第12話

「これどうするかなぁ」

 部屋の隅、賢吾の目の前には大量の、大樹をくり抜いたことで出た端材が積み上げられていた。

 掘ることを優先した為に不揃いで、細かい端材になってしまった。

 精々が薪にしか使え無さそうな大きさだが、生きた木から切り出したせいでまだ多くの水分を含んでおり薪にも適していない。

「ま、乾かすしかないの」

「……そうだよな。やっぱそれしかないか」

 だが、それをするのも明日か。

 空は赤焼け、空気も僅かに冷たさを孕んできた。今から作業をするには遅い時間だ。

 賢吾は端材を隅に寄せ、寝るスペースを確保し、ふと思った。

「なぁグレーテル。魔法でちゃっちゃと乾燥させるのって出来ないのか?」

「当然出来るぞ」

「あ、出来るんだ」

 グレーテルの色よい返事に、賢吾の声も少しだけ弾む。

「当たり前じゃ。妾が教えた魔法は”根源魔法プリミティブ・マジック”と言っての。何でも出来るんじゃぞ! なーんでもじゃ‼」

 ふふんと、自信満々に答えるグレーテル。

「本当かグランマリア?」

「おぉい!? 何故そこで信じないのじゃ!?」

 いや、確認って大事じゃん?

「本当よダーリン。コイツ、実力だけは確かだから」

「”根源魔法”って?」

「えぇい! 妾にも説明させんか!」

 グランマリアとの会話にグレーテルが割って入ってくる。

「そも魔法とは何ぞや、という話じゃが。魔法とはこの世の理に反し干渉する術理のことを言うのじゃ」

 そうして嬉々と、彼女は語り始めた。

 ……長くなりそうだぞ。

「では世の理とは何ぞという話になるがの、この世は物理という法則に縛られておる。火の無いところに煙は立たず、水は高きから低きに流る。物事には必ず因果関係が備わっておる」

「あぁ、それなら。俺の世界ではよく研究されていたよ」

 とんでも理論が飛び出すかと思いきや、思いのほか地に足が付いた説明が始まった。賢吾が思ったよりも、もしかするとこの世界も科学技術が進んでいるのかもしれない。

(……ダーリンの世界?)

 グランマリアは賢吾の物言いに引っ掛かるものを覚えたが、グレーテルのマシンガンの如き魔法講義に聞くタイミングを逃してしまった。

「お主はまだそのような妄想を──いやいや、今は魔法じゃったな。魔法にも幾つかの種類がある。広く一般的に用いられる”元素魔法”。精霊から力を借りる”精霊魔法”や一部の民族が使つこうておる”紋様もんよう術”もそうじゃな」

「あら。”神聖魔法”を忘れられちゃ困るわ」

「……ふん。突然神に選ばれた者のみしか使えぬ、理論も体系も無いものなぞ欠陥品も同然よ」

「なんですって⁉」

「あー、それで? プリンなんちゃらはどうなのさ」

 ともすれば一冊と一本すぐ相手に食って掛かる。

 口論が本格的になる前に賢吾は割って入った。

「”根源魔法プリミティブ・マジック”じゃっ。……今では遺失魔法ロスト・マジックなぞと呼ばれて使い手もほとんどおらんがの」

 少し、グレーテルの声音に寂しげな色が混ざる。

 黙して賢吾は耳を傾ける。

「この世界に存在するものは皆真名まなを持っておる。石や木、火や水などの呼称は人間がそうと呼んでいるだけに過ぎん。”根源魔法”はそのものに在る真名を謳うことでそのもの自身に干渉し操る魔法じゃ」

「あー……、例えばだが『木よ、曲がれ』って言えばその通りに木が曲がったりするとか?」

「おぉっ! そうじゃそうじゃ。中々飲み込みが早いのぅ!」

「マジか……」

 グレーテルの言う通りなら、確かに”根源魔法”は何でも出来る魔法であろう。

「こんな便利なもの、何で廃れたんだ?」

「んむ。故にな、使用者には莫大な魔力と精神力が求められるのよ。幸いにしてマサキは魔力量だけは豊富じゃからのぅ。後は精神を鍛え制御出来るようになればあっという間に一人前じゃて」

 微妙に答えになっていない返答が返ってきたが──いや。グレーテルは膨大な魔力と言ったではないか。この世界の歴史などまるで知らないが、昔と比べて今の人類は魔力が少ないのかもしれない。有り得る話である。

「鍛えるって──」

「それはもう、実践あるのみよ! ぐふ、やれ何をやらせようかのぅ?」

「……お手柔らかに頼むよ」

「何を寝ぼけたことを! ビシバシいくに決まっておろうに!」

 グレーテルがイキイキと修行の内容に思いを馳せる。日頃の恨みを晴らそうとの魂胆が見え見えであった。

 賢吾が拒絶の意を示そうものなら、その重要性、必要性をこんこんと説いてくるのは目に見えている。

 まぁ、それくらいは自業自得と受け入れるしかあるまい。

 ふと、会話に一区切りが付き沈黙が舞い降りた。 

「くぁ……」

「あら。可愛いアクビ♥」

 意図せず欠伸あくびが出、その瞬間一気に疲労を自覚する賢吾。

 日もすっかり落ちきり、夜空の下であれば月明りと星明りでそれなりに明るいのだが、大樹の部屋は真っ暗闇であった。

 唯一、吹き曝しの玄関から僅かな光が差し込むも、精々が輪郭をぼんやりと把握出来る程度で、何をするにも足りない。

「……ぼちぼち寝るか」

「んむ、はよや。やることは山積みじゃぞ」

「おやすみなさいダーリン♥」

 おやすみ、とグランマリアに応えてから「彼女らは寝るのだろうか? そも睡眠を必要とするのだろうか?」と下らぬ疑問が脳裏に浮かんだが、すぐに睡魔に流された。

 そうして賢吾は硬い木の床に寝そべ──らず、すぐに上体を起こした。

「ダーリン?」

「ちょっと出てくる」

「え? 一人じゃ危ないわよ。」

「あ、いや……」

 賢吾が一人、外へ出ようとするとグランマリアの忠言が飛んできた。

 尤もであるのだが、賢吾が答えづらそうにしていると、察したグレーテルが心底呆れた声を上げた。

「かァーっ! じゃのぅお主。男がこう言う時はあれに決まっておろうに、デリカシーの無い!」

 そう、指摘を受けて賢吾の用向きを察したグランマリアが「あっ」と高い声を上げる。

「そ、そうよねダーリン。配慮が足らなくてごめんなさいっ」

「……すぐ戻るから」

 賢吾は赤くなった顔を見られないようにそそくさと部屋を出た。

 玄関を出てすぐに身を隠し、右を見、左を見、もう一度右を見た。随分な警戒ようである。島に誰もいないというのに。

 そうして賢吾はゴソゴソと、自分のイチモツを取り出して木の根本に向かって──。

「……ふぃ~」

 最早我慢する必要はない。存分に欲望を開放した。

 思えば遭難してから一度も用を足していなかった。だのに賢吾の腸も膀胱も限界を訴えなかったのは、ひとえに物を口にしていなかったからだ。

 今日、久々に貝を食べ、木の実と果実を口にし、ひとまずの住居を得たという安心感を経てようやく、賢吾のモノは尿意を訴えたという訳だ。


 じょぼじょぼじょぼぼ──。


 ──失礼。あまり綺麗な表現では無かった。

 しゃらんららんらと、大分だいぶん長い用であった。

「ふぅ~……」

 ぶるり。全身を震わせて、賢吾は何気なく横を見──。


 ──何者かと目が合った。

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