第40話 原石たち

 翌日。

 今日も今日とて俺は始発の電車に乗って『府中』ダンジョンへ。そして9時くらいまで泥団子作りに精を出す。

 それから全身にかかった砂をシャワー室で落としたり身支度を整え待ち合わせの時間、10時になったらダンジョンの外で昨日から一時的とはいえパーティメンバーになった氷室さん、小松さんの二人と合流した。


「今日は第十層に行くよ。昨日合わせた感じ大丈夫そうだったからね。八等級相手での合わせをしよう」

「そうね、早く十五層に行きたい気持ちはあるけど合わせは大事だわ」

「了解」


 パーティリーダー的存在の小松さんに氷室さんと俺は賛同する。早くも第十層に行くようだ。俺にとっては完全な新天地である。

 この前は階段付近でうろちょろして武器振り回して終わりだったからな。楽しみだ。


「美作君」

「ん?」


 そんなウキウキ気分の俺に珍しく氷室さんが声をかけてきた。

 第十層へと至る階段の最中の出来事だ。

 俺だけでなく小松さんも氷室さんに注目していた。「やらかさないでよ?」と言った顔だ。可哀そうに。


「その、第十層より下でも技隠しテイクバックは使わないから安心して頂戴」

「あ、うん」


(なんだ、そんなことか…)


 昨日のことを気にしているのならもういいよ。流石に昨日の今日でやらかす氷室さんじゃないとは思っている。小松さんも当たり前でしょ…という顔をしていた。

 ただ俺としては使ってもらって構わないんだけどな。使ってもらった方が時間の短縮になる場合は是非とも使ってほしい。

 時間は掛かったけど昨日のうちに技隠しテイクバックにはから、どのタイミングで氷室さんが技隠しテイクバックを使うか大体分かるんだ。ヒュンヒュンと耳元を飛ぶ氷に怯えていただけじゃない。

 もし被弾するようだったらしないように避けることもできる……多分。戦闘中の集中力なら、きっと……。


(…………やっぱ、やめとこ…緊急の時だけにしてもらお…)


 思っていた以上にウキウキ気分になっていたらしい。

 俺は第十層に上がってすぐ冷静になって今までの思考を放棄する。まったく、アドレナリンってやつは恐ろしいぜ。


「さてと……」


 独り勝手に脳内でお茶らけていた俺は現実に目を向ける。十階層に上がってすぐ俺を冷静にさせてくれた存在を相手に武器を構えた。


「小松さん、氷室さん。俺十層のことほとんど知らないんだけどこんなに出るもんなの?」

「「「グフグフッ!」」」


 10m先でこちらを睨みつけてくる岩装小鬼から目を逸らすことなく問いかける。


「出るわけないでしょ」

「この前と言い、今回と言い異常よ」

「ですよね……」


 第十層で八等級の怪物が出る確率は極稀と言っていいものだ。そのような存在が三体。一昨日は七体。『府中』ダンジョンは算数もできないらしい。


「でも、パーティの力量を測るには申し分ない相手だね。いざとなれば階段に逃げ込めばいい」

「そうね」

「美作はどうする?」


 ただ、第九層の怪物モンスターの力のなさには飽きていたこともまた事実。小松さんの言う通り後ろには逃げ道もある。一昨日のように塞ぐ怪物モンスターたちの姿もない。


「―――もちろんやるよ」


 俺の一言で戦いの幕が開けた。




「魔法威力向上…身体能力向上…衝撃耐性―――付与エンチャント


(え?多くね…?)


 開幕早々、多重付与を行った小松さんに俺は驚く。

 昨日は俺に衝撃耐性を付与するだけだったので、いっぺんに付与できないんだと思っていた。が、俺の勘違いだった模様。

 昨日の戦闘では練習になるように手を抜いていたのだろう。


 それは小松さんに限った話ではなく氷室さんも同じことが言えた。


「氷槍―――!」


 三体の岩装小鬼の接近を待つ俺の上空を三本の氷の槍が高速で飛んでいく。その氷塊は昨日の二倍はあった。


 ドガンッドガンッドガンッ「グフッッ!」「グガッ!」「ギガッ!」


 防御力に自信のある岩装小鬼は避けるそぶりも見せず被弾。結果、胸に張り付いていた装甲が粉々に砕け、うち二体は尻もちをついた。

 氷室さんの特大氷槍は俺のフルスイング鈍器メイスと同じ威力があるということだ。恐ろしい。


「美作!彩芽が次の魔法を打つまでの時間稼ぎお願い!」

「りょ、了解……」


 俺いる必要あるかなぁ…と思いつつ小松さんの指示を受けた俺は尻もちをつかないでいられた一体に接近し、装甲が剥がれた部分を鈍器メイスで強打する。


「そいやっ!」ドゴンッ「グフぁッ―――!」


 一昨日よりも『マナ吸収』が進むことで身体能力の上がった、小松さんの付与バフがかかった俺の一撃で岩装小鬼はボールのように吹っ飛んでいく。ホームラン。


「ほいっ!ちぇりゃっ!」ドゴンッ「グッ―――!」バゴンッ!「グハッ―――!」


 尻もちをついて出遅れた残りの二体も同じようにみっともなく晒された腹部を強打して吹っ飛ばす。ツーベースヒット。


 一昨日はあんなにも苦戦したというのに万全の状態の今ではボール扱い。手に来る衝撃も小松さんの付与によって軽減されているので物理的な手応えも感じない。


「グ……グフ…」「フゥ……フゥ…」「グガ……ガァ…」


 吹っ飛ばされた先でのそりと起き上がっているところを見る限り流石の頑丈さだ。  

 やはり俺の一撃じゃまだとどめを刺せないか…。


(でも俺がとどめを刺す必要はないんだよな)


 俺は三体の岩装小鬼に意識を向けたままチラリと後ろにいる氷室さんを見る。


 先ほどのものよりもさらに一回り大きい氷の槍が彼女の頭の上に浮かんでいた――。


「彩芽。とどめお願い」

「分かっているわ―――氷槍!」


 唸りを上げて氷塊が飛んでいく。



 ◇◇◇



 ―――何故このが行動を共にしているのだろうか。


 ソレはパーティとして活動し、八等級の怪物モンスターたちを次々とまるで赤子の手を捻るかのように事も無げに倒していく海、彩芽、佐紀を観察していた。


「魔法威力向上…身体能力向上…衝撃耐性―――付与エンチャント

「―――氷槍ひょうそう!」

「そいっほっよいしょっ!」

 ドンドンッ「「グフッ―――」」ドガンッ「ギャ――」ボガンッ「グフッ――」ズガン「グゲッ―――」……


 一昨日までの段階では全くと言っていいほど機能していなかった佐紀のスキル【付与魔法】がその真価を発揮することで後衛で主砲の彩芽が少量のマナで強力な【氷魔法】を行使し、前衛である海が鉄壁の如く後衛の行く手を塞ぎ、狂戦士が如く両の手の凶器を振り回す。


 冒険者業界で当りとされる【付与魔法】と【氷魔法】に新スキル【スキルボード】と海の戦闘センスがかみ合った結果が目の前の蹂躙であった。


 ―――何故だ…どうして強くなっている……。


 ソレは初めて知った。成長する生き物は自分だけではない、と。

 もう少し知るのが早ければソレは生き延びることが出来ただろう。


 ―――まだ観察が必要だ……。


 ソレが動いたのは海たちがパーティを組んでから五日目のことだった。


 時すでに遅し、原石たちは光を放ち始めている―――。

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