第10話
六頭のフォレストウルフは無事血抜きを終えた。首を落とし腸を抜き、波に流されぬよう難破船のマストに使われていたロープとしっかりと括り付ける。
その後、彼らに食い荒らされた仏様に、……
「ナンマンダブ、ナンマンダブ──」
「なんじゃそれは? 呪文かぇ?」
せめて彼らの旅路が良きものであるようにと、賢吾が手を擦り合わせているとグレーテルが興味を持った。
「うちのとこの習慣だよ。亡くなった人の冥福を祈る言葉だけど、詳しくは知らん」
「あら素敵。
「来世、ね……」
「……ハッ」
グランマリアの言葉に賢吾は空を見上げた。蒼穹へと吸い込まれるように煙は、延々と続いているよう見える。
来世があるかどうかは、それこそ死んだ者にしか解らないだろうが、自分なんぞが異世界転移をしたのだ。だったらきっと、生まれ変わりもあるに違いない。その先で是非幸せになって貰いたいものだ。
反してグレーテルはどことなく不機嫌である。グランマリアが「神様」と発したあたりからだった気がするが、おそらく、かつて魔女だった彼女には思うところがあるのだろう。
──さて。
無人島生活二日目──正確には三日目だが、その内一日はずっと意識を失っていたのでカウントしないでおく──にしては随分と濃い時間を過ごした。
喋る魔導書と出会い魔法で失神し、喋る聖剣と出会い魔物と戦い──。
ようやくして賢吾らは、密林に
だがその前に準備である。
現在の賢吾の装備は『布の服(ぼろい!)』『
グレーテルとグランマリアという望外の秘宝を持っているものの、彼女らを持ち運ぶのに常に両手が塞がっている。これは頂けない。
賢吾は漂着者の遺品の中から一つ、良さげなバッグを頂戴した。
茶色い革の肩下げタイプの、グレーテルがびったりと入るバッグだ。彼女を入れたらほとんどスペースが埋まるため他のものを入れるのは難しそうだが、これ以上に良いものは無かった。
「……なんじゃ地味じゃのぅ。もそっとこう、
「文句言うなって。あるだけマシだろ」
尚もグレーテルは食い下がる。その理由が、なんとも意外であった。
「ぐむむむ……! じゃったら性剣のヤツだけずるいじゃろ! マサキに手ずから持って貰ってからに!」
「あーら、ごめんなさいねぇ~? 愛し合う二人はいつも一緒なのよ。ね、ダーリン♥」
煽る聖剣。ゴネる魔導書。
「イヤじゃ~! イ~ヤ~じゃ~ぁ~‼ こんなの、妾だけ道具扱いではないかっ! 妾も、妾も持ってたも! じゃなければ
「ちょっと! どさくさ紛れに捨てさせようとしないでよ!」
ワーワー! ギャーギャー!
二人の騒がしいやり取りを、賢吾は止めずにぼんやり眺める。
日本での日々、テレビやネットで
だが、目の前の光景は違う。賢吾に、まざまざと死を実感させるに十分であった。
──もしかしなくても彼らは、明日の自分の姿かもしれない。
そんな未来への不安と彼らの無念が、賢吾の心に影を落としていた。
だから、グレーテルとグランマリアの喧騒が、今はこんなにも心地良い。
……全く、しんみりする暇も、ありゃしない。
◇◇◇
「おほほほほっ♥」
「ぐむむ……!」
あれからもずっと「イヤじゃイヤじゃ!」とゴネていたグレーテルであったが、他に解決策も無くバッグの中に収まっている。そのため若干声が
鞘の一つでもあれば両者穏便に済んだのだろうが、あったとしても果たしてグランマリアを腰に
密林を散策するにあたり彼女は非常に役立つ。
深い草木の掻き分けにも使えるし、邪魔な枝を払うのにも使える。
それに、
「……して、どうするんじゃ? 何か探す当てでもあるのかえ?」
私不機嫌です──それを隠すことない声音でグレーテルが問う。
「とりあえずはやっぱ水場かな。真水は欲しいよ」
川でも溜め池でも、何でもいい。
真水は飲用以外にも料理や洗濯など幅広い用途に必要だ。魔法で出せるからと言っても、今の未熟な賢吾では
「だったら浜を見て回ったほうが良かったんじゃないの? どこかには河口があるでしょ?」
グランマリアの最もな提案に、賢吾は首を振る。
浜の両端はどちらも次第、岩浜を経て切り立った崖に成っていたからだ。崖自体は起伏も多く、無茶すれば登れたかもしれないが、それで大怪我をしては目も当てられない。
「ま、地道に探すしか無いの」
その通りだ。
賢吾はグレーテルの言葉に同意するように力強く密林を進んだ。
ザクザクと。しばし邪魔な草木を打ち払いながら進む。迷う心配は無かった。
グランマリアを振るいながら進んでいるおかげだろう。自分らが通った跡は、草木が駆られた痕がハッキリと残っているからだ。
「しっかしスゴいよな……」
「ダーリン? どうしたの」
求める成果の得られぬ道中、不意に賢吾が口を開いた。
「ああ、いや。俺たちは今水を求めて彷徨ってるだろ? ここに生えてる木とかはさ、こんな水が無さそうな場所でこんだけ立派に育ってるのに、今更ながら関心したんだよ」
賢吾は近くの木に手を置く。どれもこれも、彼が両腕を回しても届かないほどに幹が太い。現代日本ならこれだけで一財産築けるだろうに。
「ふむ。それはそういう生態じゃからとしか言えんのぅ」
地下に根差した根で水を吸い上げ、広げた葉からも大気中のわずかな水分を
雨ニモマケズ風ニモマケズとはこういう事だろうか。
「代わりにこやつらはその場を動けん。対しては妾らは自由にどこまでも行ける。それでええじゃろて」
確かに、と。賢吾はそれ以上は考えず、再び足を動かし始めた。
道々幾つかの食べられる植物を見つけた。「あれは食べられる」「これは毒である」と、ここでも二人の異世界人の知識は非常に役立った。
中でも林檎に似た果実は甘く、非常に瑞々しく。
まさか無人島で甘味を得られるとは──。
今は余計な手荷物を増やす訳にはいかない。賢吾は二つほど拝借して、それら貴重な食料らを後々取って来られるよう、木々に目印となる傷を付けておいた。
更に深く踏み入り暫し。三人は比較的開けた空間に出た。
「これは──」
「なんとまぁ」
「わっ。……すっごい」
──目の前に他とは比較にならぬほどの巨木が現れた。
複雑に張り出した根は塀のようで。辺りが開けていた理由、は巨木の傘の如く拡がった枝葉が
そのせいで昼間ながら薄暗く、葉の隙間から注ぐ幾つもの太陽光線が一層神秘さを醸し出している。
その勇壮な光景を見て、賢吾の唇は自然と動いた。
「ここをキャンプ地とする!」
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