第11話

「なんと?」

 グレーテルに真顔(?)で聞き返され賢吾は恥ずかしくなった。

「のぅ? 今なんと言ったのじゃ?」

 賢吾が聞こえないフリをしていると、尚もグレーテルはしつこく食い下がって──いや、これ分かって聞いてきてるな。ちくせう。

 彼女に表情があったなら、きっとおもっくそニヤニヤしているに違いない。

「何よアンタ聞こえなかったの? ふふーん、私はばっちし聞こえたわ! これも愛のなせる技ねっ♥ たしか、ここをキャンプ地とする──だっけ?」

 みぎゃああぁぁぁぁ────っ!? 復唱すなあぁあぁぁ────!?

 滑ったネタを一つ一つ丁寧に説明される芸人のような恥ずかしさに襲われる。

「どうしたマサキや? 耳まで赤いぞ、んん?」

「……ほっとけ」

 恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、この性悪魔導書は喜ぶだろう。

 賢吾は努めて平静を装うも、目聡めざとい彼女が見逃すはずもなく、散々からかわれる羽目になった。


 ◇◇◇


「してマサキや。先の意味はどういうことじゃ?」

「まだ言うか……」

 ゆらりと、賢吾の指先がバッグの中のグレーテルへと伸びる。

 装丁に指が触れたあたりで不穏さを感じ取ったのだろう、グレーテルが慌てて言葉を続けた。

「ち、違うのじゃ!? そのっ、キャンプ地にするとは、ここを拠点にするのかどうか聞いただけじゃぁ!」

 あぁ──。まっとうな疑問だったらしい。

「……ふぅ。やれ軽口も叩けんとはの」

「お前がからかうからだろ」

 賢吾としては正論で反論したつもりだが、異を唱えたのはグランマリアであった。

「でもダーリン? 魔女の言うことも一理あるわよ。ダーリンは友達にからかわれたくらいで、すぐ暴力に訴えるの? 良くないと思うわ」

「む──」

 そう言われると。賢吾は口をへの字に押し黙った。

 横で「わ、私はどんなダーリンでも受け入れるけどっ。キャッ♥ 言っちゃった」と悶ている聖剣は放置する。

 当然、友人相手にそのようなことはしない。家族にも、赤の他人にだってそうだ。

 今の賢吾がすぐ荒っぽい手段をしてしまうのは余裕が無いことと、喋るとはいえ所詮本と剣。彼女らを一個の人格として見ていないからだろう。

 指摘され、初めて自覚した。

「そ、そうじゃぁ! 大体の、マサキは妾の価値を分かっておらんっ。じゃからそんなぞんざいに扱うのじゃぁ‼」

 我が意を得たりとグレーテルが激しく主張する。だが、異世界人たる賢吾には今一つ彼女らの価値が解りかねていた。珍しいんだろうなー、ぐらいは思っているが。

 賢吾は敢えて、本人ではなく未だ妄想にトリップ中のグランマリアに聞いた。

魔導書グレーテルってどのくらいの価値があるの?」

「ダーリン止めて! 私にならいくら暴力を振るってもいいから子供だけは──え? 魔導書コイツの価値? ……そうね。んー、小国一つ買えるぐらいかしら」

「……へ?」

 一体グランマリアから自分はどんな風に見えているのか。

 一言文句を言ってやろうとするも、続く言葉に耳を疑った。

「事実、過去にはコイツを巡って国が争ったわ。結果、地図からは一つの国が消えたのだけど」

「……マジ?」

「ふふ~ん! どうじゃどうじゃぁ~? 今更ながらお主が何者を相手にしたか分かったかのぅ!? んん!? 今謝るのなら数々の無礼も水に流してあ゛ぁ~~~!?」

「ふんっ」

 グレーテルの装丁に指を掛け、破こうとするをする。あくまでフリでするつもりは無いのだが、さんざ海水に浸かってヨレヨレになった彼女は容易く破けてしまいそうだった。

 ……あとで一度、本格的に修復してやらんと。

「わ、妾が悪かった! 悪かったから許してっ、許してたもれっ!? じゃから、じゃから破くのだけは堪忍じゃぁ‼」

「うわぁ~……」

 グレーテルのあまりにも必死過ぎる命乞いに侮蔑とも同情とも取れる声を上げるグランマリア。

「うぅ、ひぐっ! ぐっす……。妾……、国崩しの魔導書じゃのに……。万年を生きる伝説じゃのに……」

「……さ、さすがにちょっと同情するわね」

 無機物同士なんらかのシンパシーを感じたのか、珍しくグランマリアがグレーテル寄りの発言をする。

 ……あーもー! 話が進まない!


「──だからな? この大樹をくり抜いて中に住もうかと思ったんだよ」

「ふむん。森人エルフ式住居かぇ。悪くないんじゃないかの」

 ぐずるグレーテルをなだめ、賢吾は自分の考えを披露した。

 賢吾は当初、住まいを一から建てるつもりであった。

 グランマリアのおかげで伐採は容易い。だが切り出した木材の運搬は、当然人力に頼るしかない。

 人力──つまり賢吾自身である。

 何度も言うが、賢吾は平均的な男子高生である。ムキムキマッチョマンではない。

 そんな彼がえっちらおっちら、木材を運ぶのは多大な労力を要する。

 もう少し現実的に骨組みを枝、壁や屋根を葉で覆う形式も考えたのだが。

 彼の手には木なぞ容易く切り裂く聖剣グランマリアがある。

 だったら、ビルの如き大樹をくり抜いてしまえば良いではないか。そう、大樹を目にし考えついたのだ。

 早速賢吾は作業に取り掛かった。

「よっと」

 するりと、何の抵抗も無く刀身が大樹に吸い込まれる。相変わらず凄まじい斬れ味だ。

 そうして賢吾は、始めに扉の形にくり抜こうとして──。

「どうしたのダーリン?」

「あ、いや。裏側はどう斬ればいいんだろうって」

 賢吾はサンドボックスの火付け役である某ゲームを思い出し、正方形に木材をくり抜こうとしていた。

 しかしいざくり抜くにあたり、賢吾側の面を表とした場合、裏側に剣を入れられないことに気付いた。

「阿呆かや。斜めに剣を入れればよかろうて」

「あ、そうか」

 正方形にこだわる必要は無いのだ。

 グレーテルの助言に従い、賢吾はグランマリアを振るう。

(いや、ほんと凄いな)

 もうサクサクである。某ゲームの最序盤は素手で木を、石をコツコツ地道に叩く必要があったが、今の気分はさながらダイヤ装備──否、それ以上である。

 あっという間に玄関部を掘り、更に日が暮れる前に部屋一つ分の大きさの空洞まで掘れてしまった。

 改めて、グランマリアのチートっぷりを感じた賢吾であった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る