第9話

「あ~ん! ダーリン許して~‼」

 賢吾の貞操と引き換えに、フォレストウルフは無事撃退され──いや無事かコレ?

 そして元凶たる性剣は布で簀巻きの状態にされていた。

 視界が塞がれ息苦しいのか、グランマリアはしきりに許しを請うてきた。

「びええぇぇぇぇ~~~! 暗いよ寂しいよおぉぉぉ~~~‼」

「どうやってもうるさい奴じゃのぅ」

「……」

 心底鬱陶しそうなグレーテル。まるで自分に非は無いかのように言うが、しれっと手の平を返したのを忘れていないからな?

 賢吾の恨みがましい視線を感じ、グレーテルは慌てて話題を変えた。

「そ、それでどうするマサキや⁉ 思いも掛けず肉が手に入ったぞ! もそっと喜んだりしたらどうじゃ、んん!?」

 数々の恐怖の──屈辱の──経験が思い出され、グレーテルは必死であった。

 賢吾は一度大きく溜め息をき、気持ちを切り替える。

「そうだな。その点は、やっぱ嬉しいよ。でもその前にまずは血抜きだな」

「ほぅ?」

「びえぇぇぇ~~~‼ ダーリン、ごべんなざい゛~~~‼」

 賢吾は漫画などで得た知識を披露する。

「なんでも血抜きをしないと肉が不味くなるんだって」

「ほむ。して、どうするんじゃ?」

 狩猟に関する知識は無いのだろう。珍しくグレーテルが手順を問うてくる。

「んー、俺も詳しい訳じゃないけどさ。まず首を落として水に浸けて──だったと思うけど」

 正確には腐り易いはらわたを抜く作業も必要なのだが。半端な知識ではさもありなん。

 ……さて。首を落とすと決まれば、必要なのは刃物だ。

 賢吾の視線が布でぐるぐる巻きのグランマリアへ向いた。

「はっ⁉ 分かったわダーリン! これもダーリンの愛なのね! 大丈夫よ! 私、ダーリンのどんな性癖だって受け止めて見せるから、ハァハァ……♥」

「「……」」

 変態は強い──。賢吾とグレーテルはつくづく思った。


 ◇◇◇

 

「そうよダーリン、とっても上手……んっ♥」

「……なぁグランマリア」

「そう、そこよそこっ♥ もっと強く押し込んでっ♥」

「──グランマリア」

「ああぁぁっ! いいっ♥ すごくいいわよダー────あびゃあぁぁぁあっ⁉」

 言葉の途中で、グランマリアは宙を舞った。その先は、言わずもがな海である。

 小さな水飛沫みずしぶきを立てて彼女は浅瀬に突き立った。

「あばばばば⁉ さ、錆びるうぅぅぅ~~~! だだだダーリン! さすがにコレは激し過ぎかもぉ~~~‼」

「もうわらわだけでいいんじゃなかろうか?」

 最早呆れを通り越して達観の域に入ったグレーテルの意見に一瞬同意し掛けるも、賢吾は只々深い溜め息を吐いた。

 ──背に腹は代えられない。

 フォレストウルフの首を落とすに当たり賢吾はグランマリアを解放した。

 意外にも彼女は獣の解体のすべを知っており、そういうことならと、彼女に指示を仰ぎ解体していたのだが……。

 賢吾がグランマリアで狼を解体する度に嬌声(?)を発するのだから堪ったものではない。

 その上それが妙に艶っぽいのだから。少女らしい甲高く、所謂いわゆる甘ロリ声とでも言うのか。

 賢吾の理性と我慢は限界に達し、遂に海へと投げ捨てたのだが。

「はぁ……。グランマリア」

「あ、ダーリン……」

 浅瀬をぢゃぶぢゃぶ掻き分け、剣を手に取る。

 グランマリアの斬れ味は何者にも代え難い。性格に難が──非常に、この上なく、難はあるが、聖剣を十全に使いこなすには彼女に肉体を任せる他無いのが現状である。

 結局、この無人島で、三人はどこまでいっても運命共同体なのだ。

「ごめんなさい……。ダーリンに使って貰えるのが嬉しくて、つい」

「う……」

 彼女も反省したのか、今度の解体は最低限の指示だけに留めていた。

 最低限の会話が飛び交う、比較的静かな時間が訪れる。いい機会だと判断した賢吾は、思っていた疑問をぶち撒けた。

「……なぁ、グランマリア」

「ん? 何かしらダーリン」

「その、俺なんかのどこがいいんだ?」

 賢吾がグランマリアに信頼を寄せ切れないのは、何も彼女のポンコツ具合だけが理由ではない。どうして自分に、こうまで真っ直ぐ好意を抱いているのか解らないからだ。

 グレーテルはあわよくば自分を利用しようとする狡猾さがある。だがそれは自らに利益を誘導しようとする、ある意味では分かりやすい思考だ。

 ──だがグランマリアは違う。

 自分に見捨てられたら、という恐怖で従っているのではない。むしろ無償とも呼べる愛を以て自分に尽くそうとしている。

 その理由が分からず、戸惑いからどうしても賢吾はグランマリアを信じ切ることが出来なかった。

 やれ、なんとも童貞──こほん、思春期男子らしい軟弱さである。

 そんな賢吾の心情を知ってか知らずか、しかしてグランマリアは自信満々に答えた。

「──全部よ」

「は?」

 聞き間違いであろう。

「なんて?」

「全部よダーリン。アナタの全部が好き」

 己が耳を疑い聞き返した賢吾に、グランマリアはハッキリと言い切った。その思いっきりの良さに、賢吾は言葉を失う。

 ──だってそんな事があろうか?

 うちの母だってやれ「父さんの足が臭い」だの「オナラが臭い」だの「もー全身臭い」だの事あるごとに文句を言っている。

 一緒になった相手にだってそうなのだ。何故今日出会ったばかりの自分に、そうまで好意を断言出来るのだ?

「……ねぇダーリン。人が人を好きになるのに、大層な理由が必要かしら?」

 いやお前さんは剣だろう──喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。茶化す雰囲気ではない。

 尚も納得していなさそうな賢吾に、グランマリアは続けて答えた。

「顔が好きよ。声も好きよ。性格だって──私を見捨てられないお人好しな部分とか、必死に前向に足掻こうとする姿勢とか。全部全部大好きよ」

「なっ、う……、ぐぅ……!」

 真っ直ぐな──どこまでも真っ直ぐな好意であった。

 賢吾の人生の中で、ここまでおっぴろげた好意を向けられたことは、かつて無い。

 グレーテルが「ヵァ──ッ! クッサ‼」と喚いているが、今は耳にも入らず。

 グランマリアはふふと笑う。

「あと、そうね。──私に好かれている理由が解らなくて、どぎまぎしているダーリンはとっても可愛いわ。フフ♥」

「……勘弁してくれ」

 賢吾は顔を背ける。

「そういう初心うぶなところも好きよダーリン♥」

「ヵァ──! めたくそおっもい剣じゃのぅお主」

「そういうアンタは尻軽よね。すぐに所有者を使い潰して取っ替え引っ替え」

「ぐ、ぬぅ……!」

 この件に関しては分の悪いグレーテルは押し黙った。

 グランマリアは最早魔導書を無視し、賢吾に語り掛ける。

「それでも──そうね。ダーリンがどうしても私の愛を信じられないって言うなら、……今は命を救ってくれたお礼だと思っていて頂戴」

「……分かった」

 それなら、愛だ何だと言われるよりは受け入れられる。

 賢吾が不承不承頷いたのを見ると、グランマリアはご機嫌にくすと笑った。

「好きよダーリン。アナタのことは、私が守るからっ♥」

「だからっ! そういうのはっ──はぁ。好きにしろよ……」

「えぇ! 好きにするわ!」

 思いもかけず、グランマリアという人物(?)の人となりの一部を深く知ってしまった。

 なんとも人間臭い聖剣である。

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