第20話 甘くない現実

『マラソン』→『ランニング』に変更しました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…こんばんわ朝陽さん」

「やあ海君。ジーパンはどうだった?目立った?」

「そりゃもう悪目立ちしまくりですよ」

「いやぁ、海君なら気づくと思ったんだけどね~」

「あの短時間じゃ気づきませんって。超慌てましたからね…」


 今は夕方、場所はダンジョンラボ。

 実技講習が終わってから約束の時間まで家に帰って時間を潰したのち、再びダンジョンに入るためセントラルの入り口で桜子さんと合流。

「朝陽ったら、全くもうっ」「ですね~」と話しながら豆掴みのノルマを終わらせるべくダンジョンラボに向かい、丁度着いたところだ。


 もちろん初めの会話は今朝の悪戯についてのこと。

 はぁ、とため息をつく俺の表情を見て朝陽さんは非常に満足気だ。


(まぁ、いっか…)


 緊急の要件であったのにLimeではなく手紙で伝えてきたというあからさまな悪戯を見抜けなかった俺が悪いと思ってしまおう。

 朝陽さんと言い合いをしても勝てる気がしないし、注意してもこの人は絶対に悪戯をやめない。

 その確信があったので午前中の半袖ジーパンは不問とした。


 ただ、桜子さんはそんな朝陽さんが許せないようで……。


「海君は優しいですね。……だから友達が出来ないんですよ朝陽」

「のんのんのん桜子ちゃん、私は敢えて作らないのだよ。煩わしいだけだからね~。少なくても確かな友情を育むことが大切なのさ。

 知ってる?友達が多い人は大成しないんだって。薄く広ーい交友関係は邪魔なだけだよ」

「いない人も大成しませんよ」

「……あれ?桜子ちゃんは友達だよね?」

「私の友人に自分の非を認められない卑怯な人はいません」

「カイ君、ほんとごめん!」

「謝意が感じられませんよ朝陽さん」


 訂正。

 朝陽さんとの言い合いで勝てないわけではない。

 桜子さんと共闘すれば勝てる。


(さーてと、豆掴み始めますか)


 セントラルに向かう途中のコンビニで買った茹で大豆をボディーバックから取り出し、マイ茶碗いっぱいに入れて準備する。


「残念でしたね?朝陽」

「え、ちょっ、ほんとにごめんってばカイ君!…ねぇ、聞いてる?私、海君のために合否通知早めに送って、講習も無理を通して参加させてあげたんだけど!」

「頼んでません」


 俺はどこか楽し気な桜子さんと正反対に必死な朝陽さんの声を作業集中BGMに、箸でちまちまと大豆を茶碗から茶碗へ移し替え始めた。



 ◇◇◇



 <両利きのスキルボード>


 ——————————————————

 右半分:左手ハンドグリップ40㎏ 

  100000/100000回 達成!


 左半分:左手お豆箸掴み 移動式 

  100000/100000回 達成!


 報酬

 スキルボード 【投擲とうてき

 スキル 【両利き】


 ―――――――――――――――――――


 <ステータス>

 ——————————————————

 名前:美作 海

 年齢:16

 スキル:【身体能力補正】

     【筋トレ故障完全耐性】

     【筋量・筋密度最適化】

     【自然治癒力補正】

     【自己鑑定】

     【両利き】 new!

 ——————————————————


「終わったぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 一心不乱、ノンストップで豆を箸で摘まみ上げること5時間。

 今日中に<両利きのスキルボード>のノルマを終わらせるという目標を達成することが出来た。これにて豆掴みハンドグリップ生活の終了である。


(長かった……)


「お疲れ様です海君」

「すみません。結局今日も夜遅くまで居残りさせてしまって…」

「いえいえ、上司から残業代が出ているのでただ働きじゃないですよ?だから海君は気を遣わなくていいです。思う存分スキルを獲得してください」

「…そう言ってもらえると助かります」


 桜子さんはお金にがめつい女性ではない。

 俺に気を遣わせないように敢えてお金の話を持ちだしているのだ。


 例えそれが本心でなくとも純粋な親切心をぶつけられるより、誰が聞いても納得できる現実的な理由の方がこちらとしてはありがたい。


(いい人だなぁ……それに比べて朝陽さんは……いやまぁ、どちらかと言えば朝陽さんの方が普通の反応なんだけどさぁ…)


 二階のガラスの奥でビービーと騒いでいる女性の方を見る。


「え~桜子ちゃん、マコちゃんから残業代貰ってんの~。いいなぁ~、私貰ってなーい」


 子供のように駄々をこねるする朝陽さん。駄々をこねながらも時折チラチラと俺の表情を観察している。

 残業代を貰っていないことは可哀そうであるが、俺を困らせようとしている悪戯心が見え見えなので申し訳ないという気持ちが不思議と湧いてこない。


 これはこれで朝陽さんなりの俺への気遣いかな、と一人いい様に解釈し話を【スキルボード】の方に持っていく。


「えっと、お陰様で【両利き】のスキルを取ることが出来ました。それと、新しいスキルボードとして<投擲のスキルボード>を獲得することもできました」

「私の取説とりせつもゲットしたよね~海君。まぁ、研究費の中に残業代入ってるからいいんだけどね~。……で、投擲…だっけ?よかったじゃん。初めての純戦闘スキルじゃないかー。うん、悪くない」

「おめでとうございます海君。投擲はその名称、イメージから外れスキルと勘違いされることが多いのですが、かなり有用なスキルなんですよ」

「え、そうなんですか?」


 朝陽さん、桜子さんの二人から意外や意外、投擲が良スキルであると聞いて驚く。

 ノルマが終わった達成感からあまり意識していなかったが、心の奥底で投擲かぁ、またパッとしないスキルだなと思っていたからだ。


 が、まさかの良スキル。それも一等級冒険者認定の、だ。

 驚かないはずがない。嬉しくないはずがない。


 ただ、何故良スキルであるのかが依然分からないまま。


 投擲の良さを全く理解していない俺に気づいた桜子さんが説明を入れてくれる。


「えっとですね。海君は【剣術】【槍術】【弓術】などのある特定の武器を操るスキルは一般的に武術系スキルと呼ばれていることを知っていますか?」

「あ、はい。検定に出てきたので…。属性魔法系スキルと同じで外れがない、汎用性があるスキル。王道スキルとも呼ばれていますよね?」

「その通りです。そして武術系スキルには投擲も含まれているんですよ。保持者に掛かる効果バフは人によってまちまちですけど、大抵の人は160㎞オーバーの剛速球を狙い通りの所に突然投げられるようになります。しかも、投げる物は球体だけにとどまらず石や小刀、人によっては岩や大剣まで含まれます。

 他の武術系スキルと比べて名称がパッとしないのと華やかさがないことから初心者であればあるほどがっかりする方が多いのですが、経験を積むうちに気づくんですよ。あれ?すごく強くない?って」

「それは強いですね……」


 桜子さんの『あれ?強くない?』の言い方が可愛かったのは置いといて、聞く限りでは投擲スキル恐るべし。

 大剣が唸るような音を立てて飛んで来るなんて怪物モンスター側からしたら悪夢でしかない。


(俺、『連続爆速大剣』使えるようになっちゃうのかな…)


 右左関係なく大剣を連続で射出し、怪物モンスターを倒しまくり、女の子にチヤホヤされる自分を想像し悦に浸る俺。まさに取らぬ狸の皮算用。


 そんな俺に対して朝陽さん現実主義者がただただ現実を突き付けてくる。


「ま、それも人によりけりってのを忘れないでねー、カイ君。桜子ちゃんの言う通り160㎞という数字はあくまでも平均だから期待しすぎると後悔するよ?実際問題、カイ君の【身体能力補正】【自然治癒力補正】の効果バフはどちらとも一般平均100%上昇を大きく下回る10%上昇だったからね~。前例が存在しちゃってるんだよ」


(……ん?)


「え?今なんて」

「ん?160㎞という数字はあくまでも…」

「いえ、その後です」

「カイ君の【身体能力補正】【自然治癒力補正】の効果バフはどちらとも一般平均100%上昇を大きく下回る10%上昇だった……あれ?言ってなかったっけ、身体測定の結果」


(言ってねえよ。聞いてねえよ。)


【身体能力補正】【自然治癒力補正】【筋量・筋密度最適化】の正確な効果を測るため定期的に身体能力測定をやらされていた俺。

 いつになったらその結果を教えてくれるのかなぁと思っていたが、それが今だった。

 しかし、結果は最悪なもの。


「…10%ですか……。平均が100%上昇なのに?」

「うん。でも、『スキルを獲得する』というメリットを考えればこれくらいのデメリットはデメリットとは言わないよ。

 それにまだ【投擲】が平均を下回るって確定したわけじゃないんだ。あくまでも私は【身体能力補正】【自然治癒力補正】の結果を【投擲】に当てはめてみただけ。……というか獲得すらしていないじゃん、【投擲】。気にするだけ無駄だよ」

「…そうですね。今考えても仕方ないですね」


【スキルボード】―――スキルを獲得するという夢のようなスキル。完全無欠なスキル。


 しかし悲しきかな、完全無欠はこの世に存在しない。完全無欠に見える物であっても何かしらの欠点を抱えているというのがこの世界の法則だ。その法則はダンジョン内であっても変わらない。ただそれだけの事。【スキルボード】にも欠点はあったということ。


(世の中そんなに甘くないってことだな……)


 最強は簡単になれるモノではないから最強なんだ。モテは甘くないんだ。と自分に言い聞かせ、<投擲のスキルボード>のノルマを確認する。




 <投擲のスキルボード>

 ――――――――――――――――

 右上:スクワット 0/10000回

 右下:懸垂    0/10000回

 左下:ランニング 0/100㎞

 左上:シャドウピッチング タオル

   右 0/1000回

   左 0/1000回

 ――――――――――――――――

 報酬

 スキルボード 【?????】

 スキル 【投擲】

 ――――――――――――――――


「おっふ……」


 筋トレ地獄の不意打ちに思わず声が出る。


 良スキルを取るためにはそれなりの代償が必要ってわけか。

 てか、よく考えたらノルマの筋トレ地獄も【スキルボード】のデメリットの一つなのかもしれない。


 石板は俺だけにしか見えないので内容を朝陽さんに伝えるため顔を残念美人の方に向ける。

 当然朝陽さんと目が合う。


 ニヤニヤしていた。


「その顔はノルマの確認したね?しかも筋トレのノルマ引いたでしょ?」

「なんでわかるんですか…」


 そんな分かりやすいかなぁと顔を触っていると俺を見て桜子さんが微笑む。


「ふふっ、海君は顔に出ますからね…。あ、別に悪い意味で言っているわけじゃないですよ?感情豊かで可愛らしいなぁ、と」

「桜子ちゃん。男にかわいいとか言っちゃダメだよ~。ほら、カイ君泣きそうじゃん」

「…どこをどう見てそう判断したんですか」

「えっ、そうなんですか。……ごめんなさい、海君」

「…謝らないでくださいよ、泣きませんから。…告ってないのに振られたみたいじゃないですか…」

「あ、ごめんなさい…」

「でさ、海君、ノルマの筋トレ教えて」

「………スクワット、懸垂を各一万回、ランニング100㎞、それとタオルを使ったシャドウピッチング左右各1000回ずつです」


 朝陽さんのせいで会話がぐちゃぐちゃだけど止めるわけにはいかない。今日も夜遅くなってしまったので早く帰らなければならないと思い、大豆をかき込み茶碗と箸はタオルで拭く。しっかり家で洗うよ?


 手を動かしながら口も動かす。


「報酬は前回同様、名称不明なスキルボード一枚とスキルボードの名称になっているスキルです」

「投擲ってことね」

「そうですね」

「…う~ん、まぁ明日もダンジョンラボに来てノルマをこなしてもらうって形かなー。あ、そうだ。海君明日も9時から実技講習だっけ?」

「誰かさんのせいでそうなったみたいですね」

「じゃ、また明日は17時からダンジョンラボかな~。で、三回目は夕方からだから午前中に来てもらうことになるのか。…桜子ちゃん空いてる?」

「空けときますね」

「サンキュ~」

「ありがとうございます。桜子さん」


(三回目までに【投擲】取れるかな…)


 マイ茶碗とマイ箸を鞄にしまいながら考える。


 豆を掴んでいる時に聞いたのだが、実技講習の二回目からは安全地帯の第一層ではなく、怪物モンスターが跋扈する第二層に入っていくらしい。

 三回目では職員が見守る中、自分たちが主体となって怪物モンスターと対峙するとも聞いた。


 純戦闘系スキルを持っていない人でも倒せるような怪物モンスターを相手にするから心配ないですよと桜子さんは言っていたがどうせならスキルを駆使して倒してみたい。

 だから【投擲】が欲しい。


 しかし、時間は限られている。

 明日の夕方と明後日の午前中の10時間弱でノルマを達成することは<始まりのスキルボード>の経験からしてかなり難しいことだ。


(でも不可能ではない……)


 三回目の講習で怪物モンスターと対峙するのは俺一人ではない。周りには戦いに慣れていない同期がいるはず。女の子もいるはず。


(かっこよくモンスターを倒したい)


「カイ君バイバーイ」

「明日もよろしくお願いします」

「…では海君、行きましょうか」

「はい、桜子さん」


 俺は熱き思いを胸にダンジョンラボを、ダンジョンを、セントラルをあとにする。


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