第16話

 落ち葉の山が五つと狼の死体の山が一つ。

 ……少し調子に乗りすぎたかもしれない。冷静になって思えば、魔法で空を飛ぶなど、なんの保険も取らずにやるべきではない事だった。途中で魔力切れを起こしていたら、当然墜落していたろう。

 ぶるり、賢吾は己が身体を掻き抱いた。

 ……反省は大事だがいつまでも後悔と引き摺っていてはいけない。

 賢吾は次なる作業に移る。

 本来であれば、今日はフォレストウルフの運搬で潰れる筈だったのだが、賢吾の機転のおかげで(せいで?)もう終わってしまった。

「む、どうするつもりじゃ?」

「いや、葉っぱを部屋に入れちゃおうかなと」

 賢吾の前に先程運搬に使った板がふよふよと浮いている。”根源魔法”の扱いも、大分慣れて来たのではないか? ふふふ……。

 十分な血抜きをしてきたおかげだろう。それほど汚れてはいないが、死体を運んだ後にそのまま使うのは気が引けた。軽く水洗いをしようとして呪文を唱える。

「”水よ──”」

「あっ! この阿呆ぅ!」

「ダーリン大丈夫!?」

 瞬間、賢吾は意識が遠ざかり膝をついた。

「全く、何をするかまず妾らに相談せんかっ。二つの”根源魔法”を行使するにはまだまだ修練が足りんわい!」

「ぐ、ぬ……!」

 調子に乗っていたことを見抜かれ賢吾は歯噛みする。

「第一、まだ部屋の中は端材があるじゃろう。そちを外に出すのが先じゃろうて」

「……魔法を使うのは」

「もちろんっ、ダメよダーリン♥ 少しでも身体を動かして鍛えなきゃ、ねっ」

 そう言われて、賢吾は部屋の隅、山積みになった端材に目を向ける。

 狼に比べれば一つの重さは大した事はない。だがその数は──。

「はぁ、分かった。やればいいんだろやれば」

 ついさっき、魔法の失敗という醜態を見せたばかりだ。

 賢吾は二人の言葉を受け入れ、溜め息と共に作業へ移った。


 ◇◇◇


「こうして見ると、日が落ちるのは早いなぁ」

 えっさほいさ。端材を外へと運び出すため、賢吾が中と外とを行き来していると、気付けば太陽は大分だいぶん傾いていた。

 元が大樹の枝葉で日が遮られ気味なのだ。暗くなるのは、あっという間だった。

「何を。当然じゃろうに。人は日の出と共に起き、日の入と共に寝る。古来からの慣わしじゃろうて」

「古来って、ププ。今は魔石ランプっていう便利な道具があるんですー。これだからカビの生えたオバほんは」

「だっ──だだだ誰がオバ本じゃぁ!? 大体、魔石ランプなぞ高価な品は特権階級が独占しておろうに! 広く、多く使われるようになって初めてその真価が──」

「はいはい。はー、年を取ると説教臭くてヤになるわねー」

「なんじゃとぅ⁉」

 最早二人の口論も定番である。賢吾は止める労力と聞き流す労力とを比べ、後者を取った。

 ワーワー。ギャーギャー。

 さかなとするには風情に欠けるが、ふと賢吾は空を見上げる。

 紫と茜のグラデーションの空に、今や月が我が物顔で居座っていた。

 大きな月だ。青い月だ。地球のものとは違う、異世界の月だ。

「どうしたのダーリン……?」

 そんな彼の様子をグランマリアが気遣う。

「あぁ。思えば遠くに来たなぁって」

 無人島に遭難したのだ。賢吾の感想は当然だろうが、どうも違う意味に聞こえた。

 尚もグランマリアは問う。

「ダーリンの故郷ってどんなところなの? 聞かせてくれないかしら」

「そうだな──」

 そう言えばグランマリアには話していなかったっけか。

 グレーテルに話したところ妄言だと捨てられてしまった為、改めて説明する気が起きなかったのも事実だ。

 だが、一応の生活基盤が出来たことで余裕を取り戻した賢吾は話すのも悪くないと、思った。


「──それじゃぁダーリンはこことは別の世界の人なの?」

 賢吾は故郷の、家族の、学校の、世界の話をした。

 いつも口を開きっぱなしのグランマリアは、意外も意外。随分な聞き上手でもあった。

 決して話を遮るような真似はせず、かと言って無反応ではなく、絶妙な相槌を打つもので賢吾もつい話に熱が入ってしまった。

「まーだお主はそのような事を」

 話には参加していなかったグレーテルが呆れ気味に口を開く。

 そんな彼女に負けず劣らず、グランマリアが呆れ口調で反論した。

「あら、どうして? むしろ私は納得したわよ」

「なんじゃと?」

「だって考えてもみなさいよ。ダーリンの色白な肌とひ弱な肉体。どこか偉いところの生まれかと思えば、あまりにも世間知らず過ぎるわ。かと言って教養が無いわけじゃないもの。これがダーリンの言う、平和な異世界の話なら辻褄が合うわ」

「色白……。ひ弱……」

 賢吾がひっそりとダメージを負っているのを置いて、グランマリアは続ける。

「むしろ私はどうしてアンタが疑っているのか分からないわね。魔女とは知識に貪欲なんじゃないの?」

「それは──」

 グレーテルは少し躊躇いがちに口を開く。

「お主は解らんのかも知れんがの。世界広しと言えど時空間に干渉する術は一つも無いのじゃ。よいか? 人という種が生まれて万年、ただの一度もじゃ。それを差し置いて世界間渡航じゃと? 夢物語を越えて眉唾じゃて」

 知識の深いグレーテルだからこそ、異世界転移がどれだけないことか解るのだろう。

 逆に賢吾なんかは、そういった創作物が世にれている為に意外とすんなり受け入れることが出来た。

「は。魔女らしからぬ弱気ね。未知のことは嬉々として調べる印象だったけど。やっぱり年老いると固定観念に囚われるのかしら」

 グランマリアはありありと馬鹿にした風に笑った。

 聖剣グランマリアの攻撃的な発言に賢吾は不穏を感じて止めに入ろうとした。

 ──が、一足遅かった。

「そういう貴様は──」

 魔女の矜持が傷付けられたか。グレーテルの、底冷えするような声を発した。

 一度そこで区切り言葉を呑み込むんだかと思えば、我慢しきれずにグレーテルは口にした。

「そういう貴様こそ、何物なんじゃ? 貴様、ただの知性ある武器インテリジェンス・ウェポンでは無かろう?」

「え?」

 思ってもみない、グレーテルの台詞が飛び出した。

 ついと、賢吾の視線が聖剣へと向いた。

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