第6話
「さささ錆びちゃう錆びちゃう錆びちゃう! ダーリン! もっと隅々まで激しく拭いて!」
「ふぅ、ふぅ……。何故に
賢吾は仕方なく助けを求める二人を回収し、魔法で火を起こすと──失神を挟み──二人を乾燥させた。
グレーテルは焚火の側に放置し、グランマリアについては表面の塩水を布で拭いてやった。時折「あっ♥」と艶っぽい声を上げるのが中々にウザい。
……この布の正体が遺体から剥いだ服だと知ったら、彼女はどんな反応をするだろうか。きっと碌なことにならないだろう。賢吾は悪戯心を抑え、ほとんど無心で刀身を拭っていた。
「ダーリン、どうしてこんな奴を庇うの……? ハッ! まさかダーリンは既に魔女の手先に⁉ この外道! ダーリンを解放しなさいっ!」
またぞろグランマリアが騒ぎ始めた。しかもその内容が意味不明である。
しかしグレーテルは解っているようで、小馬鹿にした様子である。
「は! 妾がその気なら小僧はとっくに廃人よ。それすらも分からんとはのぅ、やはりポンコツな聖剣よな」
「誰が! こう見えて私、すっごいんだからね!」
「はいはい、そこまでにしとけって」
「「……」」
グレーテルとグランマリア──魔導書と聖剣の第二ラウンドの火ぶたが切って落とされそうになり、賢吾がやんわりと仲裁に入る。尚も二人は不服そうであった。……多分。
幸いにして彼女らに手足は無い。暴力沙汰にまでは発展しないが、代わりに唯一出来る
「んでだ、グレーテルさんや。何か聞き捨てならない単語が聞こえたんだが? 廃人てどういう事だよ」
今にも食って掛かりそうな二人の矛先を反らす意味合いもあったが、賢吾はグレーテルを問い詰める。彼女は気まずげで、言葉もハッキリとしない。
「そ、それはじゃのぅ? そのー、じゃな? ご誤解しないで欲しいんじゃが──」
「ダーリン! そいつは所有者の精神を操っては
「あ゛──っ⁉ な、何てことを言うんじゃお主‼」
その答えをグランマリアが気炎を上げて発した。
賢吾がじっとりとした視線がガビガビの本を貫くとグレーテルは慌てて弁明した。
「た、確かにの? 確かにのぅそういう事はしてきた! じゃがマサキには一切そういう事はしておらんぞ⁉ ほんとにほんとじゃからっ‼」
必死であった。かつての大魔女の威厳の欠片もない。
それもそうか。魔導書に魂を移してまで延命を図ったグレーテルである。命の危機に関してはそれはもう、人一倍敏感なのだ。
もし、グレーテルが人の形を取っていたら顔中汗塗れだったに違いない。
「その証拠に、ほれ、左手の甲を見てみぃ⁉ 主従契約の印が浮かんでおるじゃろぅ?」
「ん?」
言われて賢吾は気付いた。己が手の甲に、見たことの無い
「え、嘘────うわ、本当だわ……」
グランマリアにも見えたのだろう。
一体何の魔法陣なのか、賢吾には分からぬがグランマリアの反応からして、その主従契約とやらなのは間違いなさそうだ。
グレーテルは調子
「ふふ~ん! じゃから妾が幾ら賢吾を害したいと思っても出来ないんじゃ!」
「え? 俺のことそう思ってたの?」
グレーテルは失言に気付き慌てて矛先を変えた。
「そ、それよりもじゃな? お主じゃお主! お主こそマサキの腕を勝手に操っておったじろぅ⁉」
──言われてみれば確かに。
今度はジロリと、グランマリアを睨んだ。
「あ、あれは緊急の措置よ! 聖教会の怨敵たる魔女の、その始祖の一人が目の前にいれば誰だってそうするわよ!」
どうやら立場が逆転したようだ。グランマリアは露骨に狼狽した。
「ほ! それで自らの行いを正当化かや? 所有者を操って? 見苦しいのぅ。一体どの口が悪書などと
「ぐぬぬぬぬぬ!」
グレーテルは鬼の首を獲ったかのように攻め立てる。グランマリアの思惑はさておき、事実であるが故に言い返せないでいた。
……いい加減益体のない争いに賢吾は介入した。
「どうでもいいが、今重要なのはそんな事じゃないだろ」
「どうでもいいとはなんじゃマサキ!」
「そうよダーリン! 魔女は人間にとって不倶戴天の敵よ! 中でもコイツは──」
「──どうでもいいんだよ」
「「っ」」
グランマリアの言葉を遮った賢吾は、明らかな怒気を放っていた。
彼の、今までとはまるで違う雰囲気に二人は息を呑む。
「いいか? 異世界人の俺からすれば魔女も聖教会とやらも、関係無い。興味無いんだよ。そんな事よりも今大事なのは、どう生き残るか。それだけだろう? 違うか?」
「「……」」
もしやかすると双方には根深い確執があり、ともすれば見敵必殺せねばならない深刻な理由があるのかもしれない。
だが無人島で、生きるか死ぬかの瀬戸際の賢吾からすれば、下らないことこの上なかった。
「二人だって嫌だろ? 俺が死んだら、どこにも行けず、ただ朽ちるのを待つだけだぞ。その間の話し相手は、お互いだけだ」
「それは……。……
「……えぇ、同感ね。悔しい事に」
二人の関心を最も引いたのが、二人きりになるという箇所だとは。どんだけ嫌なんだ。
「……まぁ偉そうなことを言ったが、俺自身は何の力もないガキで。生き延びる為には二人の協力が不可欠なんだ。だからどうか、俺に力を貸してくれないか」
そう締め括り、賢吾は頭を下げた。
そうだ。彼女らが賢吾が居ないと朽ちるのを待つ身だとすれば、賢吾とて彼女らが居なければ変哲のない男子高生に過ぎないのだ。
グレーテルの魔法。
グランマリアの剣。
何より、賢吾の持ち得ない
「……ま、既に契約を結んでしまった身じゃからの。仕方ないから助けてやるわい。発情聖剣だけでは頼りないからの」
「ダーリン! 私はそこの性悪魔導書と違って最初からダーリンの力になるつもりだったわよ! ……その、ダーリンが望むなら力だけじゃなくて身体も、なんつってキャアキャアッ♥」
「なんじゃとぅ⁉」
「なによっ⁉」
「──おい」
「「はい、すいません(ごめんなさい)!」」
極限状態とは斯くも人を
二人の謝罪は早かった。賢吾の、ドスの効き加減からして、本当に捨てられかねないと判断したからだ。
「さささ散策を続けようかのぉ⁉」
「そそそうねっ! そうしましょう⁉」
こんな時だけは息ぴったりなんだな、と。賢吾は深く溜め息を吐いた。
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