第19話 実技講習一日目

「あの、これってどこに返せばいいんですかね」

「第一回実技講習が終わった後、受付にいる職員へ一言言って返しておいてください」

「分かりました」


 顔以外の全身を覆う厚手生地の貸し出し用トレーナーを身に着けた俺は先ほどまで実技講習の参加者たちに注意事項を伝えていた男性職員に一礼し、参加者たちの中に紛れ込む。


 今度は俺の周りに神聖不可侵の聖域はない。

 半袖ジーパンから卒業した俺はしっかりと溶け込んでいた。


 皆の視線の先で実技講習の第一段階『冒険者カードの使用』の説明を行おうとしているのは先ほどの職員さんではない男女のセンター職員二名。


「は~い、みなさ~ん。聞こえてますかー?」


 二人のうち女性職員の方が元気な声を出したので耳を傾ける。


 幼児のお遊戯会ではないので誰もはーいともうぇーいとも言わない。ただただ頷きチラチラと周りを見るだけ。


 俺としては周りの反応よりも進行役の女性職員の右側で腕を組み興味なさそうに参加者たちを俯瞰している男の方が気になるのだが…。


 しかし、俺の興味の矛先など誰も気にしていない。

 どうやら大丈夫だと判断した女性職員は実技講習を始めた。


「え~、無駄話は必要ないと思いますので早速始めちゃいます!私は冒険者センター職員の美浜千鶴みはま ちずると言います。そして、私の隣にいる男性は冒険者センター職員であり二等級冒険者でもある水沢楽みずさわ がくさんです!」


 黒髪ポニテの小柄な女性職員――美浜さんは自分の右側に突っ立っているの髪をした男性職員――水沢楽の紹介までしてしまう。


「…水沢だ、よろしく」


 名前と等級を他人に紹介され、ただ一言よろしくと呟く水沢。

 美浜さんとは違って、声の広がり的に多分マイクのようなものをつけて喋っている。


 仕事中くらいハキハキ喋れよと思ってしまうが、そんな風に思っていたのは俺だけだったらしい。


「すげぇ」「水沢さんってあの水沢さん!?」「やべぇ、二等級かっけぇ」「知的素敵」「かっこいい…」やらなんやら周りからは水沢を褒めたたえる声ばかりが上がる。


 どの水沢があの水沢か存じ上げないが、二等級というのは立派な一流冒険者だ。

 そしてこの場にいるほとんどはそんな一流冒険者に憧れ恋焦がれる少年少女たち。

 盛り上がってしまうのも無理はない。


 参加者たちにもてはやされて満更でもない表情を僅かに浮かべる水沢と折角静かになっていた若者たちを「静かにしてくださ~い!」と懸命に静かにさせようとわたわたしている美浜さん。


 あ~あ、そこで無表情を貫いていたらミステリアスキャラだったのに…美浜さん小動物みたいで可愛いなぁと思いながら実技講習の再開を待つ。


「ふぅ、静かになりましたね……」


 五分ほどして無事場を収めた美浜さんは再度参加者が自分の方を向いているかの確認をしてから講習を再開した。


「え~と、まずは冒険者カードの説明から始めますね!……皆さんは座学講習や検定等で既に冒険者カードがどのようなものであるかを知っていると思います。ダンジョン内外を問わず自分の身分を証明するとき、ダンジョンの入退室確認をするとき、換券場・換金場にてドロップアイテムとお金を交換するとき、またクレジットカードとしても使えます。

 ……では、そんな便利品、冒険者カードの使い方を実際に見てもらいつつ早速ダンジョン内に入っていきたいと思います。ダンジョン内では冒険者パーティの方々が皆さんの護衛をするために待ってくださっていますので時間を掛けることができません。二日目、三日目は丁寧に教えますが初日は基本、目で見て学んでください。

 ……それでは出発しまーす!」


 参加者を見回しながら口頭説明を一気に終わらせた美浜さん。

 ダンジョン内で必要とされる技能を三日で教えるためにかなり急いでいる様子だ。

 説明会でありがちな質問タイムもないことから質問は全てを終えてからするか目で見て自分で解決しろとでも言わんばかりのスピードでトテトテとゲートの方に向かう。


 電車の改札を通るときみたいにわざわざ冒険者カードを出すことなく水沢はゲートの中に入っていった。


「知っていることだと思いますが冒険者カードはセンサーが勝手に読み取ってくれますのでわざわざ提示する必要がありません。冒険者カードを保持しているだけでいいんです!

 …でも、保持していないままゲートに入ろうとすると怖~い人たちが来て保持していない理由を根掘り葉掘り聞かれてしまいます。ゲートに入る前には必ず装備のチェックと並行して冒険者カードを持っているかの確認をしましょう。

 ちなみにカード入れが付いている装備もあるので、自分は失くしてしまいそうだなぁと思った人はそういった装備を選ぶことをお勧めします!」


 へぇ、そんな装備もあるんだと思い、今着ている貸し出しの衣服を見るとカードケースらしきものがあった。スキーウェアに付いているリフト券入れみたいなものだ。


(貸し出しの割にはかなりしっかりとしているな)


 半袖ジーパンじゃなかったらできなかった経験だ、と無理矢理自分のミスをポジティブに持っていく。長袖長ズボンが必要であるとわかっていた場合、学校指定の体育ジャージを着ていたはずだから。


 目線を衣服から前に持っていくと、既にパーッと補足説明を入れた美浜さんも水沢に続いて入っていき、参加者たちも恐る恐るではあるがゲートに飛び込んでいくのが見えた。

 目を瞑ってえいっと入るやつもいれば空かした顔で入るやつもいる。


(そういえば、この人たちは初めてなんだっけ)


 十人十色、様々な入り方をしていく同期たちを見て、俺とは違い目の前の彼彼女かれかのじょたちは初ダンジョンダイブなんだなぁ、とふと思う。


 適性検査で一応はダンジョンダイブを経験したはずだが、それは十等級ダンジョン。

 今潜ろうとしているのは一等級ダンジョン。


 規模や雰囲気に至るまで何もかもが違う。初ちゃんとしたダンジョンダイブとでも言うべきか。


(俺ってやっぱり恵まれてるなぁ……)


 思いもよらないところでスキルボード新スキル保持者の恩恵を感じながら、俺は特に感動もなくゲートを潜った。




 ◇◇◇




「丸みを帯びた葉が特徴のこの植物は回復草と呼ばれるダンジョン固有種のもので、【調合】や【ポーション作成】のスキルなどで作られる人工ポーションの原料になります。加工しないと回復の効果はありませんので、生の状態で食べないでくださいね。すっごく苦いですから!」


 カチャ、カチャ


「その隣にある青い四角の葉が特徴的な多肉植物は除痛草です。人工ポーションに入れられたり入れられなかったりしますが回復草と違って加工前でも痛みを緩和させる、取り除く効果は十分にあります。

『掠り傷やポーションを使うまでもない傷、でも気になってしまう』…そんな時に探したりしますね~。葉を折った時に出る汁を傷口に塗り込むと不思議と痛みが消えるんですよ。傷跡が残りにくくなるという研究データもあるようで女性にはかなり人気の薬草です!でも食べないでください。すっごく苦いですから!」


 カチャ、カチャ


(へぇ、傷を治すとか痛みを取り除くとかだけじゃないんだ……)


 実技講習が始まってから一時間が経過した現在。

 換券・換金、ドロップアイテムの扱いなどの理解していないと法の裁きが待っていますよという細かいところからダンジョン内における不文律までの説明を美浜さんから受けた冒険者の卵たちは、いよいよ実技らしい実技に入っていた。


 カチャ、カチャ


 今は丁度薬草採取について教わっているところだ。

 案内冊子を全く読み込んでいないため定かではないが、実技講習一回目の内容は薬草採取などの冒険者・仮冒険者スキルの有無に関係なく誰でも行うことが出来る活動の実習なんだと思う。


 おそらく今周りにいる同年代の人たち全員が全員、スキルを持っているわけじゃない。スキルを持たない人間―――仮冒険者になるべくこの場にいる人もいると思うんだ。


 まぁ、大体誰がスキルを持っていて、誰がスキルを持っていないかはぱっと見で分かってしまうが……。


「この前の『The Dungeon』の特集内容ヤバくね?攻略班の裏側とかさ」

「柊さんが表紙飾ってたやつだろ?マジ燃えるよなぁ。半端じゃねぇよ」

「俺、間近で柊さん見たことあるぜ」

「え、マジ?」

「大マジ」


「あの、美浜さん。【調合】のスキル持ちさんにダンジョン内で取った薬草をポーションに変えてもらって換券場に提出することは違法になりますか?」

「あ~、なるほど。結論から言ってしまうと違法にはなりませんね。ただ、グレーゾーンなのでおすすめは出来ません。第一、ダンジョン内で薬草を調合して売り捌く人はあまり信用できないんですよ」

「なるほど…ありがとうございます」

「僕もいいですか?」

「あ、はい。どうぞ!」


 片や美浜さんの説明をそっちのけで雑談している人たち。

 片や真面目に聞き質問したりして薬草採取で出来るだけ利益を出そうと一生懸命な人たち。


 前者のような嘗め腐った態度を取っている奴らがスキル保有者。後者の真面目な人たちが非スキル保有者。


 桜子さんと初めて一等級ダンジョンに入った日。

 ダンジョンラボに向かう途中で注意されたことを思い出す。


 ―――草むしりとか木の実狩りとかしているのは仮冒険者の人たちですか?

 ―――そうですね。草むしりではなく薬草採取ですが…。


 あの時は全く知らなかったが、『草むしり』とは冒険者が仮冒険者に向ける蔑称の一つである。


 カチャ、カチャ


(あんな風にならないようにしよう……)


 <両利きのスキルボード>のノルマの一つであるハンドグリップを左手でカチャカチャさせながら自分に言い聞かせる。


 いや、お前もお前で片手間に聞いてるじゃんと思われるかもしれないが、それは違う。


 だって俺も真面目な人たちに交じって美浜さんに質問したりしているもの。薬草に群がる人たちに交じって観察しているもの。


 おかげで「うわこいつ、半袖ジーパンじゃん。え、なんでハンドグリップ使ってんの?やば」というモテとは正反対の視線が周りからビシビシ飛んで来るけれど、関係ない。ついでに周囲警戒の練習まで行っているので頻りに首を振っている。完全なる変人。

 ただ、半袖ジーパンの時点でヤバい奴認定されていたから今更なのだ。今、この場でのモテは諦めた。


 そんな俺でも雑談ばかりして話を聞かず、今もなお薬草に群がる俺たちを馬鹿にしたような目で見ている奴らよりはマシなはず。多分…。

 だから俺はハンドグリップを握りしめ、たまにスキルボードをチラリと見ながらも薬草の説明を聞く。




 <両利きのスキルボード>


 ——————————————————

 右半分:左手ハンドグリップ40㎏ 96241/100000回

 左半分:左手お豆箸掴み 移動式 87000/100000回


 報酬

 スキルボード 【??】

 スキル 【両利き】


 ―――――――――――――――――――



(今日中に終わらせたいなぁ……)


 あと少しでハンドグリップは終わる。

 ただ、豆掴みはダンジョンラボでやることになるだろう。

 俺のボディーバックの中に茶碗と箸はあるが豆はない。というか豆があったとしてもやらない。流石にこの場では……。ね?


「美浜さん、これって―――」

「あぁ、それはですね!」

「美浜ちゃん、これは?」

「誰が美浜ちゃんですか!…えっと、それはですね……」


 美浜さんの元気な声がダンジョン内に響き渡る。


「水沢さん、これって……」

「……」

「…あ、すみません。えっと~、確か……あ、あった。そのことについてはですね―――」


(おい、水沢。仕事しろ…)


 二等級冒険者――水沢楽はずっと腕を組んでいるだけだった。


 何事もなく実技講習の一日目が終わる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る