第23話

 昼。クルルが捕った魚を焼いて、骨までしゃぶっている時のことである。

 川っぺりでじぃっと水面を見ていたクルルが、目にも止まらぬ速さで前脚を振るうと、どっぷりと一目で分かるほど脂の乗った魚が一匹二匹三匹と。実に見事な腕前であった。

 そんな彼が賢吾の前に獲った魚を並べ、黄水晶の如き目で訴える。「焼け」と。

 クルルの要望に賢吾は魚を焼き、共に腹を満たしている時にふと思ったのだ。

 ──このまま川を下るとどこへ出るんだろう。

 一体何を言い出すのかと、グレーテルが呆れ気味に返事をした。

「海に決まっておろうに」

「そりゃぁ、普通はそうなんだろうけど……」

 賢吾からすれば異世界は普通では無いことばかりであるのだが。

「気になることでもあるのダーリン?」

 もしかするとだ。そんな、異世界人からの視点だとえるものがあるかもしれない。そう考えたグランマリアが聞き返す。

「んー、勘違いかもしれないけど。川の流れていくこっち側って、海の方じゃないんじゃないかなーって」

 賢吾は上流──島中心の山へと目を向けてから、その稜線に沿うように視線を這わせ、次に下流へと目を向けた。

 ……確かに。歩いてきた方角から逆算すれば、遭難した浜は背後にある。

 だが別に、川が蛇行していることなんて珍しくもないだろうし、なんなら近くに湖があって流れ込んでいるのかもしれない。そんな気になることだろうか?

「まぁいいじゃない。気になるなら行ってみればいいのよ」

 グランマリアが賢吾に賛を唱えたことで、三人と一匹はそのまま川に沿って下ることにした。

 道中、幾つか食料になる植物を見つけながら。猿型や狼型の魔物と遭遇しながら。

「なぁ、やっぱりおかしくないか?」

 密林の中を進むのに比べれば、川沿いの木々の密度は薄く見通しも良い。唯一心配ごとがあるとするなら、住処の方角が分からないことだろうか。

 それもクルルが居れば問題無いらしいが、自分で分からないというのは何とも不安なものだった。

「何がじゃ?」

「……川の流れが速くなってる」

「そういえば、そうね」

 普通、山の裾野から平野に向けて川の流れは緩やかになるものだ。

 だが今はどうだろう。下流に行くにつれ、むしろ流れが速まっているではないか。気付かぬ内に賢吾らは、登っていたのだろうか?

 確かに。川に辿り着くまで随分と見通しも足場も悪い中を進んできた。クルルの先導が無ければ、方角すらあやふやである。しかし、こうまでハッキリと分かるほどの坂を登ったつもりは、流石にない。

 ──彼らの疑念は程なく氷解する。

「クルル?」

「クルゥ……」

 先導していた白豹が、突如足を止めた。この先には行きたくないと謂わんばかりに。

「待って。……何か聞こえない?」

「ふむ?」

 グランマリアも倣って待てと言う。賢吾は耳を澄ませた。すると──ドドドと、腹に響く重低音が聞こえた。

 聞き覚えのある音だった。同時に「真逆まさか」という思いもあった。

 進みたがらないクルルの背を撫で、どうにか宥める。

 それからほんの少し、一行は川沿いを下ると、急に川が途切れたではないか。いや、途切れたのではない。

 賢吾は今まで以上に慎重を期して歩を進める。

「うおっ……! マジか……!」

「こりゃぁ、絶景じゃのぅ」

「……綺麗」

 密林の中、唐突に巨大なが現れた。そう、だ。

 重低音の正体は巨大な穴に川が流れ込み、滝となることで発生していた音だったのだ。

 賢吾はインターネットで、これと似たような穴を見たことがある。

「シンクホールか? これ」

「何じゃぁそれは」

 シンクホール──。地下水の枯渇や何らかの要因で、地下に空洞が出来てしまい、地盤が落下してしまう事で出来る穴の総称である。

「ほぅ、なるほどのぅ。そのような仕組みで出来るのじゃなぁ」

「ダ、ダーリン! 危ないわよっ⁉」

 知識欲を満たすグレーテル。一方、穴の淵に近付こうとする賢吾にグランマリアが悲鳴を上げた。

 分かっているとばかり賢吾は頷き、慎重に淵へと近付きいて、覗き込んだ。

「うへぇ……! ふっかっ……!」

 底がまるで見えない。深い。デカい。

 流れ込む滝は、賢吾らが辿ってきた一本だけではなかった。向かいの側にも二本、計三本の滝が、まるで底なしの闇に飛び込んでいるようで。

 そんな恐ろしい想像をしてしまい、賢吾はぶるりと震えた。恐怖を感じているのは、クルルも同じようだ。

「クルルゥ……」

「……戻ろうか」

「ほうじゃの。珍しいものを見たが、これ以上居ても他に収穫も無さそうじゃしの」

 賢吾が相棒たちに同意を求めるも、聖剣の方から返事が無い。

「……」

「グランマリア?」

「あっ! ううん、何でもないわダーリン!」

「……それ、何かある言い方だろ」

「ほんと、ほんとに気のせいだから! うん! 気にしないで!」

「まぁ、そこまで言うなら」

 賢吾は無理矢理に思考を打ち切った。グランマリアが口を割らないというなら、考えても仕方のないことだからだ。

 シンクホールの場所を大雑把ながら脳内地図に書き込み、賢吾らはその場を後にする。

「マサキの感じた違和感は正しかったの。じゃが、さして意味も無かったの」

「む。何かに有効活用出来るかもしれないだろ」

「ほう? 例えばどのようにじゃ? ちなみに妾はちっとも浮かばんがのぅ」

「ぐ、それは……」

「そんな事よりも、ほれ。折角の水場を見つけたのじゃ。出来るだけ持ち帰るぞっ」

「ちなみに魔法は──」

「むぅ、今回ばかりは仕方あるまい。お主の細腕じゃ、水瓶一杯も運べんじゃろうしのぅ」

 一々引っ掛かる言い方だが、賢吾は口をつぐんだ。下手に反論して魔法が使えなくなったからだからだ。

 賢吾は大きめのマスを作り、水をたっぷりと入れると枡を魔法で浮かせる。グレーテルからなるべく溢さないように集中しろと、有難い言葉を頂戴した。

 そうして賢吾は足場の悪い密林を、魔法を維持しひーこら言いながら住処へと帰った。

 帰りの道中、聖剣の口数が普段よりも少なかったのが、気掛かりと言えば気掛かりだった。

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