第18話 半袖ジーパン


(……やられた)


 8時55分。

 駐輪場にチャリを止めてから冒険者センターに入り、検定合否の封筒に入っていた案内冊子に従って一等級ダンジョン『渋谷』ゲート付近に歩を進める。


 ここまでは良かった。

 問題が生じたのはその後。

 俺は自分と同じく実技講習をこれから受けるであろう同年代の少年少女の集団を発見し違和感に気づく。




 ジーパンをはいている奴なんてどこにもいなかったのだ―――。




 少年少女たちの多くはデザインの似ている分厚い素材で出来たジャージを着ており、その多くに分類されない他の人たちも何かしら露出の少ない長袖のトレーニングウェアを身に着けている。


(やられた……)


 講習開始まで残り5分。

 チャリに乗る直前に感じた違和感の正体はこれだったかと悟り、確認のため桜子さんにLimeする。

 普段の俺なら仕事中だからダメだろと思うところだが、あいにく今は緊急事態。


 (だって俺だけジーパン、半袖なんだもん……)


 今日の気温は32度。何も間違ったことはしていないはずなのに俺は絶対に間違っている。そんな確信があった。



『お仕事中にすみません。緊急です。

 実技講習を半袖ジーパンの格好で参加している俺は間違っているのでしょうか』


 既読はすぐに付いた。


『どうして案内冊子を見なかったんですか?』


 桜子さんに言われて再び案内冊子を見る。


 ――実技講習はダンジョン内にて行われます。ダンジョン内の草木によって肌が傷つけられる恐れ、また案内役に二等級以上の冒険者資格を持つ職員一名、護衛役に冒険者センター所属パーティが付きますが万が一がございますので肌の露出が少なくかつ動きやすい服装でのご参加をお願い致します。―――


 ガッツリ書かれていた。


『見てなかったです。見る時間がなかったんです。朝陽さんに騙されました…』

『海君の身に何が起きているか分かりませんが、朝陽が悪いのだけは伝わってきました。第一、実技講習を受講するのが海君早すぎませんか。検定は日曜でしたよね』

『俺にも何が何だか…。わかっていることは朝陽さんが真っ黒だということです。お仕事中に失礼しました。今日も夕方からよろしくお願いします』

『よろしくお願いします。頑張りましょうね。

 朝陽は私が問い詰めておきます。

 それと合格おめでとうございます。実技講習が終わったら海君も晴れて冒険者の仲間入りですね。ただ実技講習だからといって油断ないよう、常に周りを警戒する練習をしてきてください。数少ない練習の機会なので』

『はい、頑張ってきます』


 少ししても桜子さんの返信はなかったのでスマホをポケットにしまいどこか遠くを見つめる。


(冒険者の人はちゃんとしたアドバイスくれるんだなぁ……)


 偽桜子さんも桜子さんもどちらも合格を祝ってくれた。しかし、その後の言葉は真逆だ。

 偽桜子さんは当たり障りのない、誰でも言えるような言葉を。

 桜子さんは先輩冒険者として、新人へ向けた厳しくも心あるアドバイスを。


(騙されないようにしよ……)


 自身を持って絶対に違うと言い切れるが、これも『ダンジョン内では少しの油断が命取りになるぞ』という朝陽さんからのアドバイスとして受け取っておこう。

 100%遊ばれてるだけだけどね。


「え~、時間になりました。今から出欠の確認を取りたいと思いますので私語を止めてこちらに耳を傾けて下さい。呼ばれた方は手を上げるだけでなく声も出してくださると助かります。…その前に一応の確認なんですけど実技講習に参加するという方の中で間違えて半袖で来てしまった、という方はいませんか?」


 本当にそんな奴いるわけないという考えが透けて見える男性職員の確認にこちらもそんなのいるわけないでしょと右から左へ聞き流す参加者たち。


 いるんだよね~。

 可哀そうなことにまんまと騙されて半袖、ジーパンで来てしまった間抜けがここに。


「はい」


 職員さんに言われた通り声を出して片腕をぴんと上げる。こういう時は潔く自分の間違えを認めてしまおう。そちらの方が気が楽になる。


(あぁ、最悪だ)


 とはいっても-100が-50に変わるだけなのでノーダメージじゃない。

 職員さん並びに参加者全員がバッとこちらを見てきた。


 こいつマジかよ―――と目に顔に態度に表れている。その一つ一つがチクチクと俺の心を突いてくる。


「…トレーナーの予備がこちらにあるので説明が終わったらこちらに来てください」

「はい、すみません」

「……それでは実技講習を受講するにあたっての注意点をお伝えしますのでこちらをご覧ください…」



 俺はぽつんと一人。

 半径一メートル以内に人がいない空間で説明を聞いていた。

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