第二章 実技講習編
第17話 朝からドタバタ
「良かった……豆ない」
「あれ?おにぃって豆類嫌いだったっけ」
「…箸を見るたび掴むたびにフラッシュバックするんだ……」
「パパ、醬油とって……ありがと」
「湊さんお茶とって……ありがと~」
「……父さん、俺も「自分で取れ」…あい」
学校のない日は午前だけ、学校がある日は夕方から夜にかけて。
ダンジョン内でハンドグリップにぎにぎ、お豆ちまちま生活が始まり早一週間とちょっとが経った。
その間起こったことはこれといってない。あ、検定があったか。
一週間という短い時間ではあったが多分受かっている。
もともと簿記三級みたいに頑張れば二週間で取れるような検定だ。だからもうちょっと頑張って一週間で取れるくらい勉強した。それだけ。
もし落ちていたら朝陽さんに指をさされながら笑われるんだろうなぁと思いながら醤油を自分で取り冷ややっこにかける。
「海、あなた宛てになんか届いてたわよ」
小鉢に入れられた刻み生姜を取ろうとしたところで母さんに声を掛けられた。
「ん?」
母さんの手には大きめの茶封筒が一つ。
(なんだろう…)
「ありがと」
「冒険者になるの?」
「ん?うん」
「そ、気を付けなさいよ~……奈美、これ美味しいわね。どうやって作ったの?」
「でしょ?美味しいでしょ。それはね―――」
母さんから茶封筒を受け取り、奈美と母さんが話始めるのを横目に見ながら封を破る。冒険者センターからの贈り物だと分かったからだ。
「よいしょっと…おっ」
封筒に手を突っ込み、中から一回りも二回りも小さい水色の封筒を取り出すと最初に冒険者知識検定合否通知の文字が目に飛び込んでくる。
(早くね?)
今日は夏休み初日の木曜日。検定は日曜にあったので四日で合否通知が届いたことになる。
「何が入っていたんだ?」
「検定の合否」
「そうか、早いな」
「ね」
食卓でただ一人、飯を食べる以外にすることがなかった父さんと話しながら封を開け中の紙を開く。
―――合格―――
「どうだった」
「受かってた」
「そうか、よかったな」
「ね、一安心」
合格の文字を確認しすぐに大きな茶封筒に手を突っ込み、中に入っていたもう一つの封筒を引っ張り出す。
あり得ないほど早い合否の発表。
訳ありとしか考えられない。
俺の予想は当たった――。
―――――――――――――――――――
海君へ
早朝に突然失礼します。
ご存じの通り冒険者検定二級の資格を持っている人は座学の講習が免除されます。なので実技の講習に三回参加すれば海君も晴れて冒険者の仲間入りということになるのですが、その海君の実技講習を朝陽が勝手に申し込んでしまったのです。
それもこの封筒が届いた日の9時から始まる講習を連日三回分を。
申し訳ありません。
ただ、非常に勝手ながら当日のキャンセルはキャンセル料が発生してしまうのでできれば参加してくださると助かります。服装は動きづら過ぎるものでなければなんでも構いません。ジーパンとかでもいいですよ。
最後に、合格おめでとうございます海君。ダンジョンは非常に怖いところですが楽しい場所でもあります。我々冒険者センターは海君の活躍を心から願っています。
我妻桜子より
――――――――――――――――――――
(……んな馬鹿な)
朝陽さんが勝手すぎる…。まぁ、なんも予定ないから行けるけれど。
またマッドがやりやがったと思いながらも業務連絡ではあるが、今時女性からの、しかも桜子さんからの手紙はなかなかにレアなので大事に保管しておこうと綺麗に手紙を折りたたむ。
それから時計に目をやった。
―――8時
(家が近くなかったら詰んでいたな)
「ご馳走様。ちょっと用事できた」
「いってら、おにぃ」
「いってらっしゃ~い」
「気を付けていきなさい」
食器を洗ってから寝癖を直し、歯を磨く。
髪を整えてもどうせチャリと風のせいでぐちゃぐちゃになるので整えることなく、桜子さんのご要望通りジーパンを履いて玄関に向かう。
もちろんマイ茶碗二つとマイチョップスティックも忘れない。今この場で地面に叩きつけたいけど投げない。
モテ男が茶碗と箸を地面に投げつけると思うか?そうだろう。投げつけないだろう。
「いってきまぁす」
靴を履いて一言呟いてから家を出る。
(あれ?そういえばなんでLimeで連絡してこなかったんだろう……まぁいっか)
ふとした疑問が脳裏を過ったが、時間が時間なのですぐに忘れ、渋谷に向けチャリを漕ぎだした。
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