第15話
「こりゃ! 集中が途切れておるぞ‼」
「ぐ、ぐぐ……!」
賢吾は手を前に突き出し、一つの思考を強く念じている。
すると彼の眼前に、周囲の落ち葉が集まり山を築いている。”根源魔法”的に言うなら”葉よ、集え”と言ったところか。
グランマリアに肉体を貸して、賢吾は己が体内に流れる魔力を自覚するに至った。
感覚的には腹の奥から、ほんのりと熱を持ったものが血流と共に全身を駆け巡っているイメージか。
賢吾は
「ふむん、
その事をグレーテルへと伝えた時の返事である。
「確かにの。丹田、じゃったか? 既存の知識と擦り合わせることによってイメージの把握はし易くなるかもしれんがの。”根源魔法”の本質からは遠のいてしまうぞ?」
疑問符を浮かべる賢吾にグレーテルは続ける。
「言ったろう。”根源魔法”とは真名を以て事象を操る術じゃ。お主の言う丹田も、人の付けた呼称に過ぎん。もう一度言うぞ? それは真名を理解するに掛け離れる行為じゃ。……今後魔法を学ぶ時はなるべく、そいった事は意識せんことじゃな。一度紐付いてしまった知識や常識を捨てるのは生半ではないからの。あいや、すまん。妾が初めに言うておくべきじゃったわ」
珍しくもグレーテルが素直に謝る。
相手が素直な対応に出ると、さすがの賢吾も言うことを聞こうという気持ちが芽生える。
思えばグレーテルもグランマリアも、一癖も二癖もある性格をしている。そんなんだから賢吾もつい素直に彼女らの言葉に耳を傾ける事が出来なかったのだが。
……もしグレーテルらにそのような事を伝えたら「マサキも十分変人じゃぞ」と言われること間違いないないが。
さて──。
無事、魔力を知覚出来るようになった賢吾は次のステップ──魔力の制御へと移っている。これについては実践あるのみであった。
だが初日の
そこで賢吾らが勘案したのが落ち葉集めであった。
住環境を整えるとなって、重要なのは何だろうか? 賢吾は食事と睡眠の二つだと思った。
食事は言わずもがな
ではこの落ち葉集めは、睡眠の質の改善の為であった。
昨晩、正体不明の獣と遭遇した賢吾は碌すっぽ寝られなかった。そのせいもあるだろうが、今朝方は全身がバキバキに強張っていた。
疲労を取るどころか溜めてしまっては意味が無い。フカフカのベッド、とは程遠いが賢吾は落ち葉のベッドを作ることを決意した。
(昔の人は凄いよなぁ……)
見たこともない過去の人々に思い馳せ、知らず賢吾は尊敬の念が浮かぶ。
「こりゃ! また意識が途切れておるぞ!」
「──っとと」
吊り下げたバッグの中からグレーテルの叱責が飛び、賢吾は慌てて意識を目の前へ戻す。
不思議な光景である。風も無いのに落ち葉が自分の前にさわさわと集まってくる様子は。
落ち葉一枚一枚が一人でに──そう、まるで意思持つ生物のように集まり山となるのだから。
地味だが、”根源魔法”の凄さを文字通り見せつけられた気分である。
「──ふむ。こんなもんじゃろ」
そうして五つの落ち葉の山が築かれたところでグレーテルが「止め」と発した。
「ふぅ~……。結構大変だなぁ」
「阿呆ぅ。大変の一言で済んでるだけ上出来じゃわい。やはり魔力量だけは大したものじゃ」
「おっ。それって俺に才能があるってことか?」
「……」
「何故黙る」
(……言うたら絶対調子に乗るじゃろうてお主は)
結局、賢吾の才能の有無についてはグレーテルは口を開かなかった。
代わりに「すごいダーリン!」「ダーリンさっすがぁ♥」「あっ、ダーリンの真剣な横顔、格好良すぎ♥ 私、濡れちゃう……♥」と修行の最中でさえグランマリアの口は閉じること無かった。
全く、
◇◇◇
「午後は浜に戻るんだっけか」
日が中天に差し掛かろうという頃。賢吾の腹が空腹を訴える頃でもあった。
彼は昨日の道中に取っておいた貴重な果実の一つをしゃくりと、皮のまま食べながら尋ねる。
「うむ。狼どもの死体も回収せにゃならんしの」
海水に付けてからほぼ丸一日である。血抜きの時間としは十分──どころか、こう陽気がいいと腐敗が進んでしまう。急いで回収する必要があった。
「おい性剣! お主の出番じゃぞ!」
「もうっ! なんでアンタに指図されないといけないわけ!?」
「頼むグランマリア」
「任せてダーリン♥」
「……態度違い過ぎじゃろ流石に」
浜へと引き返すにあたり、賢吾の肉体をグランマリアへ委ねる。
現在習得しようとしている”身体強化”は、何も無上限に能力を強化出来るほどべんりなものではない。元の身体能力を、精々倍にする程度の魔法である。
そう、元のである。
そもそもの能力の低い賢吾では”身体強化”をしても雀の涙である。それを理由に鍛えない選択肢は無いが、身体を鍛えるよりも早く、有用なものがあった。
身体操作、身体操術──つまりは身体の使い方である。
人間、思ったよりも自分の身体をきちんと認識出来ていないものだ。出来ているとあれば、タンスの角に小指はぶつけない。
その点、グランマリアは身体の使い方が上手かった。少なくとも、賢吾よりは。
賢吾は俯瞰の視点で、来た道を倍以上の速度で戻る
意思に反して自分の身体が動く違和感は今も慣れないが、それ以上に自分の
手運び足捌き。無駄の少ない体捌き。
少年は悔しさを胸に、グランマリアの技術を必死に盗もうとした。
「この辺りだったはず──あ、あれね」
そうしてグランマリアは密林を抜け、あっという間に浜へと辿り着いた。思わず「こんなに近かったのか」と錯覚してしまう。
グランマリアは周囲を見やり、すぐに目的のモノを見つける。この広い砂浜で、船の亡骸はすこぶる目立つ。
そうしてフォレストウルフを回収しようとして、問題が発覚した。
──デカいのだ。重いのだ。
おそらく、一頭あたり三〇~五〇キロはあるだろう。
当然、一度の往復で全ては持ちきれないし、どころか一頭を運ぶだけでも重労働である。考えるだけで気が滅入る。
──だがしかし! こちらには魔法という、素晴らしい超常の力があるのだ!
「グレーテル。フォレストウルフの真名を教えてくれ」
「それがじゃのぅ、そのぅ……」
肉体の支配権を取り戻した賢吾が勝ちを確信しながらグレーテルへ聞くと、彼女はかつて無いほどに甘い、媚びた声を上げたではないか。
「此奴らは比較的新しい種族での? 妾、真名知らんのじゃ。……てへっ」
「なん、だと……」
賢吾の考えていた「”根源魔法”で運んじゃおう」作戦は脆くも崩れ去って──いや、待てよ?
「ひゃっほぉぉぉぅ‼」
「なんとまぁ、
「ダ、ダーリン? 発想は凄いと思うけど、横着は良くないなーって、私思うな~……?」
何? 聞こえんなぁ!?
グレーテルどころか、賢吾ラブ勢のグランマリアもどことなく避難めいている。
当初賢吾はフォレストウルフを直接運ぼうと考えていたが、残念なことに彼らの真名が解らないと言うではないか。
──なら真名の分かるもので運んでしまえばいいのでは?
賢吾は近くの木を一枚の板に加工すると、ソレに狼の死体を載せ、あろうことか自分まで乗った。
そうして一言、「”木よ、浮け”」と命じる。
するとどうなる。空飛ぶ絨毯ならぬ、空飛ぶ板の完成である。
そうして高度を上げた賢吾は、面倒な密林もショートカットして一路家を目指す。
発想の勝利であった。
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