第53話 オーバーキル

「よいしょ~、ほいっと~、どっこいしょ~」

 ボゴッ「ギ―――」ドンッ「ギャッ―――」ボガッ「ギェ―――」


 まるで外の世界のように青く、赤く、紫に暗くなっていく空の下。一振り、二振り、三振り。頭が一つ、二つ、三つと潰れていく。


 二時間にわたる小鬼頭たちへの八つ当たりを終えた後、ノルマの一つである『八等級以上の怪物を倒す』を達成させた俺は残りの一つ、『怪物を一撃で倒す』のノルマを熟すため森から出て、草原部で狩り弱い者いじめを行っていた。


 先ほどとは異なり斬撃の鋭利な音ではなく打撃の鈍い音がしているのは、幅広剣ブロードソードよりも鈍器鈍器メイスの方が簡単にかつ効率的に一撃で葬れることに気づき使っているからだ。


 鈍器メイスは斬撃に強く打撃に弱い土属性怪物蔓延る『府中』ダンジョン用に買ったものだけどここ渋谷でも役立ってくれるらしい。嬉しい誤算だ。


「さっき使ってたら仕留め損ねることもなかったのかなぁ…」


 ただ小鬼頭ホブ・ゴブリン相手にも使ってたらと思うと勿体ないという気持ちで凹む。あれ以降一ミスもなく小鬼頭を殺れていたからなぁ…。


「まぁ仕方ないか…はぁ……ほいっ」

 ドガッ「ギャ―――」


 たられば以上に無駄な考えはこの世に存在しない。過去を振り返るのを止めて今を見る。目の前の小鬼に集中する。

 ここでミスったら笑えない。ミスった場合は間違いなく発狂する自信しかない。あんな思い二度としたくないんだ。




 <渾身の一撃のスキルボード>

 ――――――――――――――――――――

 右半分:八等級以上の怪物を倒す 

      100/100体 達成!

 左半分:怪物を一撃で倒す 

    連続99/100体

 ――――――――――――――――――――




「あと一体…」


 石板の数字が自然と身体を強張らせる。全身から嫌な汗も出た来た…気がする。


「グルルルルゥ…」

「…チェンジで」


 小鬼はどこだ、小鬼はどこだと草原を徘徊する俺の前に浅緑の体毛を生やした狼――草原狼グラスウルフが姿を現すが、お前はお呼びじゃないと俺はすぐさま奴に背を向けて全速力で逃げる。

 草原狼グラスウルフは草原環境バイオーム下において出現する八等級の怪物でドロップ品は『草原狼の毛皮2000円』とかなりコスパがいい。『府中』でいうところの泥瓜坊マッドスモールボアと同じく、美味しい獲物と冒険者たちには認識されている。


「ふぅ」


 本来の狼は体力に物を言わせて地の果てまで獲物を追いかけてくる生き物であるが、ここの狼は随分と諦めがいいらしい。

『府中』ダンジョンと先ほどの八等級100体討伐で進んだ『マナ吸収』——身体能力の向上のおかげで草原狼を巻くことのできた俺は草原のど真ん中、ぽつんと独り立つ樹に背中をつけて一息ついた。


「今は冒険したくないからなぁ…」


 二足歩行の怪物と四足歩行の怪物とでは一撃で倒す難易度が違う。もちろん四足歩行の方が難しい。

 理由は至ってシンプル——人間が二足歩行だから。

 四足歩行の敵より二足歩行の敵の方が行動を読み易いし、弱点だって分かりやすい。


 だから俺は草原狼から逃げた、否草原狼との戦闘を避けた。


 連続100体一撃討伐ノルマ達成まであと一体。敢えて難易度が高い方に挑戦する必要なんてどこにもないし、俺のメンタルはそこまで強くない。だから俺は簡単にやられてくれる小鬼を探す。

 草原狼にビビって逃げたわけじゃない。戦略的撤退というやつだ。……ほんとだよ?


「おぉ」


 緊張によって乾いた口の中に携帯していた水分を流し込んでいると20mほど前方に小鬼が一体、発生ポップするのが見えた。

 見えたと言ってもどんな風に出現したかは見ていない。気づいたらそこにいた、と表現するのが正しい。


「………」


(気づいたら後ろにいた…ってこともあるわけだ…)


 初めて怪物発生ポップの瞬間に立ち会った妙な感動と起こり得る最悪な可能性ケースに気が付いてしまったことによって増した緊張感。

 すっかりと手に馴染んだ鈍器メイスの持ち手部分に適当な力を込めながらも息と気配、殺気を潜め小鬼に集中する。


『マナ吸収』によって走力だけでなく腕力も上昇しているのに加えて俺が使っている鈍器メイス自体が対七等級武器なので力む必要はない。力んで的を外すことだけは避けたかった。


(力いっぱいに振らなくていい。何なら軽く振る感じでもいい…)


 小鬼の首筋少し上に鈍器メイスの先端を当てるだけ、と自分に言い聞かせ緊張を解す。


(よし…)


 それから少しして、俺は小鬼がこちらに背を向けたと同時に急接近し鈍器を叩きつけた。


「…っ……」

 ドガッ「ギ―――」


 鈍い音が俺の鼓膜を揺らし悲鳴を上げる間もなく小鬼の頭が爆ぜる。


「……」


 少しでも可能性を残したくないので「やったか…?」なんて言わない。

 炭化しろぉ…炭化しろぉ…と念を送りながら、ただただ黙って目の前で倒れ込んだ首なしの小鬼を見つめる。


 その念が伝わったのだろう。直後、小鬼の死体が黒ずんでいく。俺が与えた攻撃はたったの一つ。一撃一殺の成功だ。


「……」


 ただ最終確認を終えていないことには素直に喜べない。

 確認のため恐る恐る真横で呑気に浮いている石板の方に目を向ける。



 <渾身の一撃のスキルボード>

 ――――――――――――――――――――

 右半分:八等級以上の怪物を倒す 

      100/100体 達成!

 左半分:怪物を一撃で倒す 

    連続100/100体 達成!


 報酬:

 スキルボード【召喚獣】

 スキル【渾身の一撃】

 ――――――――――――――――――――


 石板に新しく刻まれた『達成!』という文字と報酬の内容を見てノルマの終わりを確認。


「……ふぅ」


 ここにきてようやく緊張が完全に解けた。


「…っと、ここはダンジョンだった」


 緊張と共に足腰から抜けそうになったがなんとか堪えて先ほどまでいた樹の下まで歩き腰を下ろす。


 そして360度索敵して、敵がいないことを確認。ついでに人の影がないことも確認てから喜びを思い切り外に出す。


「よっっしゃあああああああ———




 <【召喚獣】のスキルボード>

 ――――――――――――――――――――

 右上:木登りをする 

    0/100回

 右下:全力で遠吠えをする(屋外で) 

    0/100回

 左下:高所から飛び降りる 

    0/100回

 左上:小鬼頭ホブ・ゴブリンを倒す 

    0/100体



 報酬:

 ・スキルボード【????????】

 ・召喚獣選択権【?】【?】【?】

 ――――――――――――――――――――




 ———ああぁぁぁぁぁ……あ?」


 ―――が、また新しく出現した石板によって喜びに震えていた俺はすぐさま絶望という名の谷に突き落とされた。その絶望は一撃一殺の連続記録を途切れさせた時よりもさらに深い、ずっと深い。


「………ぜ、全力で遠吠えをするだと?しかも屋外で?……は、はは…そんなの変人以外の何者でもないじゃないか…」


 ダンジョンとは冒険者であれば誰でも訪れることが出来る謂わば公共の場。

 赤の他人が大勢いる場所で遠吠えすること、それ即ち極度の変人である。場所が場所ならお巡りさんが駆けつけるくらいにはヤバい奴。お巡りさん、こいつスキルボードです。


(ダンジョンラボは屋外に含まれるかなぁ……はぁ、含まれないだろうなぁ…)


 どうやらスキルボードは是が非でも俺を孤立させたいらしい。おスキルボードが頑張るまでもなく俺はボッチだというのに。


「この野郎!」


 怒りに任せて振りきった拳は虚しく石板をすり抜けていった。

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