第7話
一人と一冊と一本は、引き続き岩浜を散策していた。
賢吾の魚貝類が見つかるかも、という意見に二人が同意した為だ。
「おっ」
程なくして岩にへばりつくようにしている貝を見つけた。
「ふんむ、ロックシェルかや。よう見つけたのぅ」
岩とほとんど見た目の変わらないソレはロックシェルというらしい。見事に周囲と同化しており、遠目では絶対に見つけられないだろう。
極限状態の賢吾が、目を皿にしていたが故に見落とさなかったのだ。
「食べられるのか?」賢吾がそう、聞こうとする前にグランマリアが悲鳴にも似た声を上げた。
「えぇっ⁉ ロックシェルって、もっと白くてプリっとしてるじゃないっ!」
「なんじゃ。どこのお嬢さんじゃお主は」
……どうやら食べられるらしい。
しかしグレーテルは実物を見たことが無いのか、目の前の、ソレが記憶の中のロックシェルと結びつかないようだった。
「し、仕方ないじゃない! 私は生まれたばかりのインテリジェンス・ウェポンなんだし? 知らないのもある意味当然だし?」
「インテリジェンス・ウェポン?」
聞き慣れない単語に賢吾が聞き返す。答えたのはグレーテルであった。
「インテリジェンス・ウェポン──知恵ある武器のことじゃ。長い年月を経た道具は時たま知性を持つ、それがインテリジェンス・ウェポンじゃ」
「ふぅん。グレーテルもそうなのか?」
「
「そそそそうよダーリン! 心外だわっ」
二人から怒られ賢吾はしょげた。
「しっかし……、インテリジェンス・ウェポン、のぅ?」
グレーテルは含み有り気に呟きは、波の音に搔き消される程に小さい。だが、意識の尖っている賢吾はソレに気付いた。しかし聞き出そうと思うほどの関心は覚えなかった為スルーした。
「それじゃぁ頼りに出来るのはグレーテルの知識だけそうだな」
「そんなぁ~……」
「くふふ! もっと存分に
二者の明暗がハッキリと分かれた瞬間である。
「あぁ。頼りにしてるよ」
「う、うむ。……なんじゃ調子が狂うのぅ」
素直にこられるとそれはそれで。
グレーテルの中で「生意気なガキ」から「手の掛かる小僧」にクラスアップした。
「さて。どうやって採るかだが──」
「はいはいはい! 任せてダーリン!」
いいとこ無しのグランマリアが食い気味に叫ぶ。
……まぁ、賢吾とて彼女を使うつもりだったからいいのだが。
グランマリアと出会ってからと言うもの彼女の印象は、その、……悪いとは言わずとも決して良くもない。
「ふふん! こんな岩、ちょちょいのちょいよっ!」
自称「すっごい聖剣」は鼻息荒くやる気満々である。剣に鼻があるかも疑問だが──ていうかこのツッコミも大概しつこいな。
賢吾はグランマリアをロックシェルと岩の隙間に挟もうとして──。
「は?」
「どうっ⁉ どうよダーリン! 見直した? ねぇ見直したでしょムフフ♥」
スルリと。グランマリアの刀身がバターの如く岩を切り裂いたではないか。
恐るべき切れ味である。今更賢吾は先の、グランマリアの刀身を拭っていた自分を思い出し顔を青くした。あの時の自分はなんて無警戒だったのだと。
「どうよクソ魔女! 私の活躍は!」
「むむむ……!」
天狗になったグランマリアはそのままグレーテルを
これには流石のグレーテルも驚きだったのか、唸る他ないように見えた──が、そこは性悪魔導書である。
「ふ、ふむ。切れ味はまぁ認めざるを得んの。……じゃが! 岩ごと斬ってどうする? そのままじゃ身が取り出せんぞ?」
「あっ⁉」
そうなのだ。グランマリアの鋭さときたら舌を巻くレベルだが、そのせいで岩ごと切り取られたロックシェルはがっちりと岩にへばり付いたままだ。
どころか身の危険を感じたが、岩を外そうにもびくともしない。
「ぐぬぬ!」
悔し気に呻るグランマリアであったが、今の賢吾からすれば些細なことであった。
賢吾は気にせずロックシェルを岩ごと両断した。岩をも楽々切り裂くグランマリアだからこそ出来る芸当である。
「おぉっ!」
断面から白い宝石の如き身が覗く。目にした瞬間、賢吾の咥内は唾液が溢れた。
「ふふん!」
「むむむ……!」
攻守が簡単に入れ替わる二人である。
どうにもグレーテルとグランマリアは魔女だ聖教会だの前に相性が悪いようだ。
そんなグレーテルがマウントを取られっぱなしのままで、ある筈がない。
「ほれマサキや! 今度は妾の番じゃろうて!」
せっつくグレーテル。それが意味する所は「魔法で火をつけろ」という事なのだろうが──。
「「あっ⁉」」
魔導書と聖剣は揃って声を上げた。
賢吾がなんとロックシェルを生で食したからだ。止める間もない。
「こ、こりゃマサキ! ペッとせい! ペッ、じゃっ!」
「だ、ダーリン! お腹壊しちゃうよっ⁉」
二人の制止も聞こえていないようで。
賢吾は一方の断面の身を
ふと頬に冷たい感触を覚えた。
──涙である。
思えば異世界に来てから心休まることなど、
素材の味を活かした──などと言えば聞こえは良いが正直、碌に調理も味付けもされていない、正しく自然そのものの味である。
何が琴線に触れたか分からぬが、賢吾の双眸からは止めどもなく涙が溢れていた。
「うぅ……。美味い、美味いよぉ」
「「えぇ~……」」
思わずといった風に賢吾の口から歓喜が零れるも、生食の文化が無い二人からしたらドン引きであった。泣いているのだから尚更だ。
(……ねぇ。これ大丈夫なの?)
(ん、む……。まぁ最悪魔法で解毒すれば、の……)
ひそひそと。無機物二人が自分の心配をしているなど露知らず。賢吾は一心不乱に貝を食していた。
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