第41話 階層ボス

 <土属性魔法のスキルボード>

 ―――――――――――――――――――

 右上:洞窟型ダンジョンに滞在

    99.7/100時間

 右下:鉱物系怪物の討伐

    100/100体 達成!

 左下:泥団子を作る 

    1000/1000個 達成!

 左上:土属性魔法をくらう

    100/100回 達成!

 ―――――――――――――――――――



『洞窟型ダンジョンに滞在100時間』というノルマ達成を目前として俺は今、『府中』ダンジョンは第15層、階層ボス部屋に繋がる大きな扉の前に立っていた。氷室さん、小松さんの二人とパーティを組んでから既に五日目である。


 予定では二日目最終調整、三日目決戦だったのだが第十層以降、度重なる強敵との遭遇エンカウントで足止めをくらい五日目となる今日が決戦の日となってしまった。

 5分~10分に一度遭遇するくらいが普通なのだが、俺たちの場合は1分に一度は怪物と遭遇していたと思う。しかもそのほとんどが八等級強敵

 第11層からは八等級の怪物の遭遇率が第10層以下と比べて跳ね上がるけれども九等級の怪物も普通に出てくる。にもかかわらず俺たちの目の前に現れるのは八等級ばかり。そりゃ予定が狂うわけだ。

 あまりにもこれはおかしいと二日目に三人で話し合い、ダンジョン外の受付で「あの、エンカウント率がおかしいのですが」と職員さんに相談したのだが「畏まりました、調べておきます」と上辺だけの返事をもらった。浅層に調査を入れるほど冒険者センターは暇じゃないらしい。今度竜胆さんにチクろう。


 ただ、大変ではあったけれども苦戦はしていなかったので俺たちはゆっくりと確実に、連携の確認をしながら10層・11層・12層・13層・14層そして15層と足を進めていった。怪物の屍を築き上げながらだ。

 倒した敵の総数は数えていないが、九等級冒険者だった小松さんは八等級冒険者に、十等級冒険者だった俺は小松さんと同じ八等級冒険者になるほど倒しまくった。お陰様で対八等級の幅広剣ブロードソード鈍器メイスがお釈迦になりました。今持っているのは対七等級の幅広剣ブロードソード鈍器メイスです。両方合わせて50万しました…。


「あぁ…あと少しだ…ここまで長かった……」


 羞恥心を捨てて水鉄砲を使って倒した砂スライム哀しきモンスターたち、ふぁさふぁさと全身砂まみれになり続けてこねた泥団子、パーティを組んでから毎日15時間ダンジョンの中にいたこと、短くもハードだった10層~15層の道、そして50万もの出費。

 その全てを思い出しながら俺は呟く。


「そうだね」

「そうね……ところで美作君はどこを見ているのかしら」

「明後日の方向」

「……あなた随分と適当になったわね」

「もともとだよ」


 とまぁこんな感じで軽口を叩けるような仲にはなっているのでそこまで心は疲れていませんが。同級生の女の子と仲良くなれた。それだけで俺の疲れは吹き飛ぶのだ。


 ちなみに氷室さんにどこ向いてんのよと言われた俺はもちろん【スキルボード】の石板を見ている。

 桜子さんと朝陽さんからも見れなかったように氷室さんと小松さんからも当然ふよふよと浮く石板を見ることは出来ない。


「さて、私たち三人で行う戦闘はこれで最後になるのかな」

「……そうね」

「…そうなるね」


 小松さんの言葉に氷室さんと俺は頷く。

 暗黙の了解となっていた俺のパーティ参加。

 ただこのままだとずるずるパーティを組むことになる気がすると三日目あたりで思ってしまった俺はこれ以上スキルを隠しながら行動を共にしないように、二人を【スキルボード】のノルマに付き合わせないように、そして俺自身が立ち止まらないようにと曖昧だった暗黙の了解を明確にさせた。


『俺は第15層を攻略したらパーティを抜ける』と。


 あまりにも早いパーティ解散。

 しかし、二人は頷いてくれた。ほどほどに仲が良くなったとはいえ氷室さんはやはり小松さんと二人で『府中』ダンジョンを攻略したいようだったし、小松さんもいつまでもスキルを明かさない俺に少しではあるが疑念を抱いていたから。


 だがしかし、いざ最後の戦いとなるとしんみりするものだ。


 その原因は俺にある。だから雰囲気を変えるのは俺の役目だ。

 パンッと手を一度叩き、声色を戦闘時のものに変える。


「まぁ、今日15層を攻略できなかったらそれこそ目も当てられない。今は目の前のことに集中しよう」

「そうだね。最終確認をしようか」

「そうね」


 小松さんと氷室さんは俺の言葉通り、しんみりするのをやめて階層ボス攻略に際しての注意事項や作戦が書かれたメモ帳を開く。

 雰囲気を変えようとした俺が思うのもなんだけど、もうちょっと……なんか…ねぇ?…切り替え早くない?


(はぁ……周囲の警戒しよ)


 二人に続いて俺も顔を寄せメモ帳を見る、のではなく周囲を警戒する。

 メモ帳を覗くという免罪符を片手に氷室さんと小松さんの近くに行きたいのだが、ここはダンジョン。怪物モンスターは俺たちを見るやいなや襲ってくる。

 ここ一週間、ありえないほど遭遇エンカウントしていることもあってより慎重に周囲警戒を行う必要があるのだ。


(周囲の警戒と同時並行で俺も頭の中を整理しておくか)


 メモ帳を見れないので頭に入っている俺専用メモ帳でも見ておこう。


 ・ダンジョンの最深部にいるダンジョンボスがラスボスなのであれば階層フロアボスというのは中ボス。毎階層にいるわけではなく『府中』ダンジョンでは第15層・第31層・第35層・第46層と完全ランダムな階層にいる。そして階層ボスを攻略し、次の階層へ行くことで次回のダンジョンダイブからする階層を選べるようになるという。

 今回第15層を攻略すれば次のダンジョンダイブから第16層にダンジョンゲートから直接行くことが出来るようになるみたいに(転移できる云々はよくわからないが出来るらしい。ダンジョンの不思議を考えてもらちが明かないのでそういうものだと納得するほかない)


 ・階層ボスは基本5,6人のパーティで挑むことが推奨されている。ここ、第15層も例に漏れず、九等級の岩小鬼ロック・ゴブリンが10体、八等級の岩装小鬼ロックアーマード・ゴブリンが7体、七等級の小鬼魔術師ゴブリン・マジシャンが1体と数の暴力で襲い掛かってくるので最低でも前衛職二名、後衛職二名の四人パーティで挑むよう推奨されていた。氷室さんたちは俺がパーティに入る前何度も二人で突っ込んでいたみたいだけど…。(氷室さんたちは何度も第15層に挑んでいたらしいので戦闘状況が悪化した場合、逃げ出すこともできる。目の前の敵に集中しながらも退路は確保しておこう)


 ・敵の位置

 ◎:小鬼魔術師

 ●:岩装小鬼

 〇:岩小鬼


       第16層への階段

 ―――――――――― ――――――――――



           ◎

           ●

      ● ● ●  ● ● ●


  ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○




 ――――――――――扉―――――――――――

         


 ・作戦

 まずは氷室さんが氷壁を岩小鬼岩装小鬼に生成、氷壁が破られるまでに岩小鬼を俺一人で殲滅、その間に氷室さんは岩装小鬼の腹部装甲を破壊するための氷槍を生成、氷壁が破られ次第発射。

 次に腹部がら空きの岩装小鬼7体を俺が少しずつ潰していく。7体を沈めるまでは氷室さんが小鬼魔術師に牽制を入れて小鬼魔術師火球ファイヤーボールが俺の方に行かないように阻止。

 最後に岩装小鬼7体を始末し終えた俺が小鬼魔術師に肉薄し、氷室さんと協力して倒す。作戦中、小松さんは絶え間なく俺たちに付与バフをかける(作戦はあくまでも計画で確かな未来ではない。作戦通りに行かなくてもその場の状況に応じて臨機応変に対処する。決して冷静さは欠かない。『心は熱く、頭は冷静に』だ)


(こんなところかな……)


 俺は脳内のメモ帳をパタンと閉じた。


「美作、メモ見なくても大丈夫?」


 俺が思考という名の確認を終えると同時に小松さんたちもメモ帳での確認を終えた様子。メモ帳を俺にほいっと差し出してくる。が、「うん、大丈夫」と言いメモ帳を締まってもらった。


「疑わしいわね」

「いや、大丈夫だよ……」


 ジト目で俺を見てくる氷室さん。

 そんな氷室さんに俺は一言言っておく。


「氷室さん」

「何かしら」

「いざとなったら技隠しテイクバック使っていいよ。使わない戦況にならないように精一杯努力するけど、使わざるを得ない――そういった場面になったら迷いなく使っちゃって」


 ここ五日間の『マナ吸収』で順調に身体能力を向上させた今の俺なら自信を持って言える。もし被弾するような軌道で後ろから氷塊が飛んできても避けることが出来る、と。


「…っ……分かったわ…」


 俺が決して冗談で言っているわけではないと理解した氷室さんは頷く。使わないで死ぬよりかは使ったうえで死んだ方がマシということは氷室さんも理解しているのだ。死ぬ気はお互いに全くないけどね。


「よし、行こうか」


 すっかりとパーティリーダーが板についた小松さんが扉に向けて歩き出す。俺たちも小松さんの後ろについていく。


 あと数mといったところで天井いっぱいに伸びる岩石でできた階層ボス部屋への扉がゴゴゴゴゴと音を鳴らし口を開けた。


 初めて入る階層ボスの部屋、自然と足が前に進み、氷室さんと小松さんは一歩後ろへ。流れるように前衛と後衛の陣形を組んだ俺たちは前へと進む。


 ボス部屋に入って少し、ついにボス部屋の全貌を俺の眼が捉えた。


 運動会を開けるくらいの広さ、1.5倍ほどの天井、不自然なほどに整えられた地面、そして爛々と目をギラつかせる怪物たち。


(ふぅ……ボス部屋って感じで緊張するなぁ…いいねぇ………敵の配置におかしなところは…ないっと)


 程よい緊張感を上手く闘争心に変えつつ、冷静に敵の位置を把握、異常なしと判断する。


「「「「「「「「「「ギャギャギャッ♪」」」」」」」」」」

「「「「「「「グフッ♪」」」」」」」


 十数m空けて向き合う怪物たちは数的優位を悟っているからか、余裕綽々の様子。

 その嗤い方は『渋谷』で死闘を繰り広げた小鬼頭ホブ・ゴブリンにそっくりだった。


 油断。ありがたい話だ。


 岩装小鬼がいるためここからは良く見えないが奥にいる小鬼魔術師七等級も同じように嗤っているのだろうか。

 七等級は今まで一度も戦ったことのない未知の怪物、正真正銘の化物だ。


 油断してくれてたらいいなぁと思いながら小松さんの合図に耳を澄ませる。


 煩い小鬼どもの声、バタバタと挑発してくる足音は今はいらない。

 ついでに色もいらない、濃淡が分かればいい。

 程よい緊張感、溢れんばかりの闘争心、色褪せていく世界が思考を神経を冴えわたらせる。


 極限の集中状態―――。


 そこに声音が二つ、衝撃音が一つ。


「―――魔法威力向上…身体能力向上…衝撃耐性―――付与エンチャント……彩芽」

「分かったわ――――――氷壁!」


 ドガンッ!!!!!!


「「「「「「「「「「ギャッ!?!?」」」」」」」」」」


 岩小鬼と岩装小鬼の間に突如現れた巨大な氷壁。戦闘開始の合図。


 俺は身体の底から湧き上がる力をバネに目一杯地面を踏み込み、あの時の小鬼頭のように数mを一歩、合計三歩で間合いを詰め着弾する。


「シッ…!」ドガズバッ「ギ――」「ガ――」


 剣の正しい振るい方も棒の正しい振るい方も分からない、それでも怪物は殺せる。

 幅広剣ブロードソード鈍器メイスを一息で力任せに、しかしコンパクトに振るうと一つの頭が掻き消えた、一つの首が空を舞った。首なしの二体は数瞬遅れて炭化していく。


(まずは二体)


 思うよりも先に3、4体目に着弾する。綺麗に一列お行儀よく並んでいたので次にたどり着くには一歩で十分だった。


「フッ…!」ズバドガッ「ゲ――」「キ――」


 腕を振るえば命が散る。

 九等級はこんなもの、俺が強いんじゃない、こいつらが弱いんだ。

 力に溺れることなく淡々と確実に炭化させてゆく。


「――シッ…!」ザパドゴッ「ギァ――」「ギェ――」「――フッ…!」ドンガシュッ「キ――」「ッ――」「――せぁッ…!」ザンッボガンッ「ェッ――」「ァッ――」


 岩小鬼をすべて葬るのに10秒かかった。

 想定していたよりも少し早い時間だ。

 これなら次の動作へ移るための準備が目一杯できる。


「ふぅ……」


 パキっ……


 氷室さんによって作り出された氷壁に亀裂が入る音がする。


 パキっキっ……


「美作君!破られるわ!」

「……」

(わかってる…)


 耳を澄まして氷に入るヒビの音を聞く。

 割れる瞬間、そのコンマ数秒前に動き出すために。奴らが氷壁を破り、達成感に溢れている瞬間を逃さない。岩小鬼が殲滅された光景を目の当たりにし、油断を失くす隙すらも与えない。


『マナ吸収』の進みと小松さんの付与によって今の俺は岩装小鬼にとどめを刺せる一撃を持っている。腹の装甲が砕かれていることが条件なのだがその条件は既に氷室さんが満たしてくれた。


 あとは俺が奴らを殲滅するだけ。





 ピキっ…ピキピキピキッ!








「――――――…ここ」



 ドンッッッ!!!


 崩れ落ちる寸前の氷壁に向かい全力で地を蹴り駆ける。




 「あ゙あ゙あッ!」バゴンッッッ!!!「ッ…グァ―――?」




 十数秒ぶりに見た岩装小鬼の表情は嗤うわけでも歪むわけでもない。

 ただただ何が起きているのか分からない。そんな表情だった。


 一体の岩装小鬼が炭化する―――。





 ゾワッ―――。


「……ッ…!」




 ―――刹那。右から強烈な死の気配を

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