第17話

 傷一つない白い刀身。宝飾過多な柄。

 聖剣の名に相応しい体裁であるグランマリアを、グレーテルは知性ある武器インテリジェンス・ウェポンではないと言い出したではないか。

 余りに突飛な言動に、最初は売り言葉に買い言葉かと思ったが──思い直す。

 短いながらも濃い付き合いだ。グレーテルが無根拠に、そのようなことを言う性格ではないと賢吾も分かっていた。

 果たして、当のグランマリアは──。


「なななな何を言ってるのかしらこのオバほんはっ⁉ わ、私は? 正真正銘のインテリジェンシュぅ⁉ ウェポンだしぃ⁉」


 ……めっちゃキョドっていた。カミカミであった。怪しいことこの上ない。

「ね! 信じてダーリン! 私はただのインテリジェンス・ウェポンよね? ねっ⁉」

「いやぁ、今のグランマリアはちょっと……」

「ダーリン⁉」

 今更彼女を信頼していない訳ではないが、何かを隠しているのは明白であった。

 その何かを明らかにするまでは、とてもじゃないが首を縦に振る気にはなれない。

「どういうことなんだグレーテル」

「どうもこうも──」

「あ~、痛い~! 愛する人に信用されずに心が痛い~~~!」

 地べたの上、グランマリアは一人でに悲嘆に暮れている。

「……あの情けない姿を見いや。インテリジェンス・ウェポンというのはの、まず知性からえるのじゃ」

 ……グレーテルが何を言いたいのか分からない。

「当然じゃないのか?」

「まぁ話は最後まで聞けぃ。インテリジェンス・ウェポンは文字通り、なのじゃ。ではない。……んまぁ永い年月を経て神器へと至ったものは人間と遜色ない感情を持つがの」

「あ~死んじゃう~! 死んじゃうよぉ~! あ~、でもな~。愛する人がキスしてくれたらこの胸の痛みも治るんだけどな~! ……チラッチラッ」

 視線を感じる。熱く、粘っこい情欲の視線だ。

 というか何処にキスをしろと言うのだ。下手をすれば唇が二つに割れるぞコラ。

彼奴きゃつはこう言ったじゃろ。生まれたばかりとな。断言する。──有り得ん。生まれたばかりの知性ある武器インテリジェンス・ウェポンがあのように人の心のままを持っていることは、断じて有り得ん。まして愛を欲するなど。のぅ? そうじゃろう、グランマリアとやら?」

「ぷひゅ~? ぷひゅ~?」

 グレーテルが意味深にグランマリアの名を呼ぶ。

 話を振られ彼女は、吹けもしない口笛を吹く真似をしている。……こんな時だが、構造的に吹くことが出来ないのか、はたまた単にグランマリアが下手くそなだけなのか、気になった。いやほんと、どうでもいいな。

 言われてみれば、思い当たる事は幾つもある。

 彼女の言動はあまりに人間臭い。異世界人たる賢吾は「そういうもの」としか思っていなかったが、グレーテルの目には違う風に映っていたらしい。

「どういうことなんだ」

「えーと、そのー……」

 賢吾が詰問するとグランマリアは口篭った。

「ほ。やはり怪しいヤツよな。マサキや、それな仔細の分からぬモノなぞ信用するでない。お主が頼れるのはこの偉大なる大魔女グレーテル・グレイス・グレイル! 妾のみよ!」

 グレグレなんちゃらと叫ぶ魔導書を見、「あぁそんな長ったらしい名前だったな」と賢吾は数日前の記憶が掘り起こされた。いや、これもどうでもいいな。

「グランマリア」

「ううっ、ダーリン……」

 少女特有の、甲高い甘い声。それが今や涙声になっている。

 ──だが剣である。潤んだ瞳も、悲しげな表情も無い。

 ……だが一個の人格があると、出会った当初と違い賢吾はソレを認めてしまっていた。

「どうなんだグランマリア」

「そ、それは、そのぉ……」

「ほ~れほれほれ。やっぱりのぅ? 初めっから怪しいと思ってたんじゃぁ~」

「アンタは黙っててよ‼」

 ここぞとばかりにグランマリアを煽り、自分の有用性をアピールするグレーテル。

「俺にも、話せないことなのか?」

「うっ」

 賢吾が悲しげに目を伏せると、グランマリアは遂に観念したようにゆっくりと口を開いた。

「その~。事情を話すとなりますと、……私の恥を話すことになりまして。……笑わない?」

「ぶひゃひゃひゃひゃ!」

「まだ何も話して無いでしょ!」

 茶々を入れるグレーテルは放っておくとして。

 グランマリアは聖剣に至るまでの話を、ぽつりと話始めた。


 ◇◇◇


 異世界人のダーリンには、う~ん、どこから話したらいいのかしら。

 まずこの世界には創世神たる女神様をあがめる宗教──聖教会っていうのがあってね。

 ……ちょっとオバほん! 女神様を馬鹿にしないでよね!

 こほん。それで私は聖教会そこで聖女として育てられてたんだけど──。


「ほう、聖女とな。これはまた。思ったよりも大物の名前が出てきたわい」

「聖女?」

「……続けるわね」


 聖女っていうのは、世が乱れた時に現れる勇者様に仕える戦巫女のことなんだけど。当然、誰にでもなれる者じゃないわ。

 聖女足り得る才能を持つ子女が、厳しい修行を経て、ようやく聖女を名乗れるようになるんだけど。

 ん? ……えぇ、そうね。正確に言えば私は聖女ではなく聖女候補と言ったところね。

 候補の中でも、私は特に優秀だったわ。このままいけば聖女は確実──だから! 一々茶々を入れないでよね‼ 嘘じゃない! 他のと比べても、私は一つも二つも抜きん出てたんだから! ね、ダーリンは信じてくれるでしょ♥

 ……えぇ!? ダーリンまで!? そんなぁ~……。

 うぅ、どこまで話したかしら。そうそう、聖女だけど、ほぼ私に確定しているってところね。

 私は何の疑いもなく研鑽に励んでいたわ。いつか現れる勇者様にこの身を捧げる為に。

 ……でもね。十五歳の夜、私は出会ってしまったの。


 ◇◇◇


 そう言葉を区切り、グランマリアは暫し黙った。

 日はすっかり落ちきり風がひゅるりと冷たさを運んでくる為、場所を部屋の中へと移した。

 薄暗い部屋の中、グランマリアの言葉を待つ。

 そういえば、と。賢吾は今更己が空腹に気付いた。だが、このシリアスな空気の中、とてもじゃないが主張出来る雰囲気ではなかった。

「……何と、出会ったんだ?」

 空腹を忘れる為に賢吾が先を促す。するとそれを待っていたかのように、グランマリアが答えた。

「本当の聖書よ」

「ほぅ」

 ……本当の聖書とは。字面に不穏さが漂う。

「まさか聖教会の聖女がのぅ、真なる歴史に目覚めるとは。いや、感心感心。お主のことを侮っておったわぃ」

「……」

 そうだろうか? グレーテルは、聖教会の教えに疑義を抱いたグランマリアにしきりに感心しているが、今までの彼女の言動からして聖教会への、ひいては女神への信仰を捨てているようにはとても思えない。

 改めて、賢吾は問う。

「本当の聖書って?」

 恐ろしい質問だと、賢吾は思った。だが、グランマリアは聞かれるのを待っているかのようで、聞かざるを得ない。

 賢吾の予想は当たる。一拍置いて、グランマリアは厳かに口を開いた。

「えぇそうよダーリン。私は出会ってしまったのよっ。……真なる性書に‼」




 ──────は???

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