞという時に立つことができなくて、どうして男として生まれてきた価値があろうか。ねェー!なせばなる!である。


ヒロト2022年令和4年4月25日(月)

人生の岐路ね、、、俺たちの若輩の頃は、今の世の中より終身雇用とかこの道一筋という人の割合が多かったように思う。その良し悪しの議論はここでは横に置いといて、実際にやってきたことを話していこう。

俺の場合、一般的に定年まで勤め上げる人の割合が非常に高いと思われる、公務員という職業に就いた。そして、働いているうちにどうも先の道筋が決まってしまっている人生のように感じて、そこから飛び出した。安定の世界から離れたら、自分の環境を変えることに怖さはなくなった。収入の少ない俳優活動を続けるために様々なアルバイトも経験した。突発的なテレビの仕事、長期にわたる舞台公演、理解ある働き先を探すのに苦心したり、短期の仕事もいろいろやった。働き先にも芝居仲間にもいい人はいっぱいいたけど、生活を助けてくれるわけじゃない。自分でどうにかしなくてはならない。結婚もして子供が生まれても何とかやってきた。妻のおかげによるところが非常に大きい。この場を借りてありがとうございます。

所属する劇団、プロダクションもその都度良かれと思って変えていった。後悔はない。だいたい後悔しながら生きて行きたくはないからね。

後悔ではないけど、あの時、あっちを選んでいたらその後どんな展開があったのかなぁと考えようとすれば、そんな局面はいくらでもあった気がする。

そんなこと考えても何の意味もないと思うけど、実はひとつ、これは面白いっていうのがある。聞きたい?聞きたいよね。どうしようかな、やっぱりやめようかなぁ。引っ張り過ぎ?これは面白くなかったらひんしゅくものだね。じゃいってみるか!

「天才たけしの元気が出るテレビ」に出ていた話はしたよね。その流れで、たけし軍団の人たちが出る特番に呼ばれたんだ。麹町にあったスタジオに行くには行ったけど、何をやるかは聞いていない。スタジオに着くと、ディレクターのテリー伊藤さんが言うには、

「今日はゴングショーをやります。一人15秒あげます。何か面白いことやってください。」これだけ。

スタジオに造られた簡単な舞台の袖で、軍団の人たちの後ろに並ぶ。いまだに自分が何をやるかなんて思いつかない。そのまんまや枝豆、ダンカン、カダルカナル、芹沢名人、秋山運転手などまだまだ軍団ていっぱいいる、みんな、なんだかあんまり面白くはないけれど、思いっきりなんかやっている。もうすぐ番が来る。いまだに何をやったらいいかわからない。勘弁してよ。俺はお笑いを目指しているわけじゃないんだよ。

番だ。押し出されるようにカメラの前に出た。客はいたのかなぁ、あまりよく覚えていない。元気が出るテレビのスタジオレギュラー陣がいたのかも知れない。アガっていたのでよくわからない。でもたけしさんが笑ったらOK、ダメは手で引っ込めってやられたのは覚えている。なんだか今の「有吉の壁」に似てる。俺はとりあえずワニ相撲の行司だから、大相撲の行司の真似をオーバーにやった。たけしさん、手で引っ込めだって。

一回だけじゃないんだ。何回もぞろぞろみんなで繰り返すんだよ。軍団の人たちはともかく、俺にネタなんて無いよ。もう何をやったかなんて覚えてない。小さい時から小学校中学校高校と、ひょうきんな奴とよく言われたけどまるでダメ。たけしさんに何度も引っ込めってやられた。

もしここで、爆笑を取っていたらその後の人生変わっていた?

いやいや今日はそんな話じゃないんだ。

番組収録は終わった。俺は打ちのめされてスタジオの出口に向かった。と、その出口のそばにたけしさんがいるんだ。俺は下を向いて軽く会釈をして出ようとした。

「あんた、役者さんだろ、」たけしさんが話しかけてきた。

「はい。」とだけ答えた。

首を2、3度クイクイとしてたけしさんは、「おいら、今度映画撮るんだ、良かったら出てみない?」だって。

のちに、名監督とか言われるようになったけど、この時はまだ世間にも一切映画のえの字も言っていなかったらしい。俺も一瞬何のことか分からず、あいまいにして帰ってしまった。そして、他の舞台やらアルバイトやらで、たけしさんに言われたことも忘れていた。そしたらたけしさんの映画、大評判、評判になったからじゃあ出してくださいなんてとても言えず、2作目、3作目と話題作になるのをただ眺めているだけだった。

惜しかった、なんて後悔めいたことは言わない。それもまた巡り合わせだと思う。もし参加してても、あんたダメって降ろされていたかも知れないしね。

でも今は正直言って、たけしさんの

「よーい、スタート!」で、殺される役でもなんでも、思いっきりやってみたかったなって思うよ。




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