第42話 イレギュラー
ゾワッ―――。
「……ッ…!」
ナニが起きているのかわからない。
だから俺は取り合えず全力で死の気配差し迫る右側に両手の武器を交差させ防御姿勢を取った。
ガギャンッッッ!!!
おニューの武器たちから鳴っては欲しくなかった音が鳴り、耳を
そんなおニューの武器たちもろとも俺はボス部屋の壁際まで吹き飛ばされた。
「……っと!」
なんとか空中で姿勢を立て直し、着地と同時に削り取る勢いで地面を踏みしめ壁に激突することを防ぐ。
「美作!何があったの!」
「美作君!」
崩れ去り瓦礫と化した氷たちの向こうで小松さんと氷室さんが叫ぶ。
だが俺にも何が起きているのか分からない。
だって俺を攻撃してきたナニカの姿がどこにもないのだから―――。
それでもヤバい奴が乱入してきたことくらいは分かった。
「作戦変更っ!!!氷室さんは小鬼魔術師に牽制を放ちながら岩装小鬼も足止めして!!小松さんは俺への付与を切って、全部氷室さんに回してくれ!!」
「わ、分かったわっ!」
「わかった!」
俺はすぐさま撤退準備の指示を出した。
いつもであれば小松さんが指揮官なのだが今は異常事態だ。
状況を一番わかっているであろう俺の指示に二人は従ってくれた。
撤退と言っても敵に背を向けて脱兎のごとく駆け出すわけではない。前衛、後衛としっかり陣形を維持しつつじわじわ後退していくのが理想だ。
なので今俺がすべきことは見えない未知の恐怖に怯えることではなく、しっかり岩装小鬼と氷室さんたちの間に立つこと。
が、それは通常時の話―――。
未だ見えない乱入者は俺に二撃目を与えなかった。与えられるはずだったのに、だ。
―――俺が
俺は踏みしめていた地面を蹴り飛ばし、岩装小鬼と氷室さんたちの間…ではなく、氷室さんたちのその後ろ、後衛のさらに後ろを目指して駆ける。
「ちょっ!どこに行くのよ!」
「美作!?」
すれ違う際、氷室さんと小松さんに怒鳴られるが今は我慢してほしい。奴を叩けば戻るから。
(―――俺なら後衛の背後を突くね。それが一番やられてイヤだから)
地面を蹴飛ばし上に飛ぶ。
下を見れば一部地面に揺らぎが見えた。
「そこおおおぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!」
腕力、体重、重力を右手の
バゴンっッッッッッ!!!!!バギャッッッ「グルオォォォッッッ!?!?」
クリーンヒット。頑強な何かが砕け散る音がした。
驚愕、痛み、怒りの混じった鳴き声とともに今まで姿を消していた乱入者の全貌が露になる。
「……コモドドラゴン?」
地に横たわる長く太い尻尾、爬虫類を思わせる黄色の瞳と顔つき、丸太のような胴体は岩石で覆われ、岩石の隙間から細かい鱗が顔を覗かせている。飾り物のような小さな翼も生えていた。
乱入者の見た目はまさしく岩で覆われた小翼付きコモドドラゴンだった。大きさは高さだけで2mほどあるが…。舌をチロチロさせていないが…。
頭部が岩で覆われていないのは俺が殴ったからだと思う。鱗には傷一つ付いていないけれど…。
「なっ!どうしてここに地竜の幼体がいるのよ!?」
説明どうも氷室さん。どうやらこいつは地竜の幼体であるらしい。
正面に階層ボス軍団の氷室さん、小松さんと背中を合わせるは正面に地竜の幼体の俺。奇しくも一週間前の第十層と同じような陣形を取ることとなったがピンチのレベルが違う。
あの時は岩装小鬼5体と岩装小鬼2体に他雑魚だったのに対し、今は岩装小鬼7体に小鬼魔術師1体と等級不明の地竜の幼体1体。……な?
「氷室さん、地竜の幼体の等級っていくつか知ってる?」
「……七等級よ……でも、姿を消すなんて能力は持っていないはずよ…」
「…つまり?」
「……
「…マジ?」
「大マジよ…」
(お前、そんな強いの…?)
目の前で周りの景色に溶け込み始めた地竜の幼体……長いな…
『繁殖発生は稀に当該階層に見合わない力を持つ強力な個体――
(…階層ボス部屋の扉付近に出現したらどうすればいいのでしょうか…)
今すぐにでも受付相談窓口に電話したかった。
しかし、嘆いても仕方がない。今自分を救うことが出来るのは自分だけなのだから。
「氷室さん、小松さん、そっちの
「もちろんよ…美作君こそ一人で大丈夫?」
「……多分、そっちが片付くまでは何とか持ちこたえてみせるよ」
「『身体能力向上』と『衝撃耐性』のバフまたかけるよ?」
「頼む……あと撤退はやめだ。後退しながら戦って勝てるような相手じゃない。死力を尽くしてこいつらを今ここで全部倒す。そんで16層に行く。そうすればダンジョンゲートまで転移することが出来るようになる」
「おっけ、体内マナ枯渇寸前まで絞り出すね………『身体能力向上』『衝撃耐性』『限定強化・腕力』『限定強化・脚力』―――
(おぉ……まだ力隠してたのか…)
力が漲ってくる感覚を味わいながら周りの景色と完全に同化した蜥蜴の動きを感じるために、再び集中力を深める。先ほどよりも深く、深く。
彼女たちに俺の背中は預けた。だから背中からの攻撃は心配しなくていい―――。
氷室さんと小松さんの声、息遣い、小鬼たちの鳴き声、足音、背後から聞こえる音、気配、その全てを遮断する。
それから再び世界から彩りを消した。濃淡も最低限のものでいい。
奴がいるであろう空気の揺らぎが朧げだが見て取れた。
しかし、それだけでは奴の速度に反応することが出来ない。
ならば耳で聞き取ろう。
奴の尻尾と地面がすれる音を。奴の足が地面を踏み込む音を。奴が吐き出す息遣いを。
周りの景色に姿を溶け込ませた蜥蜴に全神経を集中させた。
(―――……来るッ!)
読み取れる限りの情報から蜥蜴の動きを予測し、足に力を込め一歩前に踏み出した。
ガギャンッッッ!!!「…っっあ゙ああっ!」キィィィィィィンッ!!「グルッ!?」
交差させた両手の武器を振り払い、なんとか二撃目を凌ぐ。
ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!ガギャンッッッ!!!
三撃目、四撃目、五撃目と何度も何度も堪えしのぐ。
重い、早い、強い。それでも感じることは出来たし、反応することもできる。
「グアウッ!!」ガギャンッ!!!!!「ぐッッッ……!」
だがしかし、徐々に押し込まれている。力が強くなっているわけではない、攻撃が多彩になっていくのだ。俺の癖を理解したかのように嫌なところばかりをついてきやがる。
「グルオォッ!」「よいしょオオッ!!」ガギャンッ!!!!!
何度目になるか分からない弾き返し。
「グルルルㇽㇽㇽㇽㇽゥ……」
俺に再び弾き返された蜥蜴は腹の底から唸り声を出しながら後退し、次に同化を解いた。
俺はここで攻撃に出なければならなかったのだろうが、俺が前に出た瞬間、奴は氷室さんと小松さんに標的を変える可能性があったので動くことが出来なかった。
「グルルルㇽㇽㇽㇽㇽゥ……」
「………ん?」
唸り続ける蜥蜴。同化を解いてくれたのは有り難いのだが何をやっているのだろうか、と目を向けていると奴の身体の周りの空気がゆらゆらと揺れ始めた。
俺は同じような現象を小鬼頭戦でも見たことがあった。
「……おいおい、勘弁してくれよ…お前は身体強化するなよな……ズルじゃん」
『身体能力向上』の
「防げる気しねぇ……」
もう少し待ってもらってもいいですかと蜥蜴に念を送るが届くはずもなく、奴は先ほどまでとは比にならない速度で俺に突っ込んでくる。
受け流すことは出来る、だが後ろには二人がいる。
(受け止めるしかないのか…)
そう思った時、後ろから久しぶりに声が聞こえてきた―――。
「―――美作君!終わったわ!」
「―――避けていいよ!」
「了解!!!……どぅおりゃあああああああああああ!!」
氷室さんと小松さん、小鬼軍団を倒しきったであろう二人の声を耳にした俺は蜥蜴の突進を身体を横に投げ出すことで躱そうとする。
が、横っ飛びしてもなお、蜥蜴身体を覆う岩が身体に掠りそうだったので武器で奴の進路を少し逸した。
グァギャンッッッ!!!
武器から悲鳴が上がる。
「……助かった」
起き上がりながら今ある生を実感する。
真正面から受けていたらおそらく死んでいた。
衝撃だけで死ぬか。吹き飛ばされた挙句壁に叩きつけられて爆ぜるか。そのどちらか。氷室さんたちの声があと一秒遅かったら俺はあちら側に逝っていた。
「うわぁ…」
小鬼軍団壊滅の確認をするため未だに冷気を放っている氷壁の残骸、その向こう側を見ると蜥蜴が通過した下の地面はほぼ一直線に抉り取られていた。炭化していく小鬼どもなど目に入らないくらい衝撃的な光景だ。
一直線にならず、途中僅かに曲がっているのは俺が逸らしたためだろう。よく逸らせたね。
(切り替え切り替え…)
俺はボス部屋に入ってきたときと同じ前衛の位置に着く。
蜥蜴は扉側から16層に続く階段の方に突進してきたため、今俺たちは扉側に背を向けている。扉の前を塞ぐ存在がいなくなったのだ。
だがしかし、逃げることは出来ない。相手が階層ボスであるなら部屋を出た瞬間に俺たちは標的にされなくなる。でも相手は階層ボスではない。
それにボス部屋の外はボス部屋と違い広い空間ではなく一本道だ。幅が広いとはいえ目にもとまらぬ速さで突進を仕掛けてくる奴を避けることが困難になることは必然。敢えて不利な状況に身を置くなど愚の骨頂。
であれば多少動き回られても一撃必殺に余裕をもって対処することが出来るボス部屋にとどまる方が生存率は高い。どの道蜥蜴を倒さなければならないという条件が付くが…。
「さて、どうやって倒すかな……」
「そうね…」
「だね…」
もともと倒すつもりであったがその理不尽な強さを見せつけられて思わず苦笑いする。
「はは…もう何でもありだな……」
(もう驚かないよ。驚くだけ時間と体力の無駄だ…)
十数m前方にて、大小さまざまな岩石をいくつも浮遊させ始めた蜥蜴を見て今度は乾いた笑いが出る。
「…流石は地竜ね……」
「スキル三つって……」
奴が使っているものは誰がどう見ても【土属性魔法】だった。
(そろそろかな……)
俺はさっとステータスの石板を浮かべ、チラ見する。
<ステータス>
——————————————————
名前:美作 海
年齢:16
スキル:【身体能力補正】
【筋トレ故障完全耐性】
【筋量・筋密度最適化】
【自然治癒力補正】
【自己鑑定】
【両利き】
【投擲】
【土属性魔法】new!
——————————————————
ステータスの一番下に【土属性魔法】の文字があった。
(さて、これで何をしようか……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
立ち位置です。
★:地竜の幼体
海:美作海
彩:氷室彩芽
佐:小松佐紀
第16層への階段
―――――――――― ――――――――――
★
海
佐 彩
――――――――――扉―――――――――――
外
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます