第54話 スキルボードは嗤う

「あ~ぁ、今日も遅くなっちゃうなぁ……」


 実体のない石板に殴りかかっても仕方がない、スキルボードに当たっても何も意味がないと気づいた俺は再び樹に背を預け満天の星を見上る。そしてもさもさとカロリーバーをパクつきながら呟いた。


 呟いている間に増していく感情はスキルボードの理不尽から来る憤りではなく、広大なダンジョン内でポツンと一人携帯食を貪っていることから来る寂しさであった。

 一心不乱に怪物たちの首を切り落として、叩き潰し終わり、スキルボードに対して当たった後に訪れた何もない時間のせいでふと気づいてしまったのだ。


 ここ一週間と少し、ダンジョン狂いになっているため家に帰るときは毎回23時を回っている。なので当然、夜の食卓を家族とともに囲うことはない。

 奈美の優しさで家に帰ったらすぐにレンチンして食べられるようにとラップされた晩御飯が冷蔵庫の中に入っているため、美味しい晩御飯を食べることは出来るが、やはり一人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいし、何より楽しい。


 現在の時刻は19時過ぎ。ノルマのことを考えるとあと4時間弱くらいはダンジョン内にいるだろう。いくら家が『渋谷』から近いと言っても23時を過ぎるのは確実だ。ダンジョンでも家でもボッチ飯である。


「はぁ…」


 モテたいと望み、そのために行動を起こしているのは自分自身なので「何を今更」感しかないがやはりもの悲しさを感じてしまうんだ。それくらいは許してほしい。


 誰に許しを求めているかだって?

 スキルボードに決まってるだろ。


 スキルボードには意思があると俺は思っている。意志とは俺を強くしよう、そして煩悩の根源モテ街道から遠ざけ脱線させようとするノルマのことだ。

 寂しさ、孤独感といったマイナスの感情は人を弱くする。スキルボードとしては不必要な要素なはず。自分の弱さを知ることが良いことだなんて強者の戯言に過ぎない。弱者の弱さはただの弱点だ。

 だから俺が寂しいよ~寂しい!温かい食卓を!何卒~!と願い、あるいは弱い自分を許してほしいと思えば、スキルボードが何とかしてくれるかもしれない。


 (まるで、の〇太とドラ〇もんの関係だな。ドラ〇もんにしてはスパルタが過ぎると思うけど…)


「ん?そう考えると今回のノルマ報酬はスキルボードなりの配慮なのか?」


 独り言多いなぁと思いながら役目を終えたカロリーバーの袋を腰の入れ物にしまい石板を見る。



 <【召喚獣】のスキルボード>

 ――――――――――――――――――――

 右上:木登りをする 

    0/100回

 右下:全力で遠吠えをする(屋外で) 

    0/100回

 左下:高所から飛び降りる 

    0/100回

 左上:小鬼頭ホブ・ゴブリンを倒す 

    0/100体


 報酬:

 ・スキルボード【????????】

 ・召喚獣選択権【?】【?】【?】

 ――――――――――――――――――――


「…なわけないか。何考えてんだ俺…」


 一瞬でもスキルボードに感謝しそうになってしまった自分を諫めてから、ノルマについて考察する。


 相も変わらずふざけたノルマであるが、報酬はとても魅力的であった。

 孤独感を覚えてしまっている俺にとっては願ってもない報酬―――『召喚獣ペット』。

『アニマルセラピー』という言葉があるように、動物ペットには人々の心を癒す力がある。

 ダンジョンの中で召喚獣ペットと一緒に火を囲み食事をする。

 あぁ、なんて楽しそうなんだろう。いや楽しいに違いない。


 が、楽しいことばかりではない。『何故ならそれがスキルボードだから』…名言だろ。

 小鬼頭討伐は一旦置いておいて木登り、遠吠え、飛び降りること各100回は筋トレとも泥団子作りとも100連続一撃討伐ともまた違う異常性を感じるんだ。


「木登りってどれくらいの木をどれくらい登れば1カウントされるんだ?遠吠えは雄叫びと違うのか?高所ってどれくらいの高さなんだ?それに屋外って……」


 また異常性だけでなく文字が示す意味の範囲も広い。


「あぁ…考えても仕方ないな…取り合えず検証するしかない、か…」


 俺はスクショしておいた『渋谷』14層のマップに目を通してから、武器の点検、持ち物の確認等を済ませその場を離れる。


 目指す先はもちろん草原と比べて小鬼頭が多くいて尚且つ背丈の高い木々もたくさんあり、大声出奇行しても他の冒険者に気づかれなさそうな森の中だ。

 

「ギャギャッ!」

「っし、今日中に終わらせるか!―――そいっ!」

 ボガンッ!「ギ―――」


 景気づけに一発、小鬼の頭を吹き飛ばしてから急ぎ足で先ほどまでいた森の方へと俺は向かう。



 ◇◇◇



 少しして―――。


「ギャギャッ!」

「キィーーー!」

「アッアッアッ!」

「―――ああ!うっとおしい!」

 ボガッ「グフ―――」バゴンッ「グホ―――」


 四方八方、怪物たちの鳴き声が飛び交い、月明かりが僅かに差し込み木々のシルエットが不気味に浮かび上がる森の中。昼間、夕方よりも大胆にそこら中動き回る小鬼頭達を俺は一匹ずつ丁寧に頭を潰し、仕留めていく。


 夜になるとダンジョン内に生きる一定数の怪物たちは活性化する。俗にいう夜行性怪物と呼ばれる怪物たちだ。

 実は小鬼や小鬼頭といった小鬼種も夜行性だったりする。だから奴らは日中よりも大胆なのだ。お陰様で討伐のノルマが早く終わりそうである。


 一番時間がかかると思っていたノルマが思いのほか早く終わりそうだ―――。


 最初は思ったよ。夜の森超効率いいじゃんって。でもすぐに問題発覚。


「……木に登れるわけないじゃん…」


 そう、肝心の木登りノルマが熟せないという問題だ。


「木に登ってる間は来ないでくれる?頼むよ―――な?」

「「グフグフ!」」

「……聞くわけないか…そいっ、ほっ」

 ドゴッ「ギャ―――」ガッ「グ―――」


 俺が木を登ろうとするたびに来るわ来るわ。こいつらが俺のハートを射止めようと群がってくる女の子たちであればどれだけ良かったことか。

 だが悲しきかな、こいつらは俺の命を射止め刈り取るべく背中を狙ってくる。木に登るための時間を与えてくれない。


 何故こうなると予期することが出来なかったのだろう。少し考えれば誰しもが気付けることなのに。


「今日は100体討伐ノルマだけにしようかな。他のノルマは明日の昼に……できないから夜のうちに熟そうって考えたんだっけ…」


 100体討伐以外のノルマは全て他の人に見られれば間違いなく変人認定される代物。予期するも何もそもそも選択肢がなかったのだ。


 全く嬉しくない疑問解決に自然と顔が歪む。


 だがしかし、選択肢がないからといって思考放棄するのは如何なものか。もしかしたらやりようによっては選択肢が残されているかもしれない。


 例えば、登る木を果実がなっている気にするとか。でもってそこから飛び降りる際は見せびらかすように両手一杯に果実を持つことであくまでも自分は採取しているように見せたりとか―――。


「なんだ…あるじゃん選択肢っ!」

 ボガッ「グフ―――」ドンッ「ギャ―――」


 俺は先ほどまでとは一転。少し表情を明るくしながら昼間、夕方よりも元気が良く尚且つ統率が取れている小鬼種の相手をする。


 現在、俺の頭を悩ませているスキルボードのノルマは『木登り』『遠吠え(屋外)』『飛び降り』の三つ。

 でもそのうち『木登り』『飛び降り』の二つは昼間でも出来る気がしてきた。ただひたすらに木に登り、飛び降りるところをあくまでも『採取』という形をとることで『圧倒的変人』という評価を『たまにいる変な人』くらいに出来るかもしれないからだ。


(…て考えると、安全地帯で大小さまざまな木々が植生している第一層が最適かな?)


 冒険者登録をした日にダンジョン第一層で『ここ第一層で薬草採取や木の実狩りをする冒険者を見つけたらそれは生活に困窮している崖っぷち冒険者ですのであまり関わらない方が良いかと……』と桜子さんに言われたから、やる際には一度相談した方がいいかもしれない。

 ただ、他の低階層にも森林地帯はあるので昼間にやるとしたら二層~十層になるだろう。第一層は夜の前の準最終手段だな。


「―――次」

「グフッ!」

「「「ギャギャッ!!」」」

(【土属性魔法】―――発射)

 ヒュンッ――グサッグサッ「「ギャッ」」

(【土属性魔法】―――【投擲】)

 ビュンッ――グサッ「ギャッ」


 目の前の敵を屠ること、<召喚獣のスキルボード>のノルマについての考察。この二つ以外にもやるべきことはたくさんある。

 が、今は目の前の二つに集中したい。


(―――【渾身の一撃】)

「そいっ!」

 バキャンッ!!「グ―――」


【土属性魔法】での牽制、【土属性魔法】と【投擲】の併用、獲得したばかりのスキル、【渾身の一撃】の使用感。

 朝陽さんに報告するため一度試すだけ試し、そしてすぐに身体や脳のキャパを効率的に敵を撲殺すること、<召喚獣のスキルボード>の変態的なノルマについての考察対処法に再び費やし始める。


(―――さて、と)


『木登り』と『飛び降り』―――この二つは敢えて夜にやる必要がないと結論が出た。

 であれば、考えるべきことは残りの一つ、小細工でも大細工でも誤魔化しきれない圧倒的変態評価付与のノルマ―――『遠吠え(屋外)』のこと。


 これは夜限定でしか熟すことができない。

 また『ダンジョンラボは自分の家から見れば屋外である、だからダンジョンラボで遠吠えすればノルマ達成できるかも?』という希望的観測もよしておこう。

 何度も言うがスキルボードは俺を変人に仕立て上げ、女の子たちと接点を持たせないようにさせてくる節があるからだ。今回のノルマもその一環であると考えられる。うん、そうに違いない。


 ならば、小鬼頭100体討伐と一緒に今夜中に終わらせてしまうのが最善手であるはずだ。何故なら今現在、俺の周りにいるのは怪物たちであって冒険者ではないのだから。


(ふっ、残念だったなスキルボード。危険な夜のダンジョン、それも階層上位の怪物が生息する森林地帯に人はいないんだよ!)


 しかいないとはいえ、随分と命知らずなことしてるんだなぁと今更ながら自分の蛮行を反省している俺だが、スキルボードの思惑を外すことが出来ていると思えば気分がいい。

 まさかスキルボードも俺が夜な夜なダンジョンの森林地帯で雄叫びや遠吠えを上げながら武器を振り回すなんて思ってもみないだろう。


「まずは遠吠えじゃなくて雄たけびを上げてみるか」


 これ以上は考えるより行動した方がいい。

 まずは雄叫びは遠吠えに含まれるのかを確かめるべく声を上げてみようか。


『負け犬の遠吠え』ということわざがあるように、遠吠えとは犬がワオオォォォン!と泣き叫ぶことを言うが、当然ダンジョン内で犬のモノマネなんかしたくない。出来れば勇ましい叫び声―――雄叫びを上げたいものだ。


(多分だけど雄叫びじゃ許されないんだろうなぁ……)


 これもまた希望的観測。けれども試さずにはいられない。願わずにはいられない。

 雄叫びを上げる前に人が周りにいないか見回して、前方の小鬼種しかいないことを確認してから腹に力を込め、音を吐き出す。ついでに鈍器メイスを振り抜く。


「うおおおおおおおおあああああああぁらっしゃああああああ!!!!!」

 ドッッッ「「――――――」」


 衝撃が強すぎると返って音がしないらしい。それとも俺の声が大きすぎたのか。

 一瞬の後、森に住む怪物たちの声は疎か息遣いさえも感じさせない静寂が辺り一帯を包む中、俺は左約10m先に立っている木へと視線を移す。

 が、そこに見えるのは今しがた俺の全力フルスイングを喰らった小鬼二体の血痕のみ。炭化しているはずの胴体はどこかへと消えていた。


(いよいよ人外の領域に入ってきたな…)


『マナ吸収』の恩恵を感じながらそれよりも、と次に視線を浮かび上がらせた石板に向ける。




 <【召喚獣】のスキルボード>

 ――――――――――――――――――――

 右上:木登りをする 

    0/100回

 右下:全力で遠吠えをする(屋外で) 

    0/100回

 左下:高所から飛び降りる 

    0/100回

 左上:小鬼頭ホブ・ゴブリンを倒す 

    42/100体


 報酬:

 ・スキルボード【????????】

 ・召喚獣選択権【?】【?】【?】

 ――――――――――――――――――――


「―――ですよねぇ…」


 残念なことに変化は見られなかった。予想通りではあるがやはりものは凹む。


「はぁ…」


 だから観念して遠吠えを上げることにした。

 もちろん二度目の周囲確認を行ってからだ。


「ワオオオオオオオオォォォォォォォォォォォン………」


 音の丸み、僅かなかすれ具合、徐々に弱くなっていくところがどこか一匹狼の切なさを感じさせる。


(結構うまくね?)


 今度から特技は犬の鳴き真似ですと胸を張れるくらいには上手く遠吠えを上げれた自信があった。


(……でも恥ずかしいな。)


 再びしんと静まり返る森のど真ん中、少しずつ頬が熱くなっていくのを自覚しながら再度石板に目を向ける。


「えっとスキルボードは~っと――――――




 <【召喚獣】のスキルボード>

 ――――――――――――――――――――

 右上:木登りをする 

    0/100回

 右下:全力で遠吠えをする(屋外で) 

    0/100回

 左下:高所から飛び降りる 

    0/100回

 左上:小鬼頭ホブ・ゴブリンを倒す 

    42/100体


 報酬:

 ・スキルボード【????????】

 ・召喚獣選択権【?】【?】【?】

 ――――――――――――――――――――




 ――――――あれ?


 石板には0と100しかなかった。

『1』という数字はどこにもなかった。


「……嘘でしょ…」


 聞こえるはずのないスキルボードの嗤い声が聞こえた気がした———。



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