第39話 使い使われ

「ギャギャッ!」

「ギャギャッ!」

「そいっ」ボガッ「ギャッ―――」

「ほっ」ボガッ「ギ―――」


(私に出来るかしら……)


 時は少し遡り『府中』ダンジョン第八層。

 目の前で事も無げに岩小鬼たちを無駄なく一撃で仕留めていく海を見て、彩芽は非常に悔しいことではあるがすごいと思ってしまった。

 彩芽は既に海のことを昨日以前のように悪く思ってはいない。未だ何故授業中に外を向いているのかは謎のままだが、海の人となりをほんの少し知ったことで海は決して人を見下したりするような人間ではないと気づくことができた。それ故の称賛。


(でも…パーティに入れるのは……)


 ただ、それとパーティメンバーに入れることは別の話。

 人に頼らずとも努力次第で何とか現状を打開してみせる、人に頼ることは甘えだと考える彩芽は素直に賛同することが出来なかった。


 そんな彩芽の心の内が手に取るようにわかっていた佐紀は「はぁ」とため息をつき、彩芽に近づく。


「勝手にパーティの行く末を決めかねない決断をしたことは謝るよ。でもね、こうでもしないと彩芽は二人でいることにこだわっていつまでも浅層でとどまることになる。

 彩芽は父親を見返したいんでしょ?なら浅層で燻っている時間なんてないの。どうせ人に頼ることは才能がない人のやることだとか思ってるんだろうけどさ。自分が天才じゃないってことくらい彩芽も分かってるでしょ。てか、それなら私はどうなの?もしかして私、頼られてない?」

「うっ………」


 佐紀の言葉は何から何までが正論だし当たっているので彩芽は呻くことしかできない。


「はぁ、彩芽いい?あなたは美作に頼るんじゃないの。利用するの。美作の力を使うことによって自分をより一層輝かせるの」


 佐紀のセリフは言葉遊びでしかない。だが『人に頼ることを悪、無能の証拠』と幼き頃より言われ続けていた彩芽にとっては人を頼るための免罪符となる。彩芽とて海の力を借りるべきだとは思っているのだ。


「くよくよしているくらいなら美作より活躍してやる!って思わなきゃ。私たちのパーティじゃなくて美作のパーティになっちゃうよ?」

「それだけはダメよ……(ぺチン)」


 海をパーティに入れたくないという強い感情を上手く闘争心に挿げ替えられたことに気づかないまま彩芽はよし、頑張るぞと頬をぺチンと鳴らし気合を入れた。


(焚きつけておいてなんだけど空回りしないかなぁ……)


 その横を佐紀は歩く。




 ◇◇◇




「美作、なるべく倒さないように受け止める感じで立ち回って。できれば突進を跳ね返す感じで!」

「了解」

「「「ブヒーーッ!」」」

「彩芽は両サイドの二体を一瞬でいいから足止めして。殺さないようにね?」

「分かっているわ―――氷槍ひょうそう!」




 ―――案の定彩芽は空回りした。

 第九層で連携相性の確認をするため、泥瓜坊三体をしている時だった。


(はぁ、なんでそうなるの……)


 前線で体を張っている海の耳元、その真横を通過する氷の槍を見ながら佐紀は呆れる。よりにもよってそれを選んだか、と。


 技隠しテイクバック―――敢えて前衛の身体擦れ擦れを通して技を放つことで実際の速度よりも早く見せ、反応を遅らせるという高等技術。野球において投手ピッチャーが遅い球でも早く見えるようにと打者バッターから見てギリギリまで球の出所が見えないようにするという発想を冒険者が上手く取り入れた結果生まれた上位冒険者御用達の技術である。


 気合十分、海のおかげで体内マナ十分な彩芽は自分も海のように活躍するわ!とその技を使った。最悪である。

 前衛が上位冒険者ならほう、その歳で…と称賛するだろうが、単独ダンジョンダイブ二日目の初心者にとっては恐怖でしかない。耳ヒュンッ鳥肌ゾワッなのだ。


「……氷室さん、わざと?」

「出所を見えにくくするためよ、慣れなさい。…次来るわよ」

「…あ、はい」


(彩芽…それ怖いんだよ?)


 戦闘中にもかかわらず彩芽に話しかける海とそれに応える彩芽を見ながら佐紀は思う。

 つい昨日まで彩芽のパーティの前衛を務めていた佐紀なら海の気持ちが痛いほどわかっていた。

 後方から迫る何かの気配、突如耳元で鳴る風切り音、技隠しテイクバックを使っている後衛を信頼していないと耐えられない。

 体内のマナが枯渇するまで毎日のように技隠しテイクバックの練習をする彩芽を見てきた佐紀は当たらないと信じていたが、彩芽の努力を知らない海からすれば前に敵、後ろにも敵な状況。


「……それ、なんとかならない?」

「ならないわ」

「…さいですか」


(なんで納得できるの…)


 はぁ、仕方がないかといった雰囲気の海に心の中でツッコミを入れた佐紀は「次よ!」とやる気満々な彩芽を見てダンジョンから出た後に説明しようと決めるのだった。




 ◇◇◇




「―――――というわけなの…ほら彩芽、謝る」

「…ごめんなさい。美作君の気持ちを一切考えていなかったわ…」


 第九層から持ち帰った泥瓜坊マッドスモールボアやらなんやらのドロップアイテムを換券してもらい、外でお金に替え、三等分に分割した後、小松さんから説明を受け、そして謝られた。

 曰く、氷室さんの耳ヒュン氷槍は上位冒険者御用達の高等技術で嫌がらせのつもりではない。しかし、前衛との信頼関係が築けていない状態で使用することはあまり褒められたものではないとのこと。


(なんだ……そんなことか)


 ただ俺としてはそこまで気にしていなかった。

 耳ヒュンを許容し慣れるまで耐え抜いたのは全て氷室さんの耳ヒュン…じゃないや、技隠しテイクバックの効果を目の前で見て、これは使えるなと実感していたからだ。あぁ、このゾクゾク感たまらない!と思っていたわけではないのだ。


 確かに氷室さんの氷の槍が耳元を通過するのは怖いさ。でも、氷室さんは乱戦状態で技隠しテイクバックを絶対に使わないし、何よりギリギリまで氷の槍が隠れることによって不意を突かれた怪物モンスターたちが簡単にやられていく光景は見ていて楽しい。

 技隠しテイクバックに慣れた最後の戦闘では心に余裕が出ておぉ、これが連携か、なんて思ったほどだ。


「謝罪は受け取るよ。だから頭を上げてくれないか?」


 嫌がらせではなかったことが分かったから今はそれだけでいい。

 むしろ上位冒険者の技術をどうもありがとうと思った方が彼女のためにも俺のためにもなる。


「……あーえっと、その…」

「佐紀、私が言うわ…―――美作君、一時的にでもいいの。私たちと一緒にダンジョンへ潜ってくれないかしら。身勝手なことを言っているのは百も承知よ」


 気まずそうに俺をパーティへ勧誘しようとした小松さんを抑えて氷室さんが俺にそう言ってくる。パーティに入ってくれないか?と。


「こちらこそよろしくお願いします」


 もちろんOKする。女の子のお願い我儘を無下することが出来る俺ではない。

 それに氷室さんの口調から「ずっと組むつもりはない」という意思を感じた。【スキルボード】を明かすことが簡単には出来ない以上、いつかはパーティを抜けなければならない。非常に惜しく思うが俺にとっても悪くない話だった。


 氷室さんたちは第十五層を超えるため、俺は今の自分一人では挑戦することが出来ない深層を経験し、成長するため―――。


「また明日ね」

「明日からよろしく」

「こちらこそよろしく」


 離れていく二人を見送った後、俺はノルマを熟すべく再びダンジョンに潜る。




 <土属性魔法のスキルボード>

 ―――――――――――――――――――

 右上:洞窟型ダンジョンに滞在 19/100時間

 右下:鉱物系怪物の討伐 100/100体 達成!

 左下:泥団子を作る 400/1000個

 左上:土属性魔法をくらう 100/100回 達成!

 ―――――――――――――――――――




「300個くらい作りたいなぁ……」


 俺は独り言ち、泥団子を作り始めた。

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