第14話

 賢吾を鍛えることは急務である。

 だが同時に、住環境の整備も手を抜けない。

 以上のことを限られた時間で効率良く行うとなれば「並行して行う」という結論に達するのは当然の帰結と言えよう。

「お主には”身体強化”を使えるようになってもらう」

「ほほう」

 ──”身体強化”。

 異世界らしいワードに賢吾の厨二心が躍る。

「──の前にじゃが、お主にはまず自分の魔力を知覚して貰う必要があるのぅ」

「ほうほう」

「……ま、これが中々の難事なのじゃがな」

 付け足す様にボソリとグレーテルが言った。

「魔力というものはの、誰しも生まれながら持っているものよ。じゃがのぅ、生まれた時からあるが故に有るのが当然と思って感じにくいのじゃ」

 有って当然のものを、改めて知覚する。

 成る程、グレーテルが難事という理由が分かった。

「どうするんだ? 瞑想でもするのか?」

「む、確かにの。自己を見つめ直すのも悪くないが、今回は悠長なことを言っておられん。幸いにしてお主にはコレがいるからの」

「ちょっと! コレ呼ばわりしないで!」

「……グランマリア?」

 魔法の修行でどうして彼女が出てくるのだろう。

「なに、簡単なことじゃよ。此奴にマサキの身体を操ってもらい、体内の魔力を操作してもらう。お主はその感覚を覚えれば良いのじゃ」

「……なんかズルくない?」

 成る程、と思う一方で「そんなんアリか」と小狡こずるさに納得しきれない部分が賢吾にはあった。

「それにグランマリアに身体を貸すのはちょっと」

「ダーリン! しゃくだけど、この魔女の言う通り時間がもったいないわ! 大丈夫! 痛くしない、痛くしないから!」

「前科があるからなぁ……」

「先っちょだけ! 先っちょだけだから!」

「何の先っちょなんだよ」

 アレか? 剣先か? だとしたら大変なことになるぞ?

 尚も賢吾は渋る。効率面で考えるなら幾ら有効と言えど、グランマリアに肉体を貸すのは、前回の悪夢が脳裏をぎる。

「なぁグレーテル。お前さんご自慢の”根源魔法プリミティブ・マジック”でちょちょいとどうにかならないのか?」

「無論出来るがの。肝心のお前さんの真名が分からんことにはどうしようもないのぅ」

「……俺の名前では無いんだよな?」

「当たり前じゃっ。マサキ・ケンゴというのはお前さんの父母が付けた名前に過ぎん。真名とは、誰もが生まれた時から持っている魂の名前じゃ」

 そこまで聞いてはたと賢吾は一つの疑問が湧いた。

「ん? それじゃぁ今習おうとしている”身体強化”は何なんだ? ”根源魔法”じゃないのか?」

「はぁ……。”身体強化”は”元素魔法”の一種じゃ。お主の真名が分からんからの、一般的な方法に頼るしかないのじゃ」

 そんなことも知らないのかと、グレーテルは見せつけるように溜め息を吐いた。

「その為に、ほれ、まずは魔力の感知からじゃ。修練あるのみよ」

「そうよダーリン! 修行修行よ! ぐふふ♥」

 二対一である。数の優位は彼女らにあり、理屈としての正しさも向こうにある。反対するのは、己の感情に依るもので。

「……あぁ、もう分かったよ!」

 賢吾は半ば自棄やけになって叫んだ。


 ◇◇◇


 今、賢吾の視界には己が意思とは無関係に動くがあった。グランマリアに肉体を貸した為、精神が幽体離脱状態になっているのだ。 

 その彼女はというと、肩や首を回して具合を確かめている。そして僅かに戸惑った風に口を開いた。

「ダーリン。その~、言いづらいんだけど、ね?」

 自分の声というのは、普段自分で話しているのと聞くとでは大分だいぶん違う。それは骨導音か気導音──骨を伝わって聞くか、空気を伝わって聞くか──の違いなのだが、妙に聞こえるのは変わりない。

 それが口調まで違うのだ。賢吾の違和感たるや、察してあまりある。もっと言えばその所作も、節々から女性らしさが滲み出ていたりする。

 せめて言葉遣いだけでも止めて貰いたいものだが、そも今の賢吾にはモノを伝える術が無い。

 グランマリアが態々わざわざ「言いづらい」と前置くぐらいだ。一体何を言われるのか、賢吾はひっそりと身構える。

「──んんと、もうちょっと。……鍛えよう?」

(……ん?)

 ややあってグランマリアの口にした内容は、賢吾の思ってもみない事だった。

 彼はてっきり昨日の、不本意にも二度も見せることになった己のモノについて──げふんげふん! 兎角、どのような口撃こうげきが来てもと構えていたのだから、これは肩透かしであった。

 いや、賢吾の油断は尚早というものである。続くグランマリアの言葉に、彼は大きなダメージを受けたのだから。

「フォレストウルフと戦った時も感じたんだけど、この身体、ちょっと運動不足じゃないかなーって」

 尚もグランマリアは遠慮がちに語っていたのだが、そこをグレーテルがバッサリと切った。

「えぇいじれったいのぅ! 要するにじゃ、お主の能力はヘナチョコじゃと言いたいのじゃ!」

(ぐっはあ⁉)

 精神体だからだろうか。グレーテルの言葉のナイフが賢吾の心を容赦なく抉った。

 そして賢吾からの反撃が無いのを良いことに、グレーテルは止まらない。

「大体、なんじゃぁこの腕は。全く日に焼けておらぬ! どこのお嬢様じゃお主はっ」

 グサグサ──!

「ほほっ! 見ぃや、この肉の付いた腹を! お主ぐらいの年ごろの男子なるは家業を手伝ったり冒険者を志したり、このような腹になる暇なぞ無い筈じゃがのぅ~? 全く、贅肉よ贅肉!」

 グサグサグサ──!

「ちょ、ちょっと何てこと言うのよ! ぷにぷにしてて可愛いじゃない! ダーリン⁉ 私はどんなダーリンでも愛してるからねっ‼」

 グサグサグサグサ──!

(グ、グランマリア……。ありがたいが、そいつはフォローになっていない、ぞ……)

 グランマリアの擁護は遠回しな──直接的な?──肯定に他ならなかった。

 更に言えば、女口調の自分を見るだけでもしんどいのに、その内容が「自分で自分をぷにぷにして可愛い」である。傍から見れば自己弁護以外の何者でもない。実に痛い。

 こうして賢吾は実際の修行に入る前に精神に多大なダメージを受けた。

 ……見方によっては、これも一種の精神修行と言えるだろう。

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