第11話 二度目のダンジョンラボ
「そういえば我妻さんって防具とか着ないんですか?」
一等級ダンジョン『渋谷』に入り、ダンジョンラボへ向かう途中の道。
セントラルの1階にいた人たちの多くはファンタジーな格好をしていたのに桜子さんはファンタジーしないのだろうかと疑問を持つ。
桜子さんは昨日と同じ冒険者センター職員の制服を着ていた。
「私は防具を自分のスキルで瞬時に作ることが出来るのでいらないんですよ。それにセントラルの更衣室で着替えるのは時間がかかりますしね」
「あ、そうなんですね。てっきり一層は余裕だから装着していないんだと思ってました」
何せ一等級冒険者だからなぁ。
桜子さんすげぇな。
しかし、桜子さんはそんなことを思っていた俺を注意する。
「美作さん、一層だから大丈夫という感覚は今すぐ捨てて下さい。ダンジョンでの油断は死に直結します。初めは警戒しすぎるくらいがちょうどいいんです。ダンジョンに潜り続けているうちに塩梅が分かってきますから」
「え、あ、はい。そうですよね、すみません。以後気を付けます」
桜子さんの表情があまりにも真剣なものだったので思わず謝ってしまった。
「いえ、わかってもらえれば十分です。…説教臭くなってしまってすみません」
「い、いえ。ダンジョンをまだどこかで嘗めていた自分が悪いので謝らないでください。俺が何か間違ったことを言ったら注意してくれる方がありがたいですし…」
「本当ですか?……分かりました。美作さんが間違えるたびに私が指摘して修正していきます」
俺多分そんなに間違えませんよ?
心の中でそんなことを思いながらも口では「よろしくお願いします」と答える。
間違いをそのまま放っておかれるよりは怒られたとしても教えてくれる方が何倍もマシだからな。
それにしてもスキルで瞬時に防具を作ることが出来るかぁ…。
桜子さんの【スキル】はどういったものなのだろうか。
冒険者間での暗黙の了解があるので聞きはしないが興味はある。大いにある。
今何が起きても対処することが可能であるという自信が桜子さんの背中から感じられた。
(ん?…ちょっと待って。……じゃあ俺は?)
超一流冒険者である桜子さんですらいつ何時でも何が襲い掛かってきても対処できる状態をつくっているのにドが付く素人の俺、私服なんですけど。スキルあってないようなものなんですけど。
「あの、我妻さん。素人の中の素人である俺がダンジョン内で防具なし武器なしってもしかしなくても油断の極みじゃないんですか?」
「―――何があっても私が守りますから大丈夫ですよ。だから安心して周囲警戒の練習でもしていてください」
「……」
…一生ついていきます。
一瞬、そう思ってしまうくらいには桜子さんの背中が頼もしく俺の眼に映った。
◇◇◇
桜子さんと一層の草原を歩いて少し。
無事何事もなくダンジョンラボに到着した俺と桜子さんは昨日身体能力測定を行った場所で朝陽さんを見つけた。
「朝陽、おはようございます」
「間瀬さん、おはようございます。今日一日よろしくお願いします」
「おはよー桜子ちゃん、海君。よろしくねー。…お?桜子ちゃん髪型変えた?可愛いね~似合ってる。海君気づいた?」
「え、そうなんですか…」
朝陽さんに言われて桜子さんの方を見る。今日もお綺麗です。
桃色の艶のある長髪が肩から垂れてて……あれ、なんも変わってなくない?
モテ男の必須条件:女子の髪型の変化に気づく。失敗。
言われてもわからないから失敗どころの騒ぎじゃない。大失態だ。
「えっと、艶が増していますかねぇ…」
「それ髪型じゃないじゃん」
「…仰る通りです」
悔しいが正論だ。俺が言ったことは苦し紛れの結果でしかない。
気づきたいけど気づけない。焦りが募る。
そこに女神が降臨した。
「朝陽、美作さんを揶揄わないでください。…美作さん。私の髪方は昨日と何一つとして変わっていませんよ?」
「え、じゃあ…」
「はい、朝陽が適当を言っただけですので気にしないでください。…でも、小さな変化を見つけようとするその気持ちは大切です。私は嬉しかったですよ」
桜子さんが微笑む。
先ほどまでの焦りで強張った身体が解れていくようだ。
あぁ、なんと優しいのだろうか
それに比べてマッド《朝陽さん》は……。
恨みの籠った視線を朝陽さんに贈るが、当の本人は俺を見て悪戯成功とばかりに笑っている。
……この野郎。無垢で穢れのないチェリーボーイの心を弄びやがったな。
「あはは、はは……で、海君。今朝やってきてくれと言っておいた筋トレはやった?」
「朝陽、謝りなさい」
「ごめんね~海君。で、筋トレやった?」
どういう思考をしているのだろうか。
人を馬鹿にして笑っていたかと思えば途端に真顔になり研究の話をし始め、怒られても反省の色が見えない謝罪をしてすぐに研究話に戻るマッドダンジョニスト。
忘れていた。この人は会話が通じない人だった。
俺のモテ男度が足りなかったことが原因で起こったことだ仕方ないと自分を律し、朝陽さんの質問に答える。
「やりましたよ、言われた通りに。腕立て・腹筋・スクワット各50回にランニング1㎞……大変でした」
「それで…?」
「それで?……ああ、はい―――【スキルボード】」
朝陽さんの言葉の意味を悟った俺は右手を前に出し【スキルボード】を出す。
【<始まりのスキルボード>】
―――――――――――――――――――
右上:マラソン 0/100㎞
右下:腕立て伏せ 0/10000回
左下:腹筋 0/10000回
左上:スクワット 0/10000回
―――――――――――――――――――
報酬
スキルボード 【???】
スキル 【?????】
【????】
【?????】
【????????】
――――――――――――――――――――
昨日と何も変わらない石板と追加情報が目の前に表示された。
ありのままの事実を石板が見えない二人に告げる。
「昨日と何も変わっていませんね。マラソン・腕立て伏せ・腹筋・スクワットの数字は変わってません」
「そうか、変わっていないか…。しっかりと一定の速度で走った?深さまで落とした?上げた?」
「可能な限り追い込みましたよ」
「そうか……ダンジョン外での筋トレはカウントされないのか…」
「みたいですね…」
思案顔をする朝陽さん。
俺は石板に変化がないことに落ち込む。
というのも、朝陽さんが俺に課した筋トレというのは検証のようなものであったのだ。
検証の目的はダンジョン外での筋トレは石板に筋トレとして加算されるか否か。
これで石板に乗っている数字が――
右上:マラソン 1/100㎞
右下:腕立て伏せ 50/10000回
左下:腹筋 50/10000回
左上:スクワット 50/10000回
――このようになればダンジョンに通うことなく【スキルボード】のノルマをクリアできたのだが、現実はそこまで甘くない様子。
しっかりと追い込んでいたから筋トレの負荷に原因はないと言える。
つまりはダンジョンの中で行った筋トレしかカウントされないということ。
「海君。今ここでちゃんとした腕立て1回やってみて」
「はい」
朝陽さんに言われて腕立てを行う。身体は地面すれすれまで落とし込んだ。
「…増えた?」
―――――――――――――――――
右上:マラソン 0/100㎞
右下:腕立て伏せ 1/10000回
左下:腹筋 0/10000回
左上:スクワット 0/10000回
―――――――――――――――――
「増えました。1/10000回になってます」
「じゃあ次適当に腕立てやってみて」
「はい」
今度の腕立ては適当にやる。腕の関節をかくっと少し負った程度だ。
「どう?」
―――――――――――――――――
右上:マラソン 0/100㎞
右下:腕立て伏せ 1/10000回
左下:腹筋 0/10000回
左上:スクワット 0/10000回
―――――――――――――――――
「変わってませんね……」
「わかった。――検証の結果は『ダンジョン外での筋トレはノーカウント。ダンジョン内で行った筋トレ、しかもしっかりと負荷をかけたものがカウントされる』…こんなところかな?ダンジョン外での負荷をかけない筋トレはやってもらっていないけど結果は見えてるね~。あ、でも一応やっといて。次来るまでに」
「はい。…ん?次も来ていいんですか?筋トレするためだけに…」
「いいよ~。筋トレも立派なスキル検証の一環だからね~。桜子ちゃんもそれが仕事だからついてきてくれるよ。ね?桜子ちゃん」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます」
俺は桜子さんに向かって深くお辞儀をする。
スキル検証のためとはいえ筋トレをさせるためだけにダンジョンまで連れてきてくれるのだ。そのうえ筋トレが終わるまでその場で待機。
俺は冒険者センターのことをほとんど知らないが一等級冒険者の資格を持つ職員さんが忙しくないわけないことくらいは知っている。そんな桜子さんのお貴重な時間を俺のために割いてくれるというのだ。
今の彼女の業務であるから当然だと言えばそれまでだが、感謝の気持ちを忘れてはならない。
「あれ?私への感謝は?」
「間瀬さんはそれが本業でしょう」
「…言うねぇ。……よし、じゃあやろうか。」
「筋トレですか?」
「そうそう」
この人の切り替えの早さにすでに慣れてきてしまった。
少し違うか。何故ここまで切り替えが早いのかに気づいたと言った方が正しい。
間瀬さんは何もしていない時間が勿体ないと感じるタイプの人なのでははないだろうか。
筋トレの環境を整えるべく2階に向かおうとする朝陽さんをみてぼーっとそんなことを考えていると彼女はいきなり振り返ってこちらを見てきた。
「…あ。あと私名字で呼ばれるの嫌いだから朝陽って呼んで」
「…え?」
「聞こえなかった?」
「…いや、聞こえましたけど」
「そ。ハイ練習!」
「…あ、朝陽さん」
「私、アアサヒじゃない」
「…………朝陽さん」
「よろし~。疎外感感じちゃうだろうから桜子ちゃんのことも下の名前で呼んであげて~」
「…え」
呆然とする俺を気にすることなく朝陽さんは2階への階段を駆け上がっていき、視界から消えてしまった。
広い空間に残された俺と桜子さん。
お互いの間に沈黙が横たわる。
なんか言ってぇ…桜子さん。
しかし願いは届かず。桜子さんは黙るだけ。
「……はは、朝陽さんのいうことは無視しましょう。ね?我妻さん」
「私も……て……しいです」
「へ?」
ごめんなさい。聞こえません。
「私も…桜子って呼んでもらいたいです…。」
「……へ?」
すみません。聞こえても聞こえないです。
キャラ違いません?桜子さん。
「ヘタレ!」
朝陽さんの大声が鼓膜を激しく揺らす。
心臓が飛び跳ねた勢いでそのまま視線を2階のガラスのその先に向けると。そこにはニヤニヤする、いまにも笑い転げそうな朝陽さんがいた。
前言撤回。彼女は無駄な時間が嫌いなわけではない。むしろ愛していると言っていい。
話の切り替えが早いのは自分で作った無駄な時間を取り返すためだ。
なんて身勝手な人間なのだろう。
「あの、美作さん?」
「ほら~、桜子ちゃんにこれ以上言わせないの~」
マジで覚えてろよ?
「あ、はい。………さ、桜子さん……」
「ササクラコじゃないよ~」
絶対許さん。
「っ……桜子さん。…俺のことも…海って呼んでくれると嬉しいです」
「…わかりました…海君。…ところで相談なんですが…」
「はい、なんでしょう」
「あとで朝陽にお灸を据えたいのですが何かいい案はありますか?」
分かっているじゃないか桜子さん。
「え、ちょっ桜子ちゃん?」
「一応ありますよ。ただ、桜子さんの協力が必要になってくるのですが…」
「私にできることであれば可能な限り協力します」
「感謝します」
「あれ?二人とも?…ご、ごめんて。……ほんとにごめんなさい!許して!ちょっと悪戯心が止まらなかっただけなの!ほんとだよ!?」
加害者の騒音は無視だ。
もはや何か言うこともない。
申し開きは受け付けない。少したりともだ。
「海君は私のこと適当に扱い始めたじゃん!桜子ちゃん!ねぇっ、親友でしょ!」
桜子さんは昨日を含め今までのことを想い。
俺は昨日と今日で肉体的にも精神的にもいじめられたことを想う。
観念しろ―――。
俺と桜子さんの心は完全に一つになっていた。
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